カキぴー

春が来た

映画「チャンス」と、天才喜劇俳優「ピーター・セラーズ」

2011年08月15日 | 映画
物心ついてから数十年間、屋敷から一歩も外に出ず住み込みで庭師の仕事をし、テレビだけを楽しみに生きてきた知的障害を持つ初老の男「チャンス」(ピーター・セラーズ)。 屋敷の当主が亡くなり、彼は生まれて初めてワシントンの街に出る。 当主のお下がりの高級なスーツ・コート・鞄・帽子で身を繕っているが、知能指数は5歳程度。 当てもなく街を彷徨っているうちに貴婦人「エヴァ・ランド」(シャーリー・マクレーン)の乗る高級車に接触し、怪我をする。 気遣う彼女は、余命いくばくもない財界立役者の夫「ベンジャミン・ターンブル・ランド」(メルヴィン・ダグラス)が、その大屋敷に雇う専従の医師に治療してもらうことを勧め、車に乗せる。 読み書きさえできず無教養であるにも拘わらず、その言動の純真無垢さが夫妻の心を掴み、その寡黙さが気品と受け取られ、邸宅に滞在することになる。

庭の手入れや植物の成長の話しかしないチャンスを、ベンジャミンは不況下のアメリカを立て直す暗喩に違いないと勘違いしてしまい、彼を見舞いに来た米合衆国大統領の「ボビー」(ジャック・ウォーデン)に、チャンスを紹介する。 政治の話で「秋がきて冬になっても、根さえしっかりしていれば春には必ず芽が出る」というチャンスの言葉を、「不況の最中でも政治の根幹がブレなければ、春には必ず景気は上向く」 と解釈し、大統領も深い感銘を受け、「我々の国には彼のような助言者が必要だ!」と考える。 

大統領が早速、政府財務委員会のスピーチでチャンスの言葉を引用したため、彼は演説の草案者として一躍、全米の脚光を浴びるようになる。 さらに正体不明・経歴不詳、そして「新聞を見ない」のは人の評価など気にしない大物、といったエピソードが謎めいた魅力となって、ついにテレビ出演までもする国民的人気を得てしまう。 やがて死期を悟った「キングメーカ」のベンジャミンは、すっかりチャンスの虜になったエヴァを彼に託し、チャンスを次期合衆国大統領候補に指名して息を引き取る。 そんな話に無頓着なチャンスは、湖水の上を歩いて(水上を歩く奇跡を行ったという「イエス・キリスト」のバロディー)去っていく。

1981年日本公開のアメリカ映画「チャンス」は、ニーチェの「ツアラトゥストラはかく語りき」を下敷きにした「ジャージ・コジンスキー」の原作・脚本を、「夜の大走査線」「華麗なる賭け」の「ハル・アシュビー」が監督し、アメリカ政界を皮肉たっぷりに風刺した極上のコメディー映画。  主役のチャンスを演じるのが、 「ピンク・パンサーシリーズ」でクルーゾ-警部を演じたイギリスの喜劇俳優 ピーター・セラーズ。  晩年のチャップリンプを思わせるような静かな演技で、この作品をしっとりした上品なものに仕上げている。

1950年代のロンドンで人気ラジオ番組に出演するピーターは、妻アンと2人の子供そして両親と、つつましくも幸せな日々を送っていた。 ところが映画「求むハズ」で大女優の「ソフィア・ローレン」の相手役に選ばれた彼は、勝手に彼女に惚れこんでしまったことから人生の歯車が狂い始める。 傲慢、わがままのし放題、家庭を顧みず浮気に走り家庭崩壊、離婚・結婚を繰り返したあげくに、1980年夏、持病の心臓発作のため54歳で急逝。 遺作といってもいい 「チャンス」の素晴しい演技・人柄とは、およそ裏腹な役者人生だった。      



 


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