カキぴー

春が来た

「オーベルジュ」、「隣の女」、そして「ムルソー」。

2011年10月10日 | 映画
「どんな遠くからでも食いしん坊が車を運転してやってくる。 そういう食いしん坊が、たらふく食べてホロ酔い加減になったところで帰れといわれても、パリはおろかリヨンまでだって億劫になる。 そうしたダテ男や粋客たちのため、レストランにわずか13室のホテルがついていて、私も女連れでいったとき昼寝をさせてもらった。 ホテルにレストランがついているのではなく、レストランにホテルが付属しているのである。  それにしてもフランスって、何とみんながピアフのシャンソンみたいに恋にばかり苦しむのか、考えさせられてしまった。」

このフレーズは、日本におけるファッション・イラストレーターの草分けでデザイナー、水彩画家、エッセイスト、映画評論家など多くの顔を持つ 故「長沢節」氏が書いた「隣の女」の映画評から抜粋したもの。 .最後の1節を除いて、当時の日本ではなじみの薄かったオーベルジュスタイルのレストランとは如何なるものかを、簡潔かつイメージし易く解説している。 一方「日本オーベルジュ協会」の説明だとこうなる 「オーベルジュの発祥はフランスであり、郊外や地方にある宿泊設備を備えたレストランのことを指します」。 キャッチコピーとして客を惹きつけるのは、果たしてどちらだろうか?

フランス人はランチにしても2時間ぐらいかけてよく食べ、よく飲み、美味しくて雰囲気のいい店があれば遠くまで行くのもいとわない。 「節さん」ならずとも食事が終わると一眠りしたくなるのが、ワイン好きにはよくわかる。 そんな客の要望に応えて自然発生的に生まれたのがオーベルジュスタイルのレストランで、そこがワケあり男女の逢引きの場所に使われるのもまた自然の成り行きというもの。 フランス人がそうした類の男女に寛大なのは承知の通りで、隠し子問題で世間を騒がしたミッテランなども、オーベルジュの顧客だったのかもしれない。 ところで我が国においてオーベルジェの存在を広く知らしめたのが、1981年公開のフランス映画 「隣の女」。

フランス南部に位置するグルノーブル郊外で、妻子と静かに暮らすベルナール(ジュラール・ドパルデュー)の隣に越してきた夫婦の美しい妻マチルド(ファニー・アルダン)は、かってベルナールと恋人だった仲。 二人の感情が再燃するのに時間はかからない、そして密会を重ねるのがオーベルジュスタイルのホテル。 やがて周囲の人たちの知るところとなり、男はビビりだし、女は逆に臨界点を超える。 最後になるはずのベッドでのさなか、女は男の頭を撃ち抜き自らも後を追う。 監督の「フランソワ・トリュフォー」とファニー・アルダンは当時深い恋愛関係にあり、映画のキャッチコピーはラストシーにも使われたセリフで、「一緒では苦しすぎるが、ひとりでは生きていけない」。

「異邦人」の作家「アルベール・カミュ」はプロヴァンス地方の田園地帯ルールマランに家を構え、しばしばパリとの間を往復する生活を送っていた。 1960年のある日友人の運転する車でパリに向かう途中、オーベルジュに立ち寄ってランチをとり白ワインの「ムルソー」を2本空ける。 再び30分ほど走行したところで車がパンク、ハンドルを取られて立ち木に激突し助手席に乗っていたカミユが即死、友人は手術中に死亡、その妻子は怪我で済む。 実は彼の著書「異邦人」の主人公の名が「ムルソー」だったのも、不思議なめぐり合わせ。 飲酒運転だったかどうか定かではないがかなりの長旅、せめてオーべルジュのベッドで仮眠をとることができなかったものか、当時そんな思いをめぐらしたものだ。       


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