GITANESに火をつけて小休止したら
お互いにもっといい方法を思いつくかも知れないのに。
それとは無関係に・・・。
もはや誰のものでもないことはほぼ確定的となった
おばはんヘルメットはまだソファの上でコロンと転がっている。
もしかしたら、新しいコンセプトの爆発物かも知れない。
紙袋やバッグ、ダンボール箱が放置されていたら怪しいが、
ヘルメットならその類の疑いは誰も持たないだろう。
行員「・・・でその漢字なのですが、この部分が・・・」
私「はい?」
行員「20年前に作っていただいた通帳の名前と、今回の
申込書を比べますと、この漢字のこの部分がちょっと
違っておりまして・・・。」
私「あ、そうですね。」
行員「さきほどお預かりした運転免許証によりますと、古い
通帳の名前が間違っている・ということになりますが・・・。」
ありがちなケースだ。私の苗字に使用される漢字のひとつには
異体字があり、そして両方の字体とも結構使われている。
行員「20年前のご新規開設の際の書類を確認して参ります」
私以外に何かの手続きをしていた客が店を出て行き、とうとうロビー
の客は私一人になってしまった。
行員「お待たせしました。えっと・・・。」
私「なるほど。」
記入したのは確かに20年前の私だ。そして肝心の異体の部分だが
どちらとも受け取れるような微妙な書き方をしている。
もちろん正確に丁寧に書かなかった私が悪い。
行員「申し訳ございません。このお申し込み書を見て、誤って
違う字体で登録してしまったようです。」
私「いえいえ、字が汚い私の責任です。」
そしてその用紙を見てふと思いついた。
私「そういえば、20年前はこの銀行はこの名前でしたっけ?」
行員「いえ、A銀行とB銀行が合併してC銀行になってその後に
D銀行と名前を変えております。」
私「ということは、平成2年当時はA銀行だったんですよね」
行員「はい、そうなります。」
なるほどA銀行ならば、その当時学生時代の同期だった男が
この支店に勤務しており、何かの話の流れで口座を作ったような
覚えがある。
これで、「身に覚えのない口座の怪」という疑問は消えた。
私「で、どうしましょ?」
2分ほどその行員さんは、背後のデスクに座っている上司らしき
男性と相談してから、書類を持って戻ってきた。
行員「大変申し訳ありませんが、まず古いほうの通帳での
『変更届け』を書いていただきます。この用紙です。
変更箇所は『12番その他』にチェックをしていただいて
カッコのなかに『字体変更』とご記入ください。」
私「素朴な疑問ですが、どうして廃止する通帳についての変更を
するんでしょう?」
行員「はい。違ったお名前で登録してしまってますので、廃止の
手続き自体ができなくなる訳でして・・・」
字体変更なんかしていないのになあ・と思いながら、言われるが
ままにするのがイチバン手っ取り早いだろうと考え、
私「はいはい。」
と従った。
行員「はい。ではこれで古い通帳の変更を受理いたしましたので
次は古い通帳の廃止お申し込みの手続きをさせていただきます」
私「ということは、『旧通帳を廃止するための変更』をやって
『旧通帳を廃止申し込み』をやって、その後に『新規口座開設』
になるんですね。」
行員「はい、そういうことになります。」
いろいろ書きまくり、捺印しまくって、なんとかノルマを達成した。
行員「ありがとうございました。それでは1週間ほどでご自宅の方へ
古い『通帳の廃止申し込み受理』の書類を送らせていただきます
ので、それとご印鑑をお持ちになって、またここへお越しいただけ
ますでしょうか。」
私「え?!古い通帳の廃止はさっきOKになったんじゃないんですか?」
行員「申し訳ございません。さきほど申し込みをいただきましたので
その手続きを経まして『当行が受理しました』という書類を
お送りして、で、それをお持ちいただいてご印鑑ご署名を
頂戴して、『廃止』ということになります。大変お手数を・・・」
私「よくわからないので、それでいいです。」
行員「またお越しいただくことになってしまい、大変申し訳・・・」
私「いやいや、別に。勤務先が近くですし、今も歩いて来てますし。
次回もすぐに来られますよ。」
行員「ありがとうございます・・・。」
また数分待ち時間。
日経平均はまた下がった。為替はどうなのだろうか。
首相や経済閣僚が「注意深く見守る」としか言わないもんだから
株価の下げ、通貨の上げに歯止めがかからない。
「いつでもやったるで!」とコメントするぐらいはできるだろうに。
言うだけならタダなのに・・・。
とロビーに設置されたモニターに流れる文字を目で追っていたとき
ようやくまた名前を呼ばれた。
行員「SGC様」
私「はいはい。」
行員「それではご新規にて『ネット通帳口座』開設のお申し込みを
お受けいたしましたのでご説明させていただきます。」
と宣言のあと、数分パソコンの使い方を説明された。
そして、それらの詳しい説明が載っているマニュアルを数冊
渡された。これがあるなら説明は要らんのに。
行員「ところで、開設いただだきました口座はどういった用途で
お使いいただきますか?」
諸々の決済や給与振込みでもないし、あらためて問われると正確な
表現が難しかった。
私「そうですねえ・・・。強いて言えば財布みたいなもんでしょうか。」
行員「は・・・。」
首をドラマのように捻る行員さん。私はなにか禁断のフレーズでも
口にしたのだろうか。
行員「はあ、申し訳ございません。あのう・・・ご存知かとは思いますが
当行は県下で支店はここだけですし、ATMもここにしか設置して
おりませんし、他行のATMでは手数料がかかりますし、
お財布がわりにお使いになるとすると、ちょっとご不便かと・・・」
その不便さが良いのだ!と口から出そうになるのを抑え、
私「はい。すべて存じてますよ。すべて大丈夫です。はい大丈夫です。」
行員「は・・・ありがあとうございます・・・」
私「はい大丈夫です。」
行員「それでは新しいお口座のキャッシュカードですが、ご自宅へ
書留でお送りいたしますのでよろしくお願いします。」
私「はい」
行員「ありがとうございました。」
私「あのう」
行員「はい?」
私「もう帰ってもいいの?」
行員「はい、ありがとうございました。」
もうすぐ窓口終了の時間だ。こんなに時間がかかるとは
思わなかった。
出口に差しかかったとき、再び名前を呼ばれた。
行員「あ、SGC様」
なんだ、結局まだ何かあるんじゃないか。
私「はい?」
行員「お忘れ物が。」
行員さんが手で示した先には、赤いヘルメットがコロンと
転がっていた。
終わり
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最初は多少の説明を最後に入れていたんですが、
ばっさり切りました。
こういう終わり方もいいかなと。