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村田英次郎が世界を取り損ねた日

 今から30年前の昨日・81年4月5日は村田英次郎がWBAバンタム級王者の
ジェフ・チャンドラーに挑戦し引き分けた日である。

 前年6月にWBC王者のルペ・ピントールに挑戦して前半を完全に支配し、
中盤から追い上げを許して最終ラウンドは猛烈に追い込んだものの引き分けで
タイトル奪取ならなかった村田にとって2度目の挑戦だった。

 1Rに得意の右カウンターが炸裂しチャンドラーがロープに吹っ飛んだのを
見て‘これは いける’と思ったものの、以後立て直したチャンドラーを攻めあぐ
ねラウンドを重ねる。

 相打ちでも打ち勝った村田に対しチャンドラーはクリンチで攻撃を寸断し、
チョコマカと細かいパンチをヒットして応戦する展開だったので最終ラウンド
終了ゴングを聞いた時には‘今度こそ勝ったぞ’と思ったが判定は無常にも
再びドロー。

 村田はカウンターパンチャーで強靭なファイターのピントールと分のいい引き
分けだっただけに、ピントールよりも長身ではあるがパワーはなく 打たれモロ
そうなチャンドラー相手なら勝てるのではという予想が試合前からあった。

 事実1Rにヒットした右のカウンターは その予想を裏付けるものがあったし、
それ以降も何発か必ず効果的なクリーンヒットが目立った。

 ただ惜しむなくは1Rの右一発でチャンドラーが村田のパンチを警戒し、殆ど
打ち合いに応じずクリンチで村田の攻撃を寸断して手数重視のボクシングで
ポイント重視の戦術に切り替えた事。

 悪い事に村田は試合前のキャンプ中に膝を痛めたため思ったような追い込
みができずにチャンドラーを捉え切れなかったのだ。

 両団体の王者と引き分けた事で両団体とも1位をキープした村田は その年の
12月にアトランティックシティに乗り込んでチャンドラーと再戦するが、今度は
腰痛が酷い最悪のコンディションで臨む事になり しっかり村田対策を練って
きたチャンドラーに13RでTKOし完敗。

 更に83年の9月にも三度チャンドラーに挑戦するが2Rと3Rにダウンを喫し
最後は10Rでトドメを刺されてKO負けし、引退する事になった。

 ジョー小泉に言わせると‘チャンドラーは9度の防衛戦中なぜか村田とやった
試合のみ出来がよかった’という不運に見舞われた感が強い。

 思えば師匠である金子繁治も黒人の長身選手だった世界フェザー級王者の
サンディー・サドラーに完敗しているのだが、同じような黒人長身選手のチャンド
ラーに村田が2度完敗するというのも運命の皮肉だった。

 ファン心理としてみればチャンドラーよりも強いだろうが、相性がよさそうだった
ピントールとの試合を もう1度見てみたかったと今でも悔やまれる。

 

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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たら、ればだけど (屯田兵)
2011-04-07 18:38:52
ピントールとの再戦 磯上をボコボコにしたルハンとの対戦 渡辺二郎とはどうだったか?とか1つ上はカルドナだったから王座奪取の可能性も??? 夢があったよね
 
 
 
そこなのですよ (こーじ)
2011-04-08 00:20:28
>屯田兵様
 そこなのですよ。 
 現在このタイトルを持っているのが名前を記すのも汚らわしい男ですからね。

 カルドナ相手なら勝てた気はしますね。
 ルハン相手だったらどうでしょうか?

 結果はともかくピントールとの再戦だけは見たかったですよ。
 
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