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【12】次の顧客・カルサワ君・ホテル

カルサワ君と呼ばれていた彼は、次の僧侶が来るまでホテル暮らしだ。ホテルは日々成長を続けているので、何階建てなのかはわからない。各階層は直径五メートルほどの円形で、淡い黄緑色をした外壁および内壁は、繊維質ではあるもののハニカム構造によって弾力のある硬さを保っており、耳をあてると地下水が組み上げられていく涼しげな音が聞こえる。窓はひとつもないが、壁が太陽の視線を通すので中はぼんやりと明るく、空気はいつも新鮮で清々しい。問題はどこにも戸口がないことだ。出入りがしたければ、戸口がある以外はいつもと寸分違わぬ部屋にいる夢を見なければならない。熟睡できず寝不足気味のカルサワ君にはたやすいことだ。夢見の悪い人やバクテリア【133】に夢を喰われた人は、部屋に閉じこめられたまま階層がしだいに上昇していくことにも気づかず眠ったままでいる。厳密には完全な睡眠の状態にあるわけではなく、涼しげな水音だけは知覚しているのだという。こういった症状は高所閉鎖症と呼ばれているが、医師に診察される機会は訪れない。密室なので夢枕を差し入れることも叶わない。殺人事件が起きても発覚しない。そのため支配人に依頼された探偵たちがホテルの壁伝いに歩いているのをよく見かける。なかでも左が利き腕の探偵モト【238】はこういった調査に長けているのだが、それはまた別の話だ。探偵たちがぐるりぐるりと巡るその遥か上空で、カルサワ君は多数の高所閉鎖症患者とともに、円化ナトリウム【13】の袋が0を数えるまでおぼろげな光に満ちたホテルライフを過ごすのだろう。

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