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【277】無口で陰気な架空の女

 透病【158】にかかったのか、ひどく肩がこりはじめて病院に行ったのだけれど、身分証がないからと相手にしてもらえなかったの。その頃はどこにいても雨が降ってくる【279】し、すごく喋りたいのに唸り声しか出なくて気が狂いそうだった。そんなある日、汚れた白衣をまとったどこか中性的な書物と出会ったの。雨が降っていたわ。かなり古い版の〈現代医学事典〉で、時代的に誤った記述が多すぎるためにどぶ川に捨てられたらしいの。でも、そのおかげで硝子の進行をくい止めることができたのよ。少しばかり危ない一幕【280】もあったのだけれど。


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【276】あんたは何をしようとしていた

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【278】それがどうしてサランジュ師に?

 サランジュ師【191】ですって? 彼があたしを殺したとでもおっしゃるの? まさか。ふふ。考えてもごらんなさいよ、一度会えただけでも奇跡なのに、自分からやってくるわけがないじゃない、とんまな探偵【242】さんね。違うの。白服よ。白服が一人だけだったわ【281】。一人だったのよ。いいえ。一人しかいなかったわ。わからない。見えなかったのよ。すでに殴られていたから。薄れていく意識の中で、ない、ない、っていう声が聞こえたわ。もうどうでもいいことよ。ええ。あたしはその白服に感謝してるんだから。目覚めたらホテルの前に立っていて、あたしの頭から極秘の内容がすっかりなくなってた。しばらくは失語症の状態が続いたけれど、少しずつ、こうやって、話せるようになった【282】

 

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【276】あんたは何をしようとしていた

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【276】あんたは何をしようとしていた

 あたし【240】の頭の中はいつも訳のわからない極秘の内容でいっぱいだった。第三世界【268】では極秘でもなんでもないからいくらでも喋ることはできたけれど、何を言っても奇妙な堅苦しい言波にしかならないから、みんなタバコ【39】の煙みたいに煙たがったわ。ヘヴィー・スモーカーだったのよ。長い間極秘だったせいか、父さん【272】は無口な人だったけれど、あたしはお喋りな母さんの血を受け継いでいたのか少しも黙ってられなかった。だから、いつも一人で何時間も喋り続けながら涙を流していた。一人で喋ってることがばれないように、手の甲が白くなるまで受話器をずっと握りしめながらね。もしも第一世界(ここから始まる【◯】)に行けたなら、あたしは必然的に極秘書類【272】になる、そうすれば本来の自分の言波だけで喋ることができるはず、そう考えたのよ「その通りになったのかい?」いいえ、あたしは無口で陰気な架空の女【277】になっただけだった「それがどうしてサランジュ師に?【278】

 

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【273】だから君たちは――

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【275】そこはもう第三世界だった

 九○六四六号は新しい生活をはじめたのよ。もちろん苦労の連続だったわ。通訳を始めた頃にはシーラカンス【360】が捕獲されたニュースを聞きつけて、鱗【259】を翻訳させろとしつこく詰め寄ったおかげで入院するはめにはなったけれど、退院後は図書館に勤めて、乱雑に積み重なった蔵書を相手に尽力したの。まるで水を得た魚【87】だったわ。いいえ、泳ぎはしなかったけど。閲覧者の一人だった美しい女性と恋に落ち、やがて結婚して子供も産まれた。所員としてカモフラージュするために生殖器を備えていたのね。あなたは驚くでしょうけど、第三世界【268】の遺伝子は文字と大差ないものなのよ。そして、その子供の一人があたしというわけ。

 

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