愛猫・西子と飼い主・たっちーの日常

亡き西子とキジロウ、ひとりっ子を満喫していたわおんのもとに登場した白猫ちくわ、その飼い主・たっちーの日常…です。

理不尽な疑惑

2012年04月30日 | キジロウ

世の中はすっかりGWに突入。5月1日と2日に有給休暇で休んで9連休なんて方もいるのではないでしょうか?

忙しい中、なんとか久しぶりに29日と30日は連休を確保した飼い主・たっちー。家でのんびりと…と思ったのですが、そんな僕を見て、落ち着かないのがキジロウ。

日中に僕が家にいると病院に連れて行かれたり、シャンプーされたり、ツメを切られたり…とキジロウ的にはロクなことがないと学習したようで、僕の顔をじーっと見つめたと思ったら押し入れの隅っこに避難してしまいました。

「キジロウぉ~、人聞き…いや猫聞きが悪いぞ!」

などと声をかけましたが、出てくる気配はありません。

このままでは気分が悪いので、猫じゃらしを駆使してみましたが効果なし。

その表情は「そんなモノでごまかされるもんか! たっちーが、こんな時間に家にいるってことはきっと何か悪いこと(?)が待ち構えているに違いないんだ。絶対に出ていかないからね!」とでも言っているようです。

その表情を見て、さらに気分の悪さが募る飼い主・たっちー。

「だいたい、病院もシャンプーもツメ切りも、みーんな必要なことなのに、いちいち嫌がるお前が悪いんだろう。まったく、だれのお陰で家猫として何不自由のない生活を堪能できていると思ってるんだよぉ~」

などと嘆いたところで「猫の耳に念仏」。出てくる様子はありません。どうやら何をしても、キジロウが僕にかけた理不尽な疑惑を晴らすことはできないようです。

人の世はまさに理不尽の連続であることを実感しつつ、近所に買い物に出かける2012年のGWでした。

コメント (2)
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2012年春 キジロウ、洗われる

2012年04月22日 | キジロウ

桜が散ったのに何だか肌寒い日が続いている最近の東京。それでも少しずつ、季節の変化を感じています。

キジロウも、とっても元気に季節の変化を全身で感じているようで抜け毛がいっぱい。冬毛から夏毛にチェンジの毎日です。

抜け毛だけならまだしも、気づくとフケらしき白い物体が身体に浮いています。

「そういえば、しばらく洗ってないなぁ…」

とも思いましたが、キジロウは大の入浴嫌い。

洗うたびにとっても大事になるので、どうも気後れしていました。

しかし、パソコン中に画面の前を横切られることの多いパートナーは、キジロウの全身に塗されている白い物体が気になるようで、洗うことを強行に主張。キジロウには気の毒ですが、数年ぶりにシャワーをしていただくことになりました。

当日は、嫌がって暴れまわることを想定して事前にツメをカット。

「ツメも切ったし、きれいにしようねぇ~」

などと言いながら、抱きかかえたまま風呂場へ。

しかし、自らに訪れるピンチを事前に察知したキジロウは、風呂場に入る前からジタバタし始めます。

「ちょっと…こらっ! 大人しくしてろ!」

などといっても聞くものではありません。さらに全身に力をみなぎらせて抵抗を続け、ついには肩に上って逃走。しかし、助けを求めたはずのパートナーにあっという間に首根っこをつかまれ、風呂場に引き戻されてしまいました。キジロウは、もはやこの世に自分の味方はいなくなったことを実感しつつも、なお抵抗を続けます。

洗われている間中、まるで断末魔のような聞いたこともないような低い声で鳴き続け、タヌキ並みにシッポを膨らませていました。

ホンの数分の出来事でしたが、キジロウにとってはまさに悪夢のような出来事だったようです。

その後は、フケもなくなり抜け毛も落ち着いたのでキジロウも飼い主も一安心。

これからは、マメにブラッシングもしていこうと思います。

コメント (3)
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サツキという名前の猫

2012年04月13日 | 西子

先日、高円寺にある猫雑貨&猫ギャラリー「猫の額」の2階別館で写真家の小西修さんの写真展が開催されていたので、足を運びました。

小西さんは、多摩川の土手で長年にわたり捨てられてしまった動物たちのお世話に奔走していらっしゃいます。映画「犬と猫と人間と」にもご夫婦で出演しているので、ご存知の方も多いと思います。

小西さんが撮影する多摩川の猫の多くは、いわば不遇の生涯を生き抜いた、あるいは思いがけずに命を奪われています。

写真を通じて猫たちが全身で訴えます。

「私たち、僕たちは何か悪いことをしたの?」

「なんで人間とともに生きることを前提に生を受けたのに、人間に疎まれなければいけないの?」

でも、そんな猫たちを救うことができるのも、また人間なのです。

そんな矛盾を感じつつ視線を移していくと、「サツキ」という名前の猫の写真に目がとまりました。

柄はまったく違いますが、丸くて大きな目と大きな耳が西子とダブりました(写真は阿佐ヶ谷に住んでいたころの西子です)。

さらにサツキのあまりにも悲惨な最期にやりきれない気持ちでいっぱいになりました。

「猫たちの瞳には、人間という生き物はどのように映っているんだろう」と思いながら、ふっと考えました。

「そうだ! 今度、生活を共にする猫がメスにゃんだったら、サツキって名前にしよう。そして、悲惨な形で生涯を終えた多摩川のサツキの分まで、力いっぱいかわいがって、舐めるようにかわいがって、大事に大切に育てて、長生きしてもらおう」

実際に、その時が訪れるかはわかりません。それがどんな意味を持つのかもわかりません。でも、なんとなくそうしたいと思いました(実際にメスにゃんを飼ったらまた「2代目 西子」とか名づけたりするかも…)。

ちなみに、小西さんは映画の中では難しい表情ばかりだったので「気難しい方なのかも?」なんて思っていましたが柔和な優しい方でした。また、どこかで写真展を開催することがあったら足を運びたいと思います。

とっても、久しぶりの更新なのに、暗い話題ですみません。でもサツキを始めとした、小西さんがお世話をしている多摩川の猫たちのことを多くの方に「感じてほしい」と思って書きました。近々、キジロウネタもアップしようと思っています。ぼちぼちやります。よろしくお願いします。

コメント (2)
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