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【34】オーガスト先生・パーティー

 海洋大学で生物学の教授をしているオーガスト先生は、教授と呼ばれるよりも多義的でありながら親しみのもてる先生と呼ばれる方が好みだったので、教授になりたがっていた小学校教諭のヨショト先生と称号をトレードしたのだった。
 オーガスト先生は、八面にある自宅の庭で毎週のようにガーデンパーティーを催していた。デューイ所長【90】ファーネス課長【347】などの要人もよく参加していた。いつも偶然を装って招待している名も知らぬお隣りさん【30】が、綺麗に刈り込まれた芝生の上にうつぶしてすすり泣く姿がこのうえなく好きなのだ。あの日プレゼントした自棄枕を愛用してくれているんだね。そう心の中で語りかけながら微笑むひととき。また、誰かしらから唐突に殴られるのも気に入っている【222】のだが、殴られたあとで「絶景かな」とおっしゃるオーガスト先生の真意がカルサワ君【12】には計りがたい。自らの顔を何度も殴ってみたのだが景色など現れず、ただむやみに痛いだけだった。彼は気づかなかったが、彼の顔はまるで山のように赤く腫れあがって、口にくわえたタバコ【39】から立ちのぼる煙が山頂をとりまき、鳥がさえずり、小川が流れ、子鹿が駆けてゆく険しい起伏にときおり迷い込んでしまうためいつも コンパス【40】を手放せないカルサワ君は、オーガスト先生の教え子で、大学を卒業してからは海との架空契約【41】で働いており、今はホテルの中のぼんやりとした光に包まれうとうととしかかっている。彼は礼儀知らずということになっているのでオーガスト家のパーティーには招待されたことがない。

リンク元【30】空間が赤く滲んできた

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【33】棘

あやふやな形をした分類不能の生物が見つかると、すぐさま衛星局員が駆けつけて棘路に立ち並ぶ刺繍専門店に運び込む。刺繍病を患う針子の徒らは、各地から寄せられた言葉の棘を多様なステッチであやふやな生物に縫いつけていき、サボテン、ハリネズミ、蜂【290】、薔薇、栗などの棘被動物に仕立て上げるのである。これもまた分化事業の一環といえよう。ただし宙に浮かんでいるウニなどの言生動物は、最初から棘に覆われている。ときおり栗に擬態するので、毒性のある棘に刺されぬよう注意されたし。

リンク元【30】空間が赤く滲んできた・名も知らぬお隣りさん

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【32】紙面・十二面・自転や公転

 地球を構成する十二の紙面は、それぞれが自転しながらも従力【145】作用によって公転(例えば一面ならば三面を中心に、三面ならば十一面を中心に)することで、地表上に隙間無くつながって結球している。刻々と組み合わせの変化する地球の全体像を把握できるのは、現在のところ機関坊【42】の脳だけである。紙面という呼称は新聞社特有のもので、区役所【106】では空間軸を市面、時間軸を史面と呼んでおり、百科店【83】では市面を固定的に採用している。

リンク元【30】空間が赤く滲んできた・名も知らぬお隣りさん 【3】湿地帯

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【31】校正員

 校正施設【37】から出向している校正員によって、活字の一人が白服として再配属させられるのを横目【38】に眺めていたG(守秘のため活字は全てイニシャルで)は、いつ自分が指名されるのかとABRACADABRA汗を垂らしていた。なぜなら以前にHを務めていたHが勤続疲労による死語硬直でリタイアし、GがHの代わりに配属されるという誤職が起きたからだ。文法上はまったく問題がないため、誰にも気づかれないまま今に至っているのだが、例えば「彼が殺された」が「彼に殺された」となるような意味の転換が幾度となく行われているのだ。それでも白服【30】になりたくないGは、自ら申告することはないだろう。彼は知られざる誤職として日々校正に怯えながら暮らしているが、過剰な発汗によりA、B、C、D、Rの憑依が困難になりつつある。

リンク元【30】空間が赤く滲んできた・名も知らぬお隣りさん

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【30】空間が赤く滲んできた・名も知らぬお隣りさん

 もちろん白服の一人が立っていたのである。彼が活字媒体に加わるようになってから十年(十神法は、十字群【214】以来の表記法)が経つが、ゲシュタルト障害である活字離れを発症したため、 校正員【31】によって衛星局【230】へ昇天させられ、出向扱いの白服として新聞社【152】に降臨してからはまだ三ヶ月だった。ここでは便宜上白服と呼んでいるが、無記名な活字【23】のなかでもとりわけ希薄さを強いられている彼らに、職業上の呼称は存在していない。彼の所属する隊列が担当しているのは、十二ある紙面【32】のうちの第九面で、三十段に分かれている。住人たちが彼の姿を意識することはめったにないが、九月十日付のユニオシ家【28】では口元を血で汚したせいで他紙が検閲疑惑として取り上げたため、上司からきつい言及処分をくらってしまった。その日憔悴しきって家に帰った彼は、赤黒く染まった覆面を脱いで口をすすぎ、薄赤い水の中を回転して流れ落ちていく無数の棘【33】を眺めながら、真っ白にぼやけた思考の中に何かを取り戻そうとしていた。赤い覆面を手に取ってみる。自白剤をたっぷり注いだ尼僧式の洗濯機でも汚れは落ちないだろう。捨てるしかなかった。次の配給までは白塗りでごまかすしかない。窓の向こうにオーガスト先生【34】の姿が見えた。ホームパーティーをしているらしい。目が合うと参加するよう促されたので、普段着に着替えて隣の庭に出ていった。空にはみっしりと羊が浮かび【35】太陽が爆発を繰り返していた【171】。七面に住むオーガスト先生の娘も来ていて、赤ん坊【36】を抱いていた。「元気な玉のような赤ちゃんですね」と声をかけたところで彼は我にかえり、慌てて「すくすくと育って―― 」などと取り繕おうとしてはみたものの、深い悲しみがこみ上げてくるばかりで泣き出しそうになった。彼はもはや常套句でしか話せなかった。職業病だった。メェメェと空からかすかな鳴き声が風にのって漂ってきた【35】

リンク元【28】購読者・死が告知・九月十日付のユニオシ家

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【28】購読者・死が告知・九月十日付のユニオシ家

 九月十日付のユニオシ家の場合、ユニオシ夫人が一家惨殺をしたことが活字の隊列によってユニオシ夫人に伝えられた。一家とはいってもユニオシ夫人の他には夫しかいないので、子供に手をかけずにすんだのは幸いだったといえようか。普段はとても優しくて思いやりのあるユニオシ氏は、夫人を汚らしい言波(ことば)で罵らねばならなかった。なぜなら記事にそう書いてあったからだ。あまりにも刺々しい暴言【295】に口腔が血だらけになったユニオシ氏はしだいに衰弱し、夫人が手をくだすまでもなく出血多量で死んでしまった。「なんてことでしょう」ユニオシ夫人はそう叫んでいた。「こんなこと、記事に書かれていないわ」
 夫人の心配どおり、つま先から頭頂部まで白い布で覆った いわゆる白服たち【29】が、覇気のない後ろ歩きで家に入ってきた。まもなく部屋の白さに溶け込んでほとんど見えなくなった白服たちは、ユニオシ氏の死体を立ち上がらせると、生きているかのように動かしはじめた。死体は腕をぎこちなく前に突き出し、人差し指を夫人に向け、顎を上下に慌ただしく開閉させ、歯を激しくかちならしながら再び罵った。夫人が呆然と立ちつくしていると、やがてユニオシ氏の背後の空間が赤く滲んできた【30】。夫人は慌てて夫にナイフを突き立てねばならなかった。夫人は夫を惨殺した。取り調べに応じて、わけのわからないことが言えるかどうか心配だった。現在、警察【197】の捜査は難航している。

リンク元【23】活字・朝刊

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【27】さまざまな種類のパン

 山羊の髭、角、下半身を持つ半獣神たちは、好物資源である水星昆虫の幼虫(ニンフ)を追い求めて、古来より各地の野山を駆け回ってきた。だが水星【256】から落ちてくる幼虫は金属製なので、味わってみたところで充分な栄養が摂れるはずもない。恒久的な食料不足を補うため、半獣神たちは念菌から生まれた相互幇助組織である幇と共生し、その音も共有するようになった(動物介護団体【105】を参照のこと)。
 幇(パン)は強固な団結力によって、一日の狩りと食事を終えた半獣神(パン)たちの下半身を巨大な腸詰め状の組織に埋没させ、彼らには分解できない栄養まで吸収し尽くした後、均等に分配してくれるのだ。蛇足ながら下半身を包み込む衣服の呼称は、パンに完了助動詞が付け加えられたものである。
 長い歳月が経って視野に入りきらないほど組織が肥大すると(その全体を視野に入れるために、人は独自の視点移動(パン)を編み出さねばならなかった)、他の生物にも加入を許すようになった。時には無理矢理に加入させた。組織に腰を落ち着けた生物種の総数は十二。今でいう干支である。やがて処理能力の追いつかなくなった巨大腸詰めは、その呼称を二乗するほどに腫れ上がり、破裂によって自らを皆に分配した。その時の副産物があの有名な破裂音と、断腸の思いと呼ばれる感情である。
 幇を失った半獣神たちは、おびただしい幼虫の死骸で下腹を膨張させたまま倒れていった。
 あの神々しい生き物は絶滅した。
 かつての威容からは想像できないほど見窄らしい姿となったパンは、立ち並ぶ樹木からしなだれて胃腸並木になったり、動物たちの腹腔に潜り込んでとぐろを巻いたりしていた(他の生物と融合するために発達した器官、十二支腸が役立った)。人々は輝かしい栄光の日々を忘れられず、自らの腹腔に籠もり続けている醜い臓器をパンとは呼べなくなった。だが転機は大飢饉の後に訪れる。虫垂【19】を発達させて昆虫【26】を貪った人々はどれだけ驚いたことだろう。なにしろ自らの排泄物が、『米【25】』と表記される光輝を放っていたのだから。人々は繰り返しそれを食べた。そしてパン【15】と呼ぶようになった。パンを取り戻したのだ。パンが取り戻されたのだ。食糧難が去ってからはそのほとんどが貴族【16】の食べ物となったことからも、崇高さの度合いが分かるというものだ。

リンク元【19】虫垂

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【26】昆虫

 金属質の外殻で覆われた八十万種はいるという生物の総称で、遠い起源に車【52】を持つ。〈昆〉の簡体字が〈兄〉であることからも判るとおり人間との関わりは古く、先史時代からバグパイプとして喫煙に用いられてきた。パイプから煙を吸い込むと、種族ごとに特異な音色(翅を高速で震わせる音、ジャバラの腹を擦り合わせる音、吹き入れた息が気孔や卵管を通り抜ける音)を発することから、多くの演奏家が競って奏でるようになった。
 大飢饉以降【19】は食用されると共に、人の体内で鋳造もされてきた。現在では金属製品の巨大化が進んだために、歴史【302】という巨人を利用した大掛かりな鋳造も試みられている。

 ある種の昆虫の複眼は、バーボン【223】やスピーカーやポップコーン【99】に使用するコーン【93】の原料として荘園で栽培されている。 

リンク元【19】虫垂 

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【25】仏教徒・米国

 仏教徒と一口にいっても、大腸仏教や小腸仏教に代表されるようにさまざまな解釈がなされており、いまや明確な定義は失われている。貴族【16】たちの心珠【174】を細かく砕いた仏舎利を、新しき料理(ヌーベル・キュイジーヌ)たる米(本来はフランスパン【15】の輝きを表す斜印という記号である)として食し、悟りを開こうとしていた一派が米国(分化大革命【106】前は米穀と記載)、つまりアメリカ合掌国である。社会に米食が浸透し、銀交【一八九】が設立された結果、仏教における金本位制が崩れ落ちた。金本位主義者たちはこの事態を仏滅と呼び、仏は死者の代名詞にまで落ちぶれることとなった。
 アメリカとは米であり、米とは輝きであり、〈マイ〉すなわち〈私の~〉という所有格である。米を前にすると口から溢れてくるのがツバキであり、ツバキをラテン語読みしたものがカメリア、カメリアをつづら読みしたものがアメリカである。食事の前の合掌が国名に明示されているのである。米食人のうち白い家に籠もって無心に米を食する行者は、彩胞レベルでのココロイド【196】化を極度に進行させて、英国人という肉体的コードを脱穀し、米という純粋存在として独立することに成功したものの、多種多様な肉体を間借りせねばならなくなった。焼却路【220】の熱に吹き上げられた気球【228】が密集する空域を、米エリアや心珠湾と呼ぶのはそのためである。

リンク元【24】振り分け用コード【18】フランス人

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