カキぴー

春が来た

「夜とともに西へ」、女性飛行士・ベリル・マーカム (3)

2013年02月28日 | 小説
明るくなった機内ー夜明けー海にそびえる断崖。  悪天候の中、暗い海を長時間飛び続けてきたパイロットにとって、陸地を目にするのは大きな喜びであることに変わりはない。 機体が見えてきて夜の明けたことが分かり、やがて霧の帯に取り巻かれたニューファンドランドの岸壁が見える。 過酷な天候や海をまんまと出し抜いた幸せな罪の意識を感じる。 夜と嵐はベガ・ガルを捕まえ、ベリルは19時間もの計器飛行を強いられた。 分度器と地図とコンパスを使って新たな進路を設定しながら、コンパスが指す磁極と実際の方角を修正する。 

しばらくすればニューブラウンズウイック、それからメイン州、そしてニューヨーク、ここまで来れば大丈夫。 太陽の光と眼下に見える海が美しい。 ここから600kmの海を越えればその先は陸でケープブレトン島だ。 ベガ・ガルは追い風に乗り、最後のタンクの燃料は4分の3以上残っている。 ベリルの目に映る世界は、新しいまだ人の手に触れていない世界のように輝いている。 彼女がもう少し賢明だったら、こんな瞬間が長くは続かないとわかったはずだ・・・エンジンが振動し始めた。 エンジンは停止し、プスプスと音を立て、再び始動するかと思うと咳き込むような音を立て、海に向かって黒い煙を吐き出した。

原因は多分エアロックだ!それしかない、空タンクのコックを開閉したら解消するかもしれない。 コックの小さなつまみは鋭利な金属製の留め金で、何十回も開閉するうち手から流れる血は地図や服の上に点々と滴ったが、事態は好転しない。 エンジンをなだめながら惰性飛行を続けた。 油圧や油温は正常値を示し、マグネットも無事だったが高度は徐々に下がり、エンジンが息を吹き返すたびに何とか高度を稼いだ。 ついに陸が見える!視界は良好、数十キロ先の陸地もはっきり見える。 進路が正しければあれはケープブレトン島だ・・・やっと陸地の上に来た。 地図をひっつかみ現在位置を確認すると、シドニー空港まで12分、そこで着陸して修理すれば続行できる。

またエンジンが止まって滑空し始める。 でももう気にならない、これまでどおり息を吹き返すに決まっている。 だがエンジンは止まったままだった。 沈黙のままベガ・ガル地上に向かう、真っ黒な大地の上に大きな岩が点在し、ベリルはバンク、ターン、サイドスリップと、機を操りながら岩をかわす。 タイヤが地面に接触し、沈み込むのを感じる。 機首が泥の中に突っ込み、彼女はつんのめってフロントグラスに頭から突っ込む。 ガラスの割れる音がし、顔に血が流れるのがわかる 。 よろめきながら飛行機を出て、真っ先に時計を見る。 21時間25分。 大西洋を横断し、イギリスのアビンドンから名も無い泥沼へ・・・無着陸で。

大西洋横断のあとベリルはベガ・ガルを買い取る金がなかったので、J・Cは富豪のインド人に売った。 そのインド人は飛行機の手入れについては無知だった。 彼はベガ・ガルをダルエスサラームの空港の吹き晒しに放置したのでエンジンが錆びつき、翼の塗料は剥がれ、多分ベリル以外の誰からも忘れられた。 今頃は海中に葬られてしまったかもしれない。 ベガ・ガルはべリルを裏切らなかった。 飛行のあと機体を調べると、ニューファンドランド沖のどこかで、最後の燃料タンクの吸気孔に氷が入り込み、キャブレターへのガソリンの流れを阻害していたことがわかった。 そんなハンディーを負ったベガ・ガルが何故あんなに長時間飛び続けてくれたのか?ベリルは不思議でならなかった。

    



 


「夜とともに西へ」、 女性飛行士・ベリル・マーカム (2)

2013年02月26日 | 小説
ベリルは彼女に操縦を教えた名パイロット・トムに会って、大西洋の海図とにらめっこしながら何時間も話し合い、大西洋横断飛行のアドヴァイスを受けている。 「君が決心したとは嬉しいね、そう簡単にはいかないだろうが。 まずあれだけの燃料を積んで離陸できたとしても、そのあと飛行機の中でたった一人の状態がまる一昼夜、そのほとんどが夜だ。 東から西へのルートは向かい風になるが、9月だからそうならざるをえない。 無線はない(当時の無線機は重かったから多分積まなかったのだろう)、わずかでも進路を誤れば、行き先はラブラドール(ラブラドール半島にある極寒で広大なツンドラ地帯、不時着すれば死を意味する)か海。 だから絶対に判断を誤るな!」

実はベリルが飛んだ1年後の1937年5月、アメリカの女性飛行士・アメリア・イアハートが、ロッキード・Lー10エレクトラでニューギニアの首都・エラを飛び立ち、4000km先のアメリカ領ハウランド島へ向かったが、島を発見できず5500mの深海に没した。 このとき採用したのがベリルと同じ「推測航法」。 ラエからハウランド島までの方位と距離をチャートからプロッターで割り出し、それに風向と風速とを考慮して機首をどれだけ風上に向け、どれだけの時間飛行すれば目的地に到達できるか計算して飛行する航法。 同伴したナビゲーターの計算違い、曇天での視界不良、無線機の不具合など、悪条件が重なったのが墜落原因。

アビンドンの空港の外には記者たちの車が集まり、報道関係の飛行機やカメラマンなどが押しかけたが、英国空軍は技師と数人の友人の他、関係者以外を基地から締め出した。 ベリルは燃料タンクに囲まれた操縦席に座って、ヘディング(進路)を北アメリカにセットした。 飛行機は重荷を嫌がって不機嫌に抵抗しながら大地にしがみつこうとするが、最後には操縦桿と昇降舵の説得を聞き入れる。 こうして飛び立ち、空に浮かぶ。 なんとか言い含められて命令に従った飛行機は尋ねる。 「ほら、重いのを持ち上げたわ。 さてこれからどこへ行くの?」 私の恐れていた質問だ。 「目的地は5800km先、そのうち3000キロはまだ征服されたことのない海、飛行中のほとんどは夜。 夜とともに西へ飛ぶのよ」。

雨は降り続け、外は漆黒の闇。 高度計は大西洋上600mの高度を指し、スペリー人工水平儀は水平飛行を示していた。 風向のズレが気象図より3度大きいと算定して進路を修正する。 計器だけが頼りだった。 外では風が強まり、激しい雨が降っている。 予報官は嵐になるとは言わなかったのに。 午後10時、大圏航路をとってニューファンドランドのハーバーグレースを目指し、風速60kmの向かい風の中を時速200kmで飛んでいる。 悪天候のせいであと何時間飛べばいいのか正確な数字が出なかった(強風のなか計器飛行で飛ぶ場合、姿勢制御とヘディングを維持するのが精一杯)が、多分16~18時間だろう。

操縦席にあるタンクの側面に「4時間は持つ」と但し書きがある。 その文面どおりエンジンがプスプスと音を立てて止まり、ベガ・ガルは海上で失速し始める。 夜間飛行中の失速で海との距離が600mしかなければ、パイロットはは愕然として衝動的に操縦桿を引きたくなるが、彼女の理性と知性は反対のことを命じ、機は海に向かって降下する。 発行性の高度計が300mを指し、やっと手探りでコックを開き、待つ。 稲妻が光り、一瞬の閃光はかえって暗闇を強調するだけ。 波はどのくらいの高さまで届くのだろう・・・エンジンがやっと息を吹き返した! 停止してた時間はざっと30秒以上、彼女はジプシーエンジンを設計してくれたジェフリー・デ・ハビランドと、彼を創造した神に感謝する。

 







 

 


「夜とともに西へ」、 女性飛行士・ベリル・マーカム (1)

2013年02月22日 | 小説
「夜とともに西へ」の著者 ベリル・マーカム(1902~1986)は、1936年イギリスからアメリカ(正確にはカナダ)へ、つまり大西洋を(東から西へ)単独で無着陸横断飛行を成し遂げた。 アメリカの飛行家チャールズ・リンドバーグがニューヨークからパリへ(西から東へ)大西洋横断飛行に成功したのは1927年、それをきっかけとして飛行記録に挑戦する飛行家が次々と現れたが、女性による逆コースの大西洋横断飛行は、それまで達成されることはなかった。 なぜなら地球の自転方向に逆らって飛ぶ東から西へのコースは、飛行中ずっと夜を追いかけるフライトになり、しかも強い逆風に向かって飛び続ける困難が伴ったから。

9月4日の朝、まだベッドの中にいるベリルに航空省の男から電話が入る。 「イギリス西部とアイリッシュ海は雨模様で、向かい風が強く、大西洋の上空では風向きが不安定ですが快晴、ニューファンドランド沖は霧が発生しています。 この時期に大西洋を飛行する決心に変わりがないようでしたら、航空省の予報に関する限り、今夜と明朝の天気は、考えうる最高の条件だとお伝えしておきます」 その声は裁判所の事務官のように冷静だ。 彼女はベッドから出てバスを使い飛行服に着替えると、紙箱に入ったコールドチキンを食べ、通勤用に使っている飛行機で出発地のアビンドン空港へ向う。

ベリル自身は記録飛行にたいして関心は薄かった。 しかしロンドンで招かれたあるディナーに同席してた男が、農園を経営し、自らも自家用機と整備された専用の滑走路を所有し、専属パイロットとメカニックを抱える富豪に向かって、「J・C、ベリルの記録旅行のパトロンになってやれよ」と言った。 彼はドライに答える 「北大西洋を西から東へ横断したパイロットは大勢いる。 だが逆方向の横断に成功したのはジム・モリソン一人だけ、それもアイルランドからだ。 イギリスからの単独飛行に成功した者は、男女を問わずまだ一人もいない。 私が興味を持っているのはこのコースだけだ」 

「ベリル、もし君にその気があれば援助するよ。 エドガー・パーシバルならそれにふさわしい飛行機が作れるだろう。 それに乗って挑戦すればいい。 どうだ?」  「いいわよ」 ベリルは答える。  「取引成立だ、私が飛行機を用意し、君が大西洋を横断する。・・・だが私なら百万ポンド積まれてもお断りだな。 あの真っ黒な海のことを考えてみろよ、どんなに冷たいか!」。  ベリルはパーシル航空機製作所から三十分のところにある町に移り、三カ月間毎日のように飛行機で工場に通いつめ、愛機ベガ・ガルの翼が形をなし、骨組みが木や布に覆われて長い流線型の胴体になり、エンジンが固定されるのを見守った。 

機体そのものは航続距離が僅か千キロの典型的なスポーツモデルだが、エドガー・パーシバルは設計士としての高い技術、経験を積んだ飛行家の慎重さ、パイロットにたいする心配りとでカスタマイズの作業を進めた。 燃料タンクは翼の内側と胴体の他、操縦席の周りを壁のように取り囲んでタンクがセットされ、それぞれに大事なコックが付いていた。 バーシバルは説明する、コックを締めないで別のコックを開けるとエアロックを起こす。 操縦席のタンクには燃料計が付いてないから、必ず一つのタンクが完全に空になったのを確認して次のタンクを開くこと。 その間エンジンが止まるかもしれないがまた動き出す。 こいつはデハビランド・ジプシー(デ・ハビランドエンジン社で開発された英国の航空機用エンジン)だからな。 ジプシーは決して停らない!」