歌手やーい!ただし移調譜が正しく書ける人

ピアノ奏法の研究をずっとしてきたのよ!私は!

水菜のお吸い物

2018-07-20 | 日記

昨日は古紙回収で、父の囲碁雑誌やその他を捨てるのに、5往復はしたので、食事を摂るのを忘れてしまう程、疲れた。魚肉ソーセージ1本だけだった。朝食はそうめんと黄色い粒コーンは食べていたようだが・・

そういう訳で今朝は、ご飯を豪勢に食べるつもりだったが、一番、おいしかったのは水菜のお吸い物ぐらいだった。

 古紙を捨てる時に、このお盆を使ったら、壊れてしまった。もう、この写真を最後に捨てます。

お盆のどこが壊れたか?それは持つ所の取っ手です。だから、もう捨てなければなりません。よく”取っ手をひっ付けたような演奏”と表現されます。諺ではありません。

結局、私は誰からも教わっていなかったのは、私のどこかに、かわいくない所があったか、或いは何かあった。上手に指導を受けれた人は、それなりに良い所や謙虚さがあったからだと思います。

偉大なピアノ演奏家になる人は、右手が逆さ富士手の人の方だと、私は又、objectionsを受けそうだが思います。右手が逆さ富士手の人の方が伸びそうな気がするのです。後世に残っている演奏家は打鍵がクリアーです。という事は、案外、右手が逆さ富士手にも拘らず、細やかな適格な指導を受けて、受け入れて自然に直せた。或いは知らずに直っていた。逆さ富士手すなわち、表打鍵、すなわち重力が下にかかっている手は、なあなあの気合の入っていない指導では絶対直りません。という事は、にも拘らず、直せた人は、きっと、どこかに謙虚さや、人を愛する心や、好かれる何かを持っていたのだと思います。

私は憎たらしかったと自分でも思う。昔、グループレッスンをしていた時、不思議な事を感じていました。医者の子供は目立たない位置につけている。決して人から目立たない位置につけておきながら、最終的に「誰が一番できるかな?」と考えると、いつの間にか一番この子が出来るかなという感じなのです。ランランという顔芸ピアニストがいます。昨日、動画を観て、びっくりしました。ランランは左手が上手で、右手が逆さ富士手なのです『もう一度確認をすると、やっぱり左手が逆さ富士手だった』早とちりでした。右手、左手共に、割りと、まともに直せているという事は、取り囲む周りの指導者に、きめ細やかな指導を受けれる何かを持っているという事だとわかったのです。

やはり、人の上に立っている人達は、私達が想像もできない量の忙しさや、わずらしさを乗り越えていける人達だと思います。という事は

みんな平等で、自分の天命を果たすだけ、かもしれません。こう言ってしまえば、味もそっけもないですが・・・

銀行員が妻を殺していました。母と遺体を埋めたそうです。このような事件は決して自分も例外ではなかった。というのは辛抱が足りない所が共通しているからです。夫にも妻にも辛抱がない。きっと、もう少し忍耐さえしていれば、お互いに少しずつでも、成長していって良い夫、父、妻になっただろうにと思うだけなのです。批判できる程、私はもう若くない年齢になってしまったのです。

ひと言多い付け足しxx又、イルミナティ―が大芝居うっている気がしないでもない。人類に、このような家庭と同様の呪いをかけて、自分達の立ち位置を確保するつもりである。こういった連中の悪を本当の悪という。息子と一緒に遺体を埋めた姑の顔を見て思ったのである。これからも、安泰、永遠に保証される。私達は永遠に抜け出せない地獄が保証される。

 

コメント
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