the other side of SmokyGitanesCafe
それとは無関係に・・・。
 





GITANESを線香代わりに

と何度書いたことだろう。
それとは無関係に・・・。


彼岸。

またもや坊さんは、いつもならまだ私が起床していない時刻に
やってきてお経をあげ、そしてまた慌しく帰っていった。

彼岸があって盆があって彼岸があって命日があって
だれかの何回忌があって彼岸があって・・・。




亡くなった父は、まったく信心深い人間ではなかったのに
こういう行事に関しては非常にきっちりとこなしていた。

病気になって日常生活もちょっとしんどいなあ
という体調になってきた頃でも、
「彼岸だから」
「盆だから」
と、身内に集合をかけたり墓参りに行って掃除をしたり
先に亡くなって住む者がいなくなってしまった祖父母の家へ
行って空気を入れ替えたりと、
確実に仕事をこなしていた。元々きっちりとした性格でもあったが。


「ちゃんとやっておかないとイカン。」
と言っていた。

体力的にもキツそうなオヤジに尋ねたことがある。


私「ところでオヤジが亡くなった後のことだけど。」
父「ん?」
私「何かの都合でこういう供養がちょっとばかり省略されたとして」
父「はいはい」
私「オヤジは子孫の我々に祟るかい?」
父「いや、そんなことする訳ない。」

私「じいちゃんばあちゃん達も祟らんやろ?」
父「もちろん。」

私「じゃあ体力的にキツイ今は、大体で許してもらったら?」

父「なるほどなあ。そりゃ、自分の子どもに祟る親はおらんなあ。」
私「やろ?」




父「でもまあ、ちゃんとやらんと、気持ち悪い。」




きちんとやっておかなければ気持ち悪い。

やっておいても気持ち良くはならないが、やらなければ気持ち悪い。


こういう、もやもやっとした煙状の関係で
先祖と子孫が繋がっている感じがする私の家系。



やらなければならないことはないが、気持ち悪いぞ。

という、並んだ位牌たちからの緩やかなプレッシャー。


はい、わかっております。



そして私は、仏壇に手を合わせ線香をあげ
あいさつと簡単なお願いとお礼をつぶやく。


1年間にざっと800回ほど。




でも、まったく信心深くない私。





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