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【249】彼女には海馬がない!

 俺【238】も病院の検査で海馬【73】が見あたらなかったので大騒ぎになったことがある。ぜひ学会で発表させてくれと医者から頼まれたが、俺が架空の存在であることを説明すると、一人芝居をしていたわけか、と、ひどく悲しそうな顔をしていたっけ。

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【244】この部屋を元通りにしてほしい

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【248】検査官

 コムストック検査官は、ビルの谷間に群れている何百匹という艶やかな蝶【243】を目にすると、慌てて駆け出した。蝶たちの甘ったるい蜜告など待ってられるか。発車するまでに乗り込まねば、また数ヶ月も彷徨うはめになる。何もない空間をまさぐっている彼を通行人が気味悪がって避けていく。非常用レバーの生々しい感触を確かめ思い切り回転させると、わずかに車内が垣間見えた。一気に飛び乗ると食堂車へ急ぎ、フルコースを注文する。じっくりと時間をかけて平らげ、ナプキンで口を拭うと、「没収したぞ」と給仕に言い放って立ち上がり、おじぎもせずに客車へ向かった。コムストック捜査官の姿を目にしたお忍び中の旅行者が、反射的に自分たちの荷物に手をかける。検査官は「動くな、動くなよ」と注意を促しながら、バッグやトランクを乱暴に開けては慣れた手つきで検分【254】していった。

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【243】速達で届いたメッセージの腐った臭い・蝶【188】視外線

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【247】〈別冊推理〉や〈季刊実話〉や〈放浪ルポ〉

〈別冊推理〉には既出の短編小説の寄せ集めというハンディがあったうえ、落丁本だったのか物忘れがひどく、誤字脱字どころか肝心な犯人すら特定できなかったため、事件の被害者と同じようにバラバラにされ、列車が通るたびに放り込まれていったのだが、取材のために各地をめぐっていた〈季刊実話〉が膝下を発見してからは、列車に乗るごとにパーツを集めていったのでほぼ人型【217】に復元された(頭部は見つからなかった)。〈別冊推理〉を交えて経緯を語るつもりでいた〈季刊実話〉だったが、持ち主に顔を忘れられて家に入れてもらえず、路上生活をするはめになった。事実上の廃刊である。そんな彼らに助言したのが〈放浪ルポ〉である。彼は数家族から共同購入されている読者参加型の人気雑誌なので、どこに放浪していても、持ち主たちは居所を探り当てて話を聞きに来てくれるのだ。存在論的に路上生活を強いられている彼と生活することで、二人がどれだけ救われていたのかは〈放浪ルポ〉に詳しい。

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【241】物心ついた頃
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【246】ホテルの鍵に違いなかった

 彼女はホテルをチェックアウトしないまま五面に出てきたことになる。いったいどういうわけだ/俺は方々を巡ってどこのホテル【12】の鍵なのかを突き止めた。フロントの男に訊ねてみると、確かに4号室の鍵は失われていたのだが、最後に泊まったのは男だったという。帳簿に名前や住所が残っていないか問いただすと、フロントの男こそが帳簿だった。俺は架空の探偵であることを告げ、帳簿の独り言から問題の男の情報を手に入れた/男の姓はサランジュ、敬称は師、職業は巡回鋳掛屋、住所不定、確立は五十億分の一。これでは会うことすらかなわない/俺は5号室に泊まることにした。トンボの尻尾を握って立ったままうたた寝をし、立ったまま目覚めると、現れた扉とは別に、困った様子でホテルの傍に立ちつくすセールスマン風の男が目についた【253】

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【240】柱にもたれかかったまま語り続けている


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【245】窓ガラス・メナギーニ

 かつてメナギーニという小学校の音楽教師だった202号室の窓ガラスは、アパートの建設当時から二十数年、部屋の中を眺め続けてきたのだが、今回のような事件を目のあたりにするのは初めてだったので震えが止まらなかった。もはや言波を持たない彼女は、探偵モト【238】に何ひとつ伝えられないまま、部屋が元通りになって次の入居者が生活しはじめても、まだ震えていた。あまりに震え続けていたせいか、とある夜に肩の荷が降りて急に体が軽くなるのを感じ、その途端に大きく羽ばたいて大空に飛び立っていた。おそらく細かな振動によって組成が変わったのだろう。爽快な心持ちで空を飛んでいると、全身に夜【177】が染み入ってくるのを感じた。それ以来、自分がガラス【158】であったことも教師であったことも忘れ、ただただ空を飛ぶことを楽しんでいたのだが、上空からガラスの輝き【252】を目にすると、なぜか胸を締め付けられるような気持ちになって急降下するのだった。輝きがガラスの破片なら隠し場所へと運び込み、一枚ガラスなら、しなやかな黒い体を映してスカートのように翼を広げてみせた。

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【240】柱にもたれかかったまま語り続けている

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