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【231】二度と目覚めることができなくなってしまいます

 鍵を失ったからといってホテル【12】から遠く離れることはお勧めできません。景色がよく似ているため、目覚めていると錯覚するほどですが、離れるほどに異質さが露わになって知覚の統合が出来ず、立っていることさえ困難になります。そこは我々の世界とはかけ離れた、夢の論理で成り立っている常軌を逸した世界なのです。鍵屋を見つけたとしてもトンボの複製を依頼すれば狂人扱いを受けるでしょうし、いずれにしてもその頃には正気を保てなくなっているはずなのです【235】

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【225】どちらも夢でしか出入りができない

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【230】衛星局・月

 疫病などの発生を未然に防ぐために設置された監視衛星で、一般的には月と呼ばれて親しまれている。一月から十二月まで合計十二ある衛星局が地球を周回し、それぞれの月面に隙間なく立ち並んだ無数の白服【234】から視線を照射させることで、十二面【32】全域の汚れを羞恥によって浮き立たせる。皆の寝静まっている間に汚れを清掃(時には諸器官に収容)するのは、地上局で汚職に就く白服【29】たちである。


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【224】喫茶店によくいるぶつぶつと独り言を呟いている男【194】リッター元帥【166】大恐慌・黒子病【158】無視あるいは回避・硝子化・透病――ノキタハ博士の論文3【146】かすかに映り込ませる程度・鏡・発鏡【122】輸送業務による服作用だという説もある【77】外部世界のミニチュア【69】愛用者同士【48】天使【30】空間が赤く滲んできた・名も知らぬお隣りさん

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【229】いくら悪党のドロローサとはいえ

 オーガスト先生【34】〈船乗りヴェルツル〉の七巻【201】を読んだことがあったので、ドロローサが捕らえられた牢獄から抜け出すために、夜な夜な道端で恐喝して保釈金を稼いでいることを知っていたのだ。もし拒めば、疣だらけの分厚い手を丸めた固い拳で殴ってくれるということも。なにしろ最初に絶景(【34】を参照のこと)を垣間見せてくれたのも、今では赤道【220】を走っている七巻だったのだから。それ以来、暴力亭主のための殴打メイドになりたいという夢は膨らむばかり。あの七巻には妻の独断でかわいそうなことをしたが、二度と家に連れ帰ったりはしない。覆面【222】さえあれば毎回見知らぬ他人を装えるのだから、七巻をできるだけ手ぶらで帰らせてあげられる。オーガスト先生は高揚した気分で覆面をかぶるのだった。

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【222】ごく普通の男・覆面

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【228】驚くほど軽い足取り・気球

 上昇気流に覆われた重力の少ない赤道一帯【220】では、どれだけ重い足取りをしてみても軽やかになってしまう。気むずかしい老人【46】も、垂れ下がってくる頬や瞼の重みから開放され、微笑みを浮かべて燃え上がっている。遥か上空に漂っている無数の熱気球は、肉体を脱穀した米国人【25】たちの心珠【174】が膨張し、熱風で吹きあげられたものだ。歴史【302】の巨大な体に、気球が吸い込まれていくのを目撃したという証言も多い。

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【220】焼却路・赤道【101】人間のものを観賞する機会・サキニ氏【25】仏教徒・米国

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【227】配偶者・代蟻士

 ロッサム社【205】足跡【42】魚【78】のブレンドを担当しているのは、配偶者皇女と崇められる一方で、原文ママとして親しまれているウルストンクラフト女師である。人類最後の配偶者である彼女は、ライムのよく育つラップランドの出身で、ハイスクールに通う十六才の少女だ。八十の手習いとして始めてから、もうかれこれ六十五年近くもこの蟻務を果たしているが、腕が未熟になってきたし学校も忙しいので、そろそろ引退しようかと考えている。という物語だ。配偶者以外の何者でもなかった窮屈な毎日(まあ改竄中毒者【42】たちから代蟻士の先生、なんて呼ばれていい気になったこともあったけれど)から逃れて、無限の可能性の中で手足を広げるのはどれだけ素敵だろう、と女師は心を浮き立たせていた。その時に備えてたくさんの手足を移植してもらっているほどなのだ。蟻より手足が少なくて何が出来るというの?それでも、わたしはウルストンクラフトという窮屈さからは逃れられない、どうしたらいいんだろう、名前をなくして白服【29】になるのも虚しいし、透病【158】生活だってぞっとする、ぞっとするわあのおじさん、いつも一人でぶつぶつ言って顔のぶつぶつをつぶしてる、髪の毛もこってりして、どうしてシャワーを浴びないのかしら、それなのにコーヒー【133】が飲めるなんて、わたしなんてとびっきり熱いコーヒーを浴びてきたんだから、それで今はシャワーを飲んでるんだわ、どこか見覚えがあるのはどうしてだろう、そういえばわたしは高給取りの配偶者、ブレンドしたものの中にいたのよきっと、それにしたってあんな男をわたしがこの手で作ったっていうの?――うっとうしい蚊【206】ね、さっきからまとわりついて――いいえ、いいえ、そんなのありえない、高級ブランド【114】の先端衣料で装っているわたしがあんな男を知ってるわけない――ああ、うっとうしい蚊!――ウルストンクラフト女師は発作的に、い、ろ、は……と名づけた四十八の手の平をテーブルに叩きつけた。そうよ、そうに決まっていたんだわ! 手の平のひとつからアルミのひしゃげる感覚が伝わってくる。
―― 今日もまたドロローサ【201】害虫の駆除【224】に力を貸していたわけである。

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【205】ロッサム社・出版社・書物【47】靴底の改竄【42】足跡・改竄中毒者

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【226】無機懲役

 体の組成を鏡やガラスなどの無機物へと人為的に変成させられ、永久に服役する刑罰。刑務所のメニューには一期刑期と記されている。囚人たちはガラス罪苦と呼んでいる。

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【213】下水道・高草建築物

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【225】どちらも夢でしか出入りができない・トンボ

1・ホテル【12】に入るには?
「外にあるフロントで背番号の入ったトンボが手渡されますので、ホテルの外壁に手をあてて立ったままうたた寝をし、ホテルの外壁に手をあてて立ったまま目覚める夢を見てください。そうすれば目の前の壁には無かったはずの扉が現れるでしょうし、扉の上部に小さな穴を目にすることでしょう。その穴にトンボの体を差し込めばもうそこはあなたの部屋、押して入ればよいのです。扉を閉めればすぐに心地よい密室となるでしょう――願わくば澄んだ空気とやさしい光に癒されんことを――外へ出るには部屋で眠って、部屋で目覚める夢を見なければなりません。そうすれば目の前の壁には無かったはずの扉が現れるでしょうし、その上部にはトンボが張りついていることでしょう、引き剥がして外に出ればいいのです。トンボをフロントに返せば世界が翳りながらぐんぐん縮まって窮屈になり、しまいには骨が折れそうになるほど締めつけられ、弱音を吐こうにも呼吸すらままならなくなったその刹那、破裂音とともに元いた世界の路上で目覚めるはずです。これがトンボ帰りです。ただし、ちょっとした冒険心からトンボを持ったままホテルを離れてしまいますと、常軌を逸した世界【265】に呑み込まれて今のあなたではいられなくなりますし、トンボに逃げられてしまうと二度と目覚めることができなくなってしまいます【231】のでご注意ください」
 以上、ホテルのパンフレットより。だが、ホテルの周囲に宿泊人数分の真似菌【312】が、擬態前のぶよぶよした塊のまま散らばっていることには触れていない。弾力性に優れた真似菌は、回収されてゴムタイヤの中に詰め込まれていく(【176】を参照のこと)。

2・刑務所で服役するには?
「運転手であるそなたが護送車の座席で居眠りをし、護送車の座席で唐突に肘を跳ね上げて目覚める、という夢を見なければならぬ。さすれば眼前の壁に開かれた鉄門が現れよう。そなたは護送車を運転して中へ入ればよい。囚人たちは夢を見るという能力の有無に関わらず、牢獄に収監されることであろう」
 以上、ドライバーズ・マニュアル改訂版より。

 こういったホテルや刑務所のマニュアルが裏取引でしか手に入れられないのは、今のところ夢の存在が公式には認められていないためである。区役所の見解によると、刑務所やホテルなどは存在せず、ただ原始的な植物の茎が生えているにすぎない(したがってパンフレットもマニュアルも二人称のフィクション【232】にすぎない)。このため、税務署はホテルから徴税できない。ただし囚人たちが護送中に遭う神隠し【233】は、自然現象としてシステムに取り入れられて刑務所不足を解消している。

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【213】下水道・高草建築物

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【224】喫茶店によくいるぶつぶつと独り言を呟いている男

 こういった人物を少なくとも一人は配置することが衛星局【230】によって義務づけられている。彼らが発する脳波【85】は、ある種の害虫が最も嫌悪するものなのだ。ただし脳波の出ていない〈船乗りヴェルツル〉の七巻【201】が採用されたのは、人材不足でぶつぶつと独り言を呟いている男が手に入らなかったためである。彼はそれとは知らずに衛星局をあざむいていたわけだが、発覚せずにすんだのはドロローサが虫を見つけるたびにナイフを投げて突き刺すような男だったからで、店はいつも清潔、マスターはいつもご機嫌、よってドロローサは不機嫌、というわけである。

【209】不本意ながら喫茶店で働いている

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【223】バーボン

 昆虫【26】の複眼由来のトウモロコシ【93】を主原料とした酒で、飲み過ぎると視覚的な複眼効果を催す。

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【209】不本意ながら喫茶店で働いている【26】昆虫

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