ある人が10年以上前に’日本って2本なのよ’と言った。(宗教会員で割と妙な力を持っている人が)私は心の中で’きっと違う’と思って聞いていた。
九州を龍の頭にして観る一本の龍と、北海道を頭にして観るもう一本の龍がいる事は、雑誌を見て知っていた。でも、この2本は実は微妙に違うのである。決して、ある知人の意見のように同じではない。
2本の腕も実は違う。だから、ピアノを弾く時、”腕を使って弾け”だの、”腕の力を抜け”だの、言われても全然わからなかった。自然にできる人は、誰でも必ず歩けた自然の力とメロディー手が(ジャズ手)ではなかったからである。
このように私は実は何一つわかっていなかった。インドの小学1年の女の子が「何一つ、わからなかった、一つも」と救急車の中でお父さんに言ったそうだ。焼身自殺していた。ところが、私は何故か生きてきた。この方が、余程つらい。長い時間がかかり過ぎる。
’どうしてわからないのよ?’と思う人に説明をすると、親指と小指をまるで、手の内にしまっているような一方の「腕・手」と、飛行機の車輪を出すように親指と小指がまるで足のように出ているもう一方の「腕・手」があるからである。
だから、”腕で弾くのよ’ ’腕の力を抜くのよ’と言われて、たとえ、腕を持って説明してくれても、出来ないものは、出来ないのである。片方の「腕・手は」・・・
では、耳の穴をほじくって、良く聞いて、実践してみてね!
親指と小指をまるで、そろばんの ”御破算で願いまして”のように、他の指と水平にしてみるのです。すると、腕の動きが実践できるはず。こうすればピアノの鍵盤の前に座って、下から上へ、そっと動かせるでしょう。これが、私は左腕・手では自然に言われなくても出来ても、右腕・手では絶対にわからなかったのです。皆様はきっと、逆だと思う。だから、警備員が右へ誘導したいのか、それとも左に誘導したいのか、{どっちや!}という、くすんだ音になってしまう。いくら上手に気合を入れて調律しても、たとえ、音楽ホールの設計が良かったとしても、私には、ちぐはぐな、一方の手がジェスチャーだけは、そのようにしていても、そうは弾いていない物足りなさを、ずっと感じていた原因なのです。
日本は世界の地図の縮図だと言われています。日本雛型理論
九州がアフリカ、本州がロシア・中国、四国がオーストラリアという風に、見ようと思えば見える。
つくづく親切な私と思う。こういう事だけは・・
自作曲「日本≠2本」も作ったが、明日UPする。はっきり言って、もうしんどい!
腹減った!
’いただきます’
今日は超珍しく、仏壇の線香と蝋燭のロウソク(父)が先に消えてしまった。妙な事があるもんだ!