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【161】フィクション化に努めている

区役所【106】弁護士のメイソン氏【147】をフィクション化しようと、裁判にカメラマン【155】を紛れ込ませた(といっても裁判長以下ほとんどがカメラマンだった)のだが、テレビ放映が行われるようになると、メイソン氏の健康的な笑顔や流れるような弁舌によって番組の人気が急上昇し、フリーク・メイソンと呼ばれる視聴者の多くが番組のキャストを実在の人物として信じ込むようになった。街で出会うとテレビのリモコンを交換して挨拶に代えるフリーク・メイソンたちが、メイソン氏と裁判を共にしたい一心でさまざまな告発理由をひねり出しては互いを訴えあい、弁護を依頼したものだから、メイソン氏の予定は二千年先まで埋まってしまい、シリーズの長期化を視野に入れ、第二、第三のメイソン氏を育成していかねばならなくなったのだが、とりあえずメイソン氏本人は、依頼者を失望させないようテレビの解像度に合わせて念土で全身を覆うのだった。このクレイ・メイソン方式が、クレイメーション【154】の原型であることはいうまでもない。

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【147】弁護士のメイソン氏
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【160】各地へ配送・自宅近親・エロシェンコ兄弟

 名誉を失墜【54】して自宅で待機させられていたエロシェンコ研究員の元に、大きな姿見が配送されてきた。彼はそれを部屋の壁に立て掛け、いつでも出社できるよう毎日自分の白衣姿を映し出していたところ、ある日突然、鏡面に細かくヒビが入りはじめた。鏡は小片ごとに折れ曲がり、彼の鏡像を象りながら立体的に浮き上がると、軋みをたてて数歩前に出て、両手をゆっくりと水平に持ち上げた。エロシェンコも両手を持ち上げていた。人型の鏡にはエロシェンコが映っていた。もう一人のエロシェンコのようでもあった。そこでエロシェンコは叫声をあげた。
「生き別れた双子の兄さん!」
 映し出されたエロシェンコの顔がうなずいた。エロシェンコもまたうなずいていた。再会と同時に親近拘束がはじまっていた。エロシェンコの兄は、弟のエロシェンコが常に側にいないと鏡に戻ってしまうので、離れるわけにはいかなかった。この話は、鏡から帰還した数少ない症例のひとつとして歴史に刻み込まれた【340】。一見なにもかもがそっくりの二人ではあったが、弟はある日、兄の襟が逆向きになっていることに気づいて、兄さんは女なのでは? もし、もしそうなら、区役所に気兼ねなく愛し合えるのでは? という期待に脹らませた胸を粉々に砕いてしまった。落下した彼の頭が、薄い腸壁を次々と割った。エロシェンコは自分でも気づかないうちに発鏡【146】していたのだ。彼は腰を屈めると、自分の顔が幾重にも映し込まれた腹腔の井戸から外を眺めた。兄が同じように腰を屈めてこちらを眺めている姿が見えた。二人は歩み寄ると、床にばらまかれた鏡の欠片を互いの体にはめ込みはじめた。時間ならいくらでもあった。

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【146】かすかに映り込ませる程度・鏡・発鏡【54】やはりどうしても食べられないのだった・名誉を失墜

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【159】傲慢で一方的な視線――ノキタハ博士の論文4

 傲慢で一方的な視線を投げかけてくるとされる太陽もまた、さまざまな色に包まれているという事実を見過ごしてはなりません。太陽の色々【171】は、十二面【32】全域から照射される無数の視線にさらされ、その恐怖から統合された波長【145】、あの眩しい白熱に合わせてしまうのです。これこそが陽力素【148】の陽力素たる由縁なのでしょう。色々の臆病さと誤解こそがこの世界を賑やかに彩り、豊かな視覚生涯を我々に与えてくれるのです。

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【147】弁護士のメイソン氏【145】波長・従力

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伊藤計劃氏 死去

http://home.att.ne.jp/iota/aloysius/someone/days/days0903.htm
佐藤哲也氏の日記にて伊藤計劃氏の死を知り、愕然とする。
「理由という名の病」を読み返す。
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20061127#p1
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【157】無視あるいは回避・硝子化・透病――ノキタハ博士の論文3

 無視され続けることで色は褪せていき、最後には死滅して透明な抜け殻だけを残すのです。治療の困難なこの病は透病(初期の段階では拒色症ですな)と呼ばれており、視線を素通りさせる硝子体へと宿主を変貌させてしまうのであります。月【230】の視線をもってしても捉えられはしません。硝子体の主成分は、我々の体の七十%を占めている海水です。この事実には戦慄せざるをえません【169】。子実体【128】との接触や、透分の多い酒類や果物の過剰摂取からも同様の症状が報告されていますが、透病のほとんどが人間に寄生している色、あるいは色に寄生している人間に起きることからも、何に起因しているのかは言うまでもありますまい。わたくしの場合、学会でのたわいもない発言(【63】を参照のこと)がきっかけ、だったのです。わたくしガ、キッカケ、ダッタ、ノ、デス」と、ここで論文の声は苦しげに途切れ、メイソン氏【147】が代わって語りはじめた。
「これが、ノキタハ博士の最後の声でした。博士は自宅で透化してから一ヶ月後に、安楽椅子【242】の窪みや宙に浮かぶかすかな虹色の光彩から家政婦によって発見され、論文に見守られながら白服に運ばれていきました。たいていの透病患者は、自らが透明であることに気づいていません。再び人から視線を向けられるようになると(もちろん素通りされているだけです)回復したと思い込んで抵抗しようとするのですが、固形化もしくは軟体化が進んでいて動くこともままなりません。博士の場合は安楽椅子に腰掛けて家政婦を呼び止めようと手を上げかけた姿勢そのままに病院のベッドに寝かされました。透病だと診断された博士は、工房で薄く平らに加工されてどこかの家へ……むろん病院側は配送先【一七○】を教えてはくれません、ガラス窓の配送先なら気軽に教えてくれますが、私が探しているのはノキタハ博士なのですから」

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【147】弁護士のメイソン氏【145】波長・従力【120】勝利を収めた【81】舌鼓【52】車・容器を抱えた人々の列・機関坊 【47】靴底の改竄【39】タバコ【38】横目

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【157】支離滅裂な事件

 もはや言波として成り立たないので、ここに記すことはできない。

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【144】質屋に預けられた人

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【156】警官たちに身を預けたのだった・あってはならない誤報・首切り役人

 警官たちに身を預けたため、てっきり長期の返済になると思っていた高級官吏、ジジジ・リは、一括返済の知らせを受けて驚愕した。すでに結果が明らかな事件の修正は、あってはならない因果律への反逆である。したがって、誤報の原因となった犯人は、反逆罪として打ち首にされるのだ。ジジジ・リを担当したのは、サッコ・サムシという首切り役人だった。サッコ・サムシは新月刀を握ってジジジ・リの前へ歩み出ると、自らの首を切断して両手で持ち上げ、数種類のドーナツ【43】を地面に撒き散らしながら台の上に載せた。首切り役人の首なしの体は、足を踏み外してドーナツ穴【50】に消えてしまった。落ちたドーナツをスパインおばさんが拾い集めていた。処刑は終わった。ジジジ・リは海水【90】の脳浸透を起こして体を震わせながら、家に向かって歩き出した。鼻水が出てきたので強く鼻をかんだ。


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【144】質屋に預けられた人・あってはならない誤報

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【155】カメラマン

 学術的にはポラロイドとも呼ばれる。遍在的な映画撮影によって失われた日常の自然な振るまいを取り戻すために考案された。鼻からチューブを差し込んで脳化水体【90】を排出させ、代わりに水銀を注入して頭蓋骨を満たすだけで、報道、商品、隠し撮りなどさまざまなジャンルのカメラマンとして活躍できる。ただしポルノカメラマンは露出計を携帯し、感度を規定範囲内に抑えることが義務づけられている。
 盗撮カメラマンのイシドロは、スパインおばさん【43】イリヤイリイチ【51】の血管からドーナツを盗み出す決定的瞬間にさりげなく居合わせて撮影していた。映画とは違って、カメラマンは撮影カメラを持ち歩かないのでごく普通の人にしか見えず、さすがのスパインおばさんも気を許したのだろう。その情景は脳に蓄えられ、後にカメラマン同士の偏執作業【168】を経て各家庭に配信されたが、血の気の多い地下生活者のために瀉血をしてあげる心優しいスパインおばさんとして紹介されたため、スパインおばさんのドーナツ屋さんには、私にも、俺にも、僕にも、あちきにも瀉血を! という瀉血愛好家たちが押し寄せていっそう賑わい、スパイン村と呼ばれるほどに拡張し、穴あきドーナツもどきの在庫にも事欠かない様子である。
 蛇足ではあるが、カメラマンは職業柄、殺人事件の加害者または被害者となる割合が高い。イシドロも例に漏れず、口の中に無数のドーナツを押し込まれ、しだいに窒息していく朦朧とした様子を自ら撮影することとなった。

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【154】ケーブルテレビ【144】質屋に預けられた人【127】一顔レフカメラ

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【154】ケーブルテレビ・クレイメーション

 映画フィルム【127】コマとコマとの狭間に欠落していく時間【118】を救済すべく、時警団の研究員が開発した映像メディアである。テレビ局では、猫のヒゲを素材としたケーブルでカメラマン【155】脳波【85】を各家庭へと配信し、テレビの筐体に収めた念土を変形させるというクレイメーション方式を採用していることから、動きは途切れなく連続している。また、細密度の低い念土はあらゆる像を単純化するので、見続けているうちに頭の中で際限なく増殖していくあやふやな言波や観念が淘汰【167】され、視聴者は素晴らしい明晰感や敏活感を得られるようになる。チャンネルは各新聞社【152】に割り当てられているため、視聴者は購読していない新聞社の番組も見ることができる。これらの効果によって分化大革命【106】が成功へと導かれ、人々は自由から解放されたのである。

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【152】新聞社【一四四】質屋に預けられた人【84】転生を繰り返すもの【66】眼球

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【153】猫・ある種のプロセス

 猫は肺結核の特効薬として調合されたが、処方箋を手に入れようと結核菌を植え付けてくる患者が後を絶たず、精神安定剤として販売せざるを得なくなった。
 一口に猫といっても種類はさまざまだが、一口サイズの猫はテトラ種と呼ばれ、錠剤かカプセルの形に畳み込まれている。テトラとは手飼いの虎の速記体であるが、猫に特有の四つ乳(よつぢ)によって他の錠剤と区別できることから、数字の四をも意味するようになった。蛍光色を発する夜用タイプのネオンテトラや、銃刀法の対象となるテトラドキシン、神への信仰を取り戻すために僧侶が常用するテトラグラマトン等は、いずれも内服用の錠剤であり、体温が下がらないようテトラポットに入れて携帯するのが良いとされる。
 小説家に広く愛用されているのは、普通サイズの猫である。調合された気まぐれや愛らしさ【165】から得られるのは緊張の緩和や不安の解消ばかりではない。報道帰省【71】した魚を食べる猫は、ヒゲから波状信号を発して人の脳波【85】にリンクし、魚【78】に詰まっていた情報を人ごとのように伝達してくれるのだ(
ケーブルテレビ【154】もこの方式に頼っている)。猫に脳髄を歩きまわられるなり憑かれたように書きはじめる小説家たちは、猫の服用がとぎれると大恐慌【166】をきたし、その期間が長期に渡ると五、七、五でしか記事をこねることのできない俳人になってしまう。

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【144】質屋に預けられた人【71】クチコミ・報道帰省

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