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【217】本人・言子人・人

 現在では言子人とも呼ばれる人型の本だが、開発された時点では〈体〉と命名された。人類は〈体〉の創造によって初めて自らの姿に注意を向けるようになり、〈人体〉や〈肉体〉という回りくどい名称を用いるようになった。今や〈体〉といえば、人の体を指すほどの厚かましさである。その厚かましさに辟易した本の数々が、〈体〉の左右を入れ替えて、「我々は〈本人〉である」と宣言しはじめるや不快を露わにした人類は、「いや我々こそが本当の人、つまり本人である」と、その呼び名まで奪ってしまった。だが愚かな人々は〈本当〉という言波がそもそも〈本に当たる(調べる)〉を意味することに気づかなかった。懸命にもそれを自覚していた少数の知識人は、本が単なる物にすぎないことを同胞に自覚させようと、〈本物〉という呼称を提示したが、それが一般に広まる過程で〈偽物〉の対義語として認知されるようになった。豆本を表していた〈頭〉なども同様の経過を辿った。表立った反論もせず、自らの新たな呼び名の数々(書生、文人、人文主義者など)を譲り渡した書物の間では、〈人〉という文字自体を、俯せに置いた読みかけの書物に見立てることで、〈本〉を使わずにすまそうという抜本的改革が生じている。改革を先導しているのは、まだ完全な抜本には至らないものの、上半身を廃することで半身浴に最適な体を手に入れた脚本である。彼らは長いしなり尾でバランスをとりながら、世界中の本に接触しては脚色を行っている。

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【205】ロッサム社・出版社・書物【150】刷人罪

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【216】言子の集合を文子の集合へ・言子

 歴史【302】書物【205】、魚などの最小単位である言子(げんし)は、基礎周期表に載るだけでも五十種あり、それぞれが異なる軌道をもつ伝子(でんし)に取り囲まれている。言子は規則性とも限定性とも言える伝子特性に応じて、文子(ぶんし)に結合すると、隊列を組んで多種多様な似躯体組織を構成する。それらは食されて脳や味蕾を介すことで言波に変換されるが、ひとたび尾ひれ【80】がつくと言声動物門の魚【78】となる。
 紙面【32】を見晴るかす歴史たちにおいては、世紀や巨体を形作る器官によって伝子特性が異なるうえ、組織分布が広大な範囲に及ぶため、部分的に分析しても熱にうかされたうわごとのような情報しか得られず、採取された時点から結合のほどけた言子集合として扱われる。

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【205】ロッサム社・出版社【171】太陽の色々・太陽が爆発を繰り返していた――ノキタハ博士の論文6【94】神経・色波(いろは)【81】舌鼓【80】尾ひれ【78】魚

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【215】蟻を配偶

 配偶はするが暗号を解読するわけではない配偶者【211】は、自分がどんな類の仕事に携わっているのかを知らない。ありふれた家事手伝いだと信じたまま生を迎えた者もいた。一冊の本すら読んだことのない者もいた。押し掛けてくる改竄中毒者【42】が怖ろしくて、改竄中毒者になってしまった者もいた。
 実際、配偶者の蟻術にとって、蟻【56】に関する知識はさほど重要ではない。それでいて、彼女たちの何気ない選択――夕食の食材、料理の手順、包丁の角度、刃を入れた回数、焼き加減、蛇口の締め具合、泳がせた魚【78】の数、溜息の風圧、歯【62】の噛み合わせ、体脂肪率、視線の軌跡、思わず泣き出しそうになった時刻【30】等々――が数々の名著や駄作を送り出してきたのである。

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【205】ロッサム社・出版社

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【214】キャベツの修道院・無知亡米・十字群

 主食がポップコーン【99】へと一変したことで痛手を受けた米穀量販店は、米【25】の輝きを失うという取り返しのつかない無知亡米を自覚するため、米から光を表す斜印を一筆ずつ切り捨て、十字を標榜するに至った(一説には〈米〉が光輝として讃えられる一方、肛門の皺として蔑まれていたためだとも言われている)。これが俗に言うキリステ教の成り立ちである。米穀量販店は十字群を名乗って布教を始め(このとき、米を量り売りするための記数法を十神法に統一した)、十二面の全域を十字路で結んでグリッド状に構成すると、組織を再編成して区画の維持を目的とする区役所【106】をおいた。いまや世界中に十字が遍在するようになり、円を無数に含んでなにごとも丸く収めようとする不定形な海は上陸の企てを諦めた。誰もが象徴であるトンボの化石、つまり十字架を身につけていた。小さな螺子を締める時にも十字が顕現した。
その一方で、神のおわす十字の中心を求める僧侶【10】たちは、大がかりな十字群厭世を行って世俗を離れ、地下洞窟【4】やキャベツの修道院に身を潜めることとなった。紙面【32】の境界に自生するキャベツの修道院は、葉を何層にも重ねて結球する巨大な植物である。僧侶たちの質素かつ豊富な食糧として、また外敵から庇護してくれる住居として活用されており、祈りを受けると淡黄色の十字の花を無数に咲かせる。修道院の周囲では、大僧正たちが鉱脈に頭部をめり込ませ、食糧不足によるパニック状態から人々を救済するために、パン【27】を尻からひりだす聖餐の儀式に努めている。
僧院から供されるのはパンばかりではない。体重十トンを超える偉大なる大僧正ともなれば、大勢の僧侶を使って肥大した下半身に塩を擦り込ませ、煙でいぶして燻製にすると、生きながらにスライスした御身を皆に分け与えてくれるのだ。

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【204】彼女たちは激戦の中に散っていった【106】区役所・分化大革命【99】ポップコーン【三○】空間が赤く滲んできた・名も知らぬお隣りさん【19】虫垂

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【213】下水道・高草建築物

 地下に張り巡らされた長大な根茎網は、汚水を養分として浄化することから、下水道として活用されている(貴族【16】が多く住んでいる場合は宮根と呼ばれることもある)。下水道の皮層には、樹教の一派である種子学派が品種改良を重ねた種を植えつけ、多様な高草建築物へと成長させる。地下の下水網こそが地上の町並みを構成しているのだ。樹皮が硬質すぎて出入口を設けることが出来ない品種は、厳重にセキュリティー化されたホテル【12】や、脱出不可能な刑務所や隔離病棟として用いられる。どちらも夢でしか出入りができない【225】ので、委託されたスパインおばさん【43】が、囚人の夢見がちな海馬【73】を砂糖漬けの菓子状態にして刑期に添える。いずれにしても夢を見ない者にとっては無機懲役【226】に等しい。 

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【204】彼女たちは激戦の中に散っていった【134】売春組織・四面・五面【52】車・容器を抱えた人々の列・機関坊

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【212】子供の一生を無駄にはできない

 母親の胎内へと分娩される瞬間に、人はその一生を完全に産み出すのだから。
 長い歳月をかけてなにひとつ装うことのない本来の赤い肌【178】に戻った赤ん坊【36】は、生の瞬間への恐怖で絶叫【22】する。
 人が生まれる。それが人生の終焉である。

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【202】副作用の浮気症・ピンカートン社の報告書

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【211】睾丸の中に潜り込む

 睾丸に潜り込んだ精子が不必要になった鞭を手放すと、すかさず神経【94】が伸びてくる。条件反射で神経を握りしめた精子は、脳【85】の一部に成り代わって機能しはじめる。精子の寿命は短く、宿主は次々と供給し続けなければならない。そう言われても女性とは縁がないからなあ、とお嘆きのあなたには、睾丸剤や精巣車の巡回サービスが用意されている。

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【202】副作用の浮気症・ピンカートン社の報告書

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