『メディアの支配者(上)』を読んだ。なかなか読み応えのある本である。著者の中川一徳さんの,丁寧な取材の積み重ねに基づく,平易で精緻な解説に脱帽だ。
上巻は,四章からなる。
第1章 彫刻の森~鹿内信隆のつくった王国
第2章 クーデター~鹿内宏明解任
第3章 抗争~日枝久の勝利
第4章 梟雄~鹿内信隆のメディア支配〔前〕
結局,準備周到にクーデターを計画した,フジテレビの日枝社長が完全勝利し,鹿内宏明をフジ・サンケイグループから放逐するのだが,完全勝利に向けては,なお,13年の月日を要するところとなった。小象,ニッポン放送が巨像,フジテレビを株式支配する中で,鹿内明宏所有のニッポン放送株が完全支配を妨げていたからだ。
増資,鹿内株の希釈化,そして,商法改正による,フジテレビの単独上場,その条件が整って,はじめて完全支配が実現する,長い長い道のりだったわけである。そしてのその仕上げともいえる,TOBのまさにそのとき,ホリエモンが参入し,ライブドアと,フジテレビのドタバタ劇が演じられたわけである。以前のブログでも,どっちもどっちと書いたけど。所詮,企業内の権力抗争,もとより,攻撃するほうも,されるほうもあまり美しいものではない。鹿内VS日枝抗争にいたってはみっともないのである。
ところで,追い出しをかけられた鹿内明宏氏が救済を求めた人物の一人に,例のあの瀬島龍三がいた。(興銀の中山素平とかもいる。城山三郎の『官僚たちの夏』で有名な・・・。)中曽根康弘元首相が疑惑で身を引き,岳父,鹿内信隆からバトンタッチされた,日本美術協会の会長をしていた縁である。先日読んだ丹羽さんの『男は仕事で磨かれる』に,続いて,またもや登場した瀬島龍三。この人,いろんなところで暗躍している。丹羽氏の著書とは違う負の評価の記述があったので,バランス上,引用しておきたい。
「 だが,誰も公言はしないが,財界の中でも瀬島への不信感は根強いものがあった。田中清玄と親しかった中山素平もその一人だ。
瀬島が先の大戦で作戦参謀という要職にありながら,その責任はほとんど口を拭ったこと,その反面,戦後は伊藤忠の商社マンとして賠償ビジネスで暗躍し,中曽根政権下では公然と国の政策を動かすほどの表舞台に登場したという特異な経歴による。瀬島の実像に迫った共同通信取材班の『沈黙のファイル』には,そういった裏面史が詳細に描かれている。(P186)」
「《かつて先帝陛下(昭和天皇)は瀬島龍三について,こうおっしゃたことがあるそうです。これは入江さんから僕が直接聞いた話です。
「先の大戦において私の命令だと言うので,戦線の第一線に立って戦った将兵たちを咎めるわけにはいかない。しかし,許しがたいのは,この戦争を計画し,開戦を促し,全部に渡ってそれを行い,なおかつ敗戦の後もも引き続き日本の国家権力の有力な立場にあって,指導的役割りを果たし,戦争責任の回避を行っているものである。瀬島のような者がそれだ。」
陛下は瀬島の名前をお挙げになって,そう言い切っておられたそうだ。中曽根君には,なんでそんな瀬島のような男を重用するんだって,注意したことがある。》『田中清玄自伝』」(P189)
ものごと,人物は,色々な視点から,多角的にみて総合的な判断をする必要があることを痛感させられる。