循環型社会って何!

国の廃棄物政策やごみ処理新技術の危うさを考えるブログ-津川敬

行政の放漫経営と身勝手

2010年01月12日 | 廃棄物政策
 無性に腹が立って仕方がない。しかも件数が多すぎる。そのひとつがマスコミと検察による小沢バッシングだ。訳知り顔のテレビコメンテーターどもが「説明責任を果たせ」などとほざいているが、だったら今年の新年会に160人もの議員を自宅に集め、それに匹敵する人数を北京に連れて行った費用とかをこと細かに披露すればいいのか。
 だがそれをやったらやったでそのど派手な行為をまたバッシングの標的にするだろう。バッシングの無間軌道(キャタピラ)である。マスコミと地検の狙いは小沢と民主党のイメージをズタズタにすること、その一点に尽きる。
 陸山会の土地購入問題は「小沢から受取った金を収支報告に載せなかった」というだけの話だ。1年遅れで記載は行われたのだが、それを東京地検特捜部は「戦後最大の疑獄」とばかりマスコミにリーク(耳打ち)し、各紙がここを先途とデカデカと書きまくる。かのNHKまでもが「関係者の話で明らかになりました」などとシタリ顔でアナウンスした。関係者とは地検に他ならない。報道の裏もとらずにマスコミが司法権力のいい分を垂れ流している国は日本だけである。こうした動きは如何に戦後の大マスコミが自民党権力と癒着し、甘い汁を吸ってきたかを物語るものといえよう。

◆新海面処分場造成の裏
 政治から“身の回りのこと”に話を移すと、完全に頭にきたのが「中防処分場の受入れ料金を東京都が値上げ」という新聞報道である。全文は以下のとおり。
《中防の最終処分場  都が処理費値上げを提案 不燃ごみの減少が影響―――。
 都環境局は、中央防波堤の外側にある最終処分場に不燃ごみを埋め立てる処理費の引き上げを区側に提案した。プラスチック類が不燃ごみから可燃ごみに分別変更された結果、不燃ごみが7割以上の大幅減となり、埋立処理にかかる固定費を維持できなくなったという。最終処分場の延命の責任を都区間で担っているため、区側は値上げに協力姿勢を示している(都政新報 20009年10月30日)》。
中防とは東京湾の中央防波堤のことである。いわゆる夢の島、第二夢の島(若洲)という東京都(23区部)の一般廃棄物処分場が満杯になったあと、中防の内側に処分場をつくらざるを得なくなった。面積78ha、埋立て期間は1973年から86年までの13年間で、約1,230万トンのごみを埋め終えた。ちなみに78haとは東京ドーム17個分である。
 閉鎖後の土地には東京都の合同庁舎、PCB廃棄物の処理施設などが建っている。内側処分場閉鎖を見越して1977年度から造成が始まったのが中防外側だった。面積199ha(東京ドーム43個分)、本来なら1997年に埋立て完了となるはずだったが、現在も不燃物を中心に搬入が続いている。なぜ「外側」の使用期限が大幅に延びたのかは後で触れるが、そうした事情にも関わらず、1993年10月、東京都港湾局はさらに南方に480haという新海面処分場の造成に乗り出している。完成すれば東洋一、いや多分世界一の巨大処分場になるだろう。

◆不動産事業にひた走る東京都港湾局
 もともと東京湾の処分場はすべて港湾局が造成した埋立地であり、環境局(旧清掃局)はその土地を使わしてもらう間借り人という立場である。
「不燃ごみ7割以上の大幅減」というが、環境局が40年近く続いた禁を破って廃プラ焼却に踏み切った理由は「処分場の延命」であった。
 延命して長く使えば港湾局への“地代”支払い期間が延びるわけだから、「固定費を維持できなくなった」といういい分は通らない。環境局は港湾局と正面切って喧嘩すべきなのである。だがそこには港湾局のもつ公共的役割の変化があった。
かつて港湾行政の基本は「海運の振興」にあり、その分、埋立てには慎重で、何より海を汚すことへの畏れがあった。だが肝心の海運そのものが衰退した。トラック1台の馬力と船一艘の馬力を比較すれば海運は陸運よりはるかにエネルギー消費が少なくて済むのだが、クルマ社会の論理には勝てなかった。
 高度成長以降、輸送手段の大半を陸上輸送に奪われて先細り気味の港湾行政を活性化するため新たな事業展開が焦眉の急となった。それが東京湾岸を潰して土地を造成する不動産事業だったのである。
 すでに港湾局には将来への青写真があった。新海面処分場の埋め立てが終了した時点で中防外側とドッキングさせれば総計774haという巨大人工島が出現する。そこに「ふ頭用地」「電力施設用地」「保管施設用地」などを設け、あとの用地は「港湾計画に賛同し、東京都の方針に従う意思のある者」「海運会社、倉庫会社」「その他権利金、賃貸料を支払う能力のある者」などに賃貸する。この用途変更案は新海面処分場造成と前後する1994年7月の東京都港湾審議会の答申で決まったものである。

◆処分場の寿命は?
 明日にでも処分場がなくなり、ごみが山積みになる。そうした危機感を煽って巨大な事業計画を強行するのが行政の常套手段だ。新海面処分場の造成計画はこうして港湾局・環境局の合作で滑り出したのだが、港湾局としては土砂や廃棄物で人工島造成のピッチをできるだけ早めたい。土地をゆっくり使うならその分地代を上げさせてもらおう、というのが本音であった。
 それを裏書するように新海面処分場計画が浮上したとき、その寿命は15年と公表されていた。だが公有水面埋立ての許可権限をもっていた旧運輸省からクレームがついた。可燃物も不燃物もいっしょくたに運び込む従来のやり方をつづけるというなら許可は出せない、というのである。冒頭の写真はその頃のものだが、おびただしいゆりかもめの群れが乱舞するのは膨大な生ごみを狙ってのことだ(1995年筆者撮影)。
 そこで当時の清掃局は「処分場の使い方」を根本から改めた。まず可燃物はすべて清掃工場へ搬入し、不燃物のみを受入れるが、京浜島の不燃ごみ処理センターと中防不燃ごみ処理センターで中間処理を行い、その残渣を処分場に入れるのである。その方針転換で新海面処分場の寿命は一気に延びることになった。ただしその数字は関係者によって違う。
 行政側は「倍の30年」といい、廃棄物処理の専門家は50年という。いいたい放題のブロガーは70年といっているが、筆者は80年と見る。いずれにせよ「廃プラ焼却は処分場の延命」とは笑止のきわみだ。
 なお中防外側がいまも“現役”なのは廃棄物の自然沈降が予想以上に進んでいるからである。

◆巨大埋立て計画のツケ
人工島の建設という港湾局の基本方針はいまに至るもに変っていない。最新の第7次改訂港湾計画にも次のような重点目標が掲げられている。
(4) 新規ふ頭は中央防波堤外側埋立地・新海面処分場に上下分離方式やPFI方式等により整備する(ちなみにふ頭とは埠頭のことである。行政までがこんな表記をすべきではない)。
(5) 中央防波堤外側埋立地・新海面処分場において、広大なふ頭背後地に高機能物流倉庫を誘導し、新たなロジスティック拠点を形成する。
 900万都民(23区民)の生活に大きなかかわりを持つ巨大プロジェクトでありながら、新海面処分場のアセス説明会が行われたのは江東区で4回、大田区で1回だけであった。それも同年12月15日以降の慌しい期間に行われたに過ぎない。
 当時「廃棄物処分場問題全国ネットワーク」では大田、江東を中心に新海面処分場建設反対のビラ入れを行い、同時に「生活圏を奪うな!」で激しい運動を展開していた東京の内湾漁連や千葉漁協にも共闘を申し入れたが、彼らの狙いは処分場が造成されるたびに東京都から金を引き出すことであった。新海面処分場に関連する総事業費は公式には7,440億円と公表されているが、たとえば千葉漁協には70億円を超える金が支払われており、内湾漁連にはどれぐらい渡っているのか、いまもって不明である。当然“地元自治体”である大田、江東の両区にも何がしかの見返りがあったと考えるのが自然であろう。
 先の見通しもなく、頼みもしないのに金食い虫のような巨大人工島をつくり、今度は埋め戻し材(ごみ)が足りなくなったから料金値上げだという行政の身勝手さ。全国的にもそんな自治体が多すぎる。
 住民の猛反対を蹴散らかし、公共関与方式で金のかかった管理型処分場を造成したはいいが、廃棄物がまったく集まらず、べらぼうな赤字を出すケースが続出している。そのひとつが山梨県北杜市の明野処分場というところだ。誰がどう責任をとるのか。今月末、藤原寿和氏と現地を訪問をする予定である。

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