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【四一】海との架空契約

 僧侶から手に入れた円化ナトリウムを海まで運ぶという労働には不満を覚えないでもないカルサワ君は、不満を覚えないでもなく海まで運んだ円化ナトリウムを僧侶から手に入れるのならどれだけ良かっただろうと夢想するのだった。海洋大学で身につけた知識をもっと活かしてみたい、これではまるで僧侶だ、それなのにすぐにはぎ取れる僧衣すら持ってはいない、神と契約する方がまだ条件が良かったのかもしれない、などとすさんでいた気持ちも、ゆったりとした心地よい波の返礼にすべてを洗い流され、自分が何者で誰とどんな契約を交わしていたのかも忘却してしまうため、そのたびに研究所に足跡【四二】を送って調べてもらわねばならない。海から得られた返礼のほとんどがその検査に費やされるため、ろくに頭も下げずに少しばかり無礼じゃないかという評判のカルサワ君である。波の返礼はホテルの深い眠りによく似ているが、夢や時間が曖昧に溶け合っているという海には出口がない。ただしカルサワ君がたったいま目にしている陽の沈みかけた海から、ゆっくりとおぼつかない足取りで次々に上陸してくる無数の人影【四六】だけには出口が用意されていることを、ここで声高らかに認めなければならない。

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