源太郎のブログ

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「五色不動」

2011年01月10日 | エッセイ
山門を入ると正面に本堂、右手に不動堂がある。世田谷にある最勝寺の「目青不動」だ。早速、鈴を鳴らし賽銭を入れて拝む。そして、賽銭箱の脇の木の階段を数段上がって「お不動様」を覗きこむ。目が青いか確かめるためだ。遠くにぼんやりとして見にくい。ならばと、予て用意の「双眼鏡」を取りだす。何でもお見通しの「お不動様」も、双眼鏡で覗かれるとは思いもよらなかっただろう。数倍に大きくなった「お不動様」の目は「青」らしく私には見えた。

 正月は何時も、昔から続く色々な巡礼の旅に出ている。昨年は「谷中七福神」を巡ったが今年は「大江戸五色不動」だった。徳川三代将軍家光の時代に江戸の鎮護と泰平を願って定められたと言うのが「五色不動」。五色とは宇宙を構成する水(黒)、火(赤)、地(黄)、風(白)、空(青)とか東西南北と中央の方角を表すとかの意味があるようだ。寺院の落慶法要等の時に五色の幕が飾られているのを見た事のある人も多いだろう。「不動」は「不動明王」のこと。密教の中心仏である「大日如来」の化身とされ、火炎を背に、憤怒の形相をして右手に持った剣で邪悪なものを打ち砕き、左手に持った羂索(けんじゃく)という縄で衆生を救い取るとされる。

 今年の冬一番の寒さだと言うその日、多くの通勤通学の人々に混じって世田谷の三軒茶屋の駅に集合した。江戸時代から続く「お不動様巡り」等と言う些か浮世離れした優雅な「巡礼」に出るのは、多分我々だけに違いない。山登りなどと違って目的はただ一つ。「お不動様」にひたすら祈り、願いを叶えて貰う、ただそれだけだ。先日目にしたベトナムの御坊さんはホーチミンからハノイまで2000kmを三歩歩いて二歩下がり、祈りながら歩いていた。だから、我々は「寒い」とか「足が痛い」等とは言えない。たった一日の事なのだから。夫々の「願い事」を胸に秘めた「善男善女」は駅の近くにある最初の「お不動様」、「目青不動」に向かった。

 二番目の「お不動様」は「目黒不動」だがそこまでは世田谷の住宅地を抜けて二時間はかかる。寒くても青空の広がるその日、日当たりはまずまずだが、日陰に入ると寒さが身にしみる。「目黒不動」は「目黒」の地名にもなった関東で一番古い「お不動様」と言われている。創建は大同三年(西暦808年)だから今から1200年も前の事になる。広い境内には多くの建物があるが多くは戦災によって焼失した伽藍を再建したものだ。お正月の初もうでの参詣客で賑ったであろう境内も、既に静けさを取り戻していた。ここは「五色不動」の中でも唯一、本堂に「お不動様」が祭られている所だ。本堂に入ると、丁度護摩の法要が行われていた。 「目黒不動」を出だのは丁度、昼ちょっと前。そろそろ「お昼」の時間だ。お寺から数分の創業80年と言う「蕎麦屋」に入る。やはり「難行苦行」にも息抜きは必要だ。全員が席に着いてから間もなく店は一杯になったから、丁度良いタイミングだった。美味しい「お蕎麦」を頂いた後は午後の部だ。

 最寄りの目黒駅までは歩いて20分程。全行程を一日では歩けないので、ここは目白駅まで電車を使う事にした。午後も日差しは有る物の相変わらず寒く、時折、ビュッと吹く風が冷たい。大学の脇の広い通りを抜けて約20分、「目白不動」のある「金乗院」に着く。他のお寺は「天台宗」なのだが、ここだけは何故か「真言宗」だ。だから、「目白不動明王像」も弘法大師の作と伝えられている。境内はひっそりとして、誰も居ない。 不忍通りを東へ、次に向かったのは駒込の「南谷寺」、「目赤不動」がある。江戸時代の地図を見ると、「南谷寺」の辺りは「吉祥寺」等の寺が軒を連ね、大名の下屋敷が多くあった場所だ。大名の屋敷は見事に消えてしまったが「寺社」は昔と変わらず、そこにある。「南谷寺」に着いたのは日の短いこの時期、もう日が陰り始める頃となっていた。この「お不動様」、昔は赤目不動と称していたらしい。「五色不動」が生まれた時、「赤目」を「目赤」に変えたのだと言う。御本尊の「不動明王」は秘仏として「お前立ち不動明王像」の胎内に収められていて、直接目にする事は出来ない。

 もう、ここまで来れば「大願成就」を願うのみ。些か、疲れた体に鞭打って最後の「目黄不動」に向かうが、流石、「善男善女」、苦行に耐え、黙々と歩いていた。「目黄不動」のある三ノ輪までは1時間以上もある。谷中・上野・入谷・下谷等を通り、目指す「目黄不動」のある三ノ輪の「永久寺」に着いたのは薄暗く日も暮れかかった頃であった。寺は新しくモダンに建て替えられたが「不動堂」は本堂の脇にそのまま建っていた。堂のガラスの入った格子越しに、火炎を背に「不動明王」が灯に浮かんでいるのが見えた。その表情から、「お不動様」は手に持った羂索(けんじゃく)で我々を救い取ってくれたに違いないと、私は思った。

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