愛猫・西子と飼い主・たっちーの日常

亡き西子とキジロウ、ひとりっ子を満喫していたわおんのもとに登場した白猫ちくわ、その飼い主・たっちーの日常…です。

ちょっとお休みします。

2011年02月13日 | 西子

季節は春。阿佐ヶ谷のアパートで、弱った西子を見ながら窓を開ける。

「だいぶ暖かくなってきたね。気持ちいいだろう」

そう声をかけると、弱っていたはずの西子がはじかれたように窓の外に飛び出す。

「西子、ダメ!」

僕の声に立ち止まって、一瞬振り返るが、そのまま戸外へ――

慌てて外を見るが、そこには影も形もない。まるで風のように消える西子…。

保護した当初、僕は西子との最後をこんなふうに夢想していた。だいぶ違う別れになった。

これまで飼っていた猫は自由に外に出られるようにしていた。このため、弱ると姿を消していたので、猫が自宅で死ぬことはイメージできなかったのかもしれない。

西子も亡くなる前日まで、猫ベッドから這い出ようとしていた。野性味の欠けらもない猫だったが、ちょっぴり本能が働いたのかもしれない。

西子が亡くなる前日、家の中に人がいなくなる時間が長くなるので、誰もいない間にもしものことがあったら…と考えて病院で預かっていただいた。何かあったら、すぐに連絡するということで、携帯電話の番号を伝えた。すごく心配をしていたら、地下鉄のホームで西子の鳴き声が聞こえたような気がした。

「心配しないで、行ってきなさい」だったのか、「早く帰ってきて」だったのか…。どちらかはわからない。わからないけど、西子の「あおーん」が聞こえたような気がした。

西子が逝ってからもうすぐ2週間。キジロウは西子の体調が悪くなってからというもの、布団の上でう○ちをするようになった。最近、少しずつトイレでするようになったが「僕がいるのにいつまで西子さんのことばっかり気にして…」というキジロウなりの抗議のような気もする。

西子が亡くなったことを、数名の方のブログにコメントした。実は「3つのありがとう」を載せて数日したら、ブログを閉じようと思っていた。久しぶりに、覗きに来たらブログなくなっていたというのでは、あまりにも失礼だと思ったのだ。

でも、予想以上に多くの方が来ていただき、西子を悼んでくださった。しかも、どうやら多くの方々が、過去の記事まで読んでくださっているようだ。こうなると、簡単に閉じるわけにもいかなくなった。

こうした多くの人たちが、僕を西子との思い出をたどる小旅行に向かわせたような気がする。

感謝です。ありがとうございます。

お陰さまでバタバタした生活で、いろんなことが起きているので、ストレスが溜まっている。いつまでも落ち込んでいたら西子に申し訳が立たない。

西子はきっと見守ってくれている。精一杯生きる、一日を積み重ねていこう。

でも、すみません。ちょっとお休みします。

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続・思い出をたどる

2011年02月12日 | 西子

西子の体調が悪くなったころから、やたらと忙しくなった。

もしかしたら、僕が寂しがらないようにと、西子が最後に招いたのかもしれない。

そうだとしても、ちょっとやり過ぎ。だいぶ、心身ともに疲れが溜まってきた。

でも、せっかくの休日なので阿佐ヶ谷に行った。積りはしなかったが、前日から東京で雪が降った。西子を保護したのは、大雪の翌日。この日も、雪、雨、みぞれ…が断続的に続いた。

1年ほど前にも、所用で夜に阿佐ヶ谷を訪れたが、日中に行くのは引っ越して以来だ。

現在の自宅から東京メトロ丸の内線を乗り継いで、南阿佐ヶ谷駅で下車。当時の自宅までのルートを辿ってみた。阿佐ヶ谷を離れてから、まだ2年半くらいなので、ほとんど変わっていない。当時、住んでいた部屋にもすでに、誰かが住んでいるようだ。

パールセンター商店街に出た。少し店が入れ替わっている。特に驚いたのは、商店街にあった電気屋さんがドラックストアに変わっていたことだ。わが家のミニコンポを購入した店で、七夕祭りのときは毎年、恐竜や動物のロボットを展示していた店だったので、なくなったのは寂しかった。

阿佐ヶ谷では絶対に行きたい場所があった。『猫の病院』だ。もっとも多く西子の治療に携わってくださったのが、ここの院長だった玉野先生。キジロウの去勢手術の玉野先生にやっていただいた。すでに閉院しているはずだが、どうなっているのか、見ておきたかった。

当時、病院の前にあった猫のオブジェは健在だったが、病院は動物のモチーフにしたペーパークラフトの工房になっていた。ガラス越しにのぞきこんだが、当時の面影はない。でも、せっかく来たのだからと思って中に入った。すると、奥から出てきた女性と目があった。

「あら、久しぶり!」

『猫の病院』で先生のアシスタントをしていた女性だった。先生が還暦になったのをきっかけに、病院を辞めて始めたのがこの工房なのだそうだ。まさか、会えるとは思っていなかったので、すごくびっくりした。

「ちょうど先生は留守にしちゃって。残念、会ったら喜んだでしょうに」

「先日、老猫も亡くなりまして…」

「そう結局、何歳かわからなかったのよね」

「僕が保護してから6年とちょっとで…」

「でも、幸せな猫ちゃんだったわね。今度、案内を出すから奥さんと一緒にいらして」

そう言われて、住所を書いて帰った。でも、きっととっても多くの猫を診てきたであろうに、僕の顔を見た瞬間に西子を思い出すってことは、やっぱりいろんな意味でかなり個性的だったのかもしれない。

もうひとつ、行きたい場所があった。『ペットのコジマ』だ。西子がお気に入りだった腎臓職ヒルズのkdを置いたので、定期的に利用していた。キジロウを保護したばかりのときのケージもここで購入した。Kdがあることを確認したら、何だかパッケージさえも愛おしく感じで、そっと指でなでた。次の瞬間、隣にキジロウを保護した当初によく飲ませていたブドウ糖を発見した。何だか、ちょっぴり不思議が気分だった。

JR阿佐ヶ谷の駅前はマンションが建ったり、少しずつ再開発が進んでいるようだ。これからも少しずつ、変わり続けていくだろう。

せっかくなので、高田にも足を伸ばした。どうしても辿りたい道があった。住んでいたマンションから当時連れて行った病院までの道。夜8時まで診療していたので、仕事を早めに切り上げて、都電で自宅に帰り、西子をキャリーケースに詰めて連れて行った『あしあと病院』だ。

傘をさしながら、坂を上る。病院についた。ついた瞬間に、こみ上げてくるものがあった。ガラス張りなので待合室やカウンターは見えたが、誰もいない。先生にご挨拶をしようかと思ったが、会ったら泣きそうだったので辞めておいた。

そのまま都電に乗ってJR大塚駅に出た。約20年間、利用していた駅だ。退職してからまだ4カ月ほどしか経っていないのに、もう何年も前のような気がする。

そのまま電車を乗り継いで、自宅に帰った。帰る途中、西子を最後に診てくれた病院に寄った。先日、西子が亡くなったことをお知らせしたら、花を届けてくれたので、そのお礼を伝えた。

こうして、西子との思い出をたどる小旅行は終わった。

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思い出をたどる

2011年02月06日 | 西子

西子が亡くなる数日前から、自分の過去のブログを読み返した。いろんなことを思い出したので、やせ細った西子をなでながら「西子、覚えてる? あのときさぁ…」などと、当時の思い出を話しかけた。

初七日を目前に控えた日曜日。西子を保護したときと、同様のルートを辿ってみた。

保護したのは西新宿の駐車場。一部整備され、当時よりも駐車場は広がっている。

当時は寒空の中、数匹の猫がいたが、最近はだいぶ少なくなったようだ。

近くのスーパーで猫缶を買っておびき出す作戦だったが、今はなくなった柵の内側にいてなかなか出てこなかったことを思い出した。西子を保護しようと懸命になっていると、オスの子猫が近づいてきて僕にジャレた。あまりにもかわいかったので、一瞬、「このコを連れて帰ろうか?」とも思ったが、初心を貫いて西子にしたのだった。

かばんに詰め込まれた西子は、最初、猫を被ってか細く「にゃー」とか鳴いていたが、総武線の大久保駅のガードをくぐって以降、鳴かなかった。かばんの中で暴れたりしないか、おしっこしたりしないか、鳴いたりしないか…という不安があったので、とてもほっとしたのを覚えている。

山手線の新大久保駅から渋谷まで。さらに田園都市線に乗り継ぎ、当時利用していた「たまプラーザ」の駅に向かった。駐車場からの時間を含めると、駅の到着まで約1時間ほど。これほど長時間、西子が我慢していたのは、後にも先にもこのときだけではないだろうか。

約6年ぶりにたまプラーザの駅を降りた。僕が引っ越した翌年から駅前の再開発がすすめられたそうで、当時とはまったく別の駅になっていた。まさに、浦島太郎の気分だった。西子を最初に連れ帰った当時のマンションに向かった。ところどころ、店が変わっていたりしたが、あまり変化はなかった。それでも自宅のすぐ近くのあったコンビニがなくなっていたのは、当時よく利用していたのでちょっとショックだった。

最初に連れて行った、大きなペットショップに併設している動物病院にも行ってみた。日曜日だったが診察をしていて、小型犬と飼い主が順番待ちをしていた。診察室を覗き込んだら、ちょうど獣医さんが出てきて目があった。この獣医さんだったかな? 6年前に数回会っただけなので、思い出せない。

店内を歩いていて思い出したことがあった。当初、西子が使っていたファー付きの猫ベッドと最後まで使っていた猫トイレは、この店で買ったものだった。さすがに同じ型の商品はなかったが、このときも当時と同じような場所にあったように思う。

キャリーケースもこの店? いや違う。溝の口だ。長崎屋サンバードの上にあったペットショップ。でも、会社更生をした長崎屋は、もうなくなっているはず…と思いつつ、今度、いつ来ることになるかわからないので、とりあえず向かってみた。案の定、当時の様子は跡形もなくドンキホーテになっていた。

しかし、せっかく来たので、ペットショップのあったフロアまで行ってみようと思い、エスカレータを上った。あった。ペットショップは当時とほとんど姿を変えずに残っていた。浦島太郎が一転してタイムスリップしたようななんだか不思議な気分だった。軽いソフトのキャリーケースではなく、重いハードのキャリーケースにしたのは、引っ越しのときに、間違って崩れた荷物がぶつかっても西子がケガをしないようにと考えてのことだった。

歩き回って疲れたので、ファストフード店でお茶をしながら休んでいたら日が落ちた。

次の休日には、阿佐ヶ谷に行ってみよう。

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特別な猫

2011年02月05日 | 西子

西子を保護してから間もなく、離婚を決めていた元の妻が去った。

嫌いになって別れたわけではなかったので、とてもつらかった。

阿佐ヶ谷で暮らし始めて、西子はそのつらさは埋めてくれた。それに「西子がいるから帰ろう」という意識も働いたので、西子がいなかったら生活は荒んでいたかもしれない。

西子との生活を始めてからほぼ2年後に今の妻が来て、その翌年にキジロウが来た。

それから3年ほど経過してから、同居を始めた義母に看取られて西子は逝った。

西子は「たっちーでは心もとないから、最後はこの人に看取ってもらおう」と思って、義母を招いたのかもしれない。

何だか、西子は今後数年間の僕の人生に必要な事柄を招くだけ招いて「もう、これで大丈夫」と旅立ったような気もする。その意味で、西子は天使になったのではなく、天使だったのかもしれない。

でも、今の妻は同居を始めた当初、西子の態度は「あんた、たっちーはあたしのものなんだからね。心得てなさいよ」って感じだったといっていた。もしかしたら西子は、嫌いなことが得意なタイプで、招くのは嫌いだけど招くパワーが強かったのかもしれない。

いずれにしろ、西子と過ごした6年間は離婚と結婚、キジロウ保護、義母との同居、転職、そして4度の引っ越し…と人生のエッセンスが詰まったような期間だった。そんな期間を一緒に過ごした西子は、僕にとってやっぱり特別すぎるほど特別な猫だ。

様子がおかしくなった西子を病院に連れていくことは、これまでにも何度もあった。西子は、その都度、行きがけの道すがら、待合室、病室で激しく鳴きわめき、僕を気まずくさせた。そして、その都度復活し、例の大きな声で鳴きながら家の中を歩きまわった。今回もこれまでと同じように復活すると思っていた。でもその半面、今回の弱り方は今までとは違うとも感じていた。感じていたら、あっという間に逝ってしまった。

西子が死んでしまう、という現実を受け入れられずに写真のように西子をなでながら三夜連続で泣き続けた。四日目の朝に少し気が楽になったら、それを見透かしたように西子は逝った。

もうすぐいわゆる「初七日」になるが、何だか西子が逝ったのは、もう何年も前のような感じがする。

多くの人が、ブログを訪れて西子を悼んでくれている。どうもありがとうございます。コメントはちょっと読んだらあまりにもありがたくて泣きそうになったので、少しずつ読んでいます。

それに西子という猫がこの世に存在したことを多くの人の心に刻んでいただけることは、飼い主としてやっぱりうれしい。西子はちょっぴり照れてるかな?

自分の気持ちの整理と西子との6年間を振り返る意味でもう少し、そして少しずつ西子のことを書いてみよう。もし、お付き合いいただければ幸いです。

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3つのありがとう

2011年02月01日 | 西子

ありがとう

西子が生まれてからこれまでの間にかかわってくれたすべての方に

ありがとう

このブログを訪れてくれた人に

ありがとう

僕から西子へ

2011年2月1日の午後6時ごろ、西子が旅立ちました。

まるで眠っているかのようです。

なんだか実感がありません。

 

※すいません。コメントへのお返事は、しばらくできそうにありません。でも、落ち着いたら必ずお返事します。

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