tyokutaka

タイトルは、私の名前の音読みで、小さい頃、ある方が見事に間違って発音したところからいただきました。

あの国とつき合うことの必要性は?

2005年05月27日 22時17分12秒 | ニュース
首相の靖国神社参拝問題を巡って、日中間の外交がもめている。見ていると戦争が起こりかねない状況でもあるが、そんなことは起こらないと思っている。何故なら、互いの国を侵略し合うには双方の国の国際的信頼が高いから、素人目にも武力衝突の相手として選ぶには相当な問題があると思う。言い直せば、中国がチベットやベトナムへ侵攻したのは、相手が国際社会的に地位が低いと自覚して、あるいは軍事力が低いと判断したからで、その結果、それなりの侵略政策が成功したし、他の国際社会も加担するほどの意味が無いから、侵略された国を見放した。

日本はそうでもない。

戦後すぐから、アメリカに対して卑屈なくらいペコペコと頭を下げ続けてきた。このことはしばしば国際社会における日本の地位(日本は自立していないとか)と「危険性」(例えば、アメリカが作った同盟国の外から攻撃を受けるとか)を指摘する人間は多いが、少なくとも、頭を下げて生じる「実績」は伊達ではなく、その傘下に入ることで、自国の国際社会における立場や意義(レゾン・デートル)を確保してきた。勿論、これに対する批判として軍事費を無心されているとか、沖縄や厚木にある在日米軍の問題など多く横たわるが・・・。

ところで、日本と中国のこの状況が長く続いた場合、冷戦状態に陥る。

そこで考える。

ストレートに考えて、あの大国との付き合いをやめたときのデメリットはなんなのか。という命題である。すごく冷めた視点になるが、相手とつきあう意義について様々なデータがあってもいいのではないかと思うところから出てきた。

確かに初歩的な社会的ルールとして「誰とでも仲良くすること」と幼稚園やそれ以前から教えられる。しかし、だれかれともなく仲良くしていたら、問題が降り掛かってくるのである。

人にたかる暴力的なヤクザと純粋に付き合いたいと思う人間がどこにいるか。もしつき合うのならば、つき合うなりのメリットがあってはじめて関係が成立する。そう考えると、「公共心として、先祖をまつった所への参拝する」ことをやめてまで中国と仲良くするメリットを考えるには、あの国との付き合いを縮小することでおこるデメリットを何らかの調査で示してほしい。

言っとくが、中途半端な道徳心(「誰とでも仲良くしましょう」)から国際関係を維持するには、日本人のアイデンティティを否定される可能性があるような状態にあると思う。

経済関係だけで関係を維持するには、もう危険な状況にある。すなわち、人民元の切り上げや対米輸出の黒字が大問題となり、輸出が止まれば、あの国の経済は大混乱に陥る。バブルが崩壊するのだ。かかる問題が生じたときの、危険性と日本への影響を具体的に報告したレポートは寡聞にして知らない。