カキぴー

春が来た

「武器よさらば」とマッジョーレ湖

2013年01月21日 | 小説
年明けに発売の足立邦夫著「レマルク」を読んでいたら、マッジョーレ湖の名前が出てきて、すぐに「武器をさらば」の場面を思い出した。 「武器よさらば」の舞台となったのは、第一次大戦下の北イタリアとスイスで、イタリア軍とオーストリア軍が対峙する北イタリア戦線は膠着し、両軍とも一進一退を繰り返していた。 アメリカ人でありながらイタリア軍の救急車の運転手となったフレデリック・ヘンリー中尉は、先の見えない戦局の中で荒んだ生活を送っていたが、戦友にたまたま紹介されたキャサリン・バークレーと恋に落ちる。 迫撃砲弾の破片で重傷を負ったヘンリーはミラノのアメリカ病院に送られ、そこでキャサリンと再会、戦況の悪化と対比的に二人の愛は深まる。 

傷が癒えて再び前線に戻ったヘンリーは、イタリア軍の野戦憲兵にスパイの疑いをかけられて銃殺される寸前、川に飛び込んで逃げ、九死に一生を得る。 なんとかミラノまで逃げのびたヘンリーは、イタリアとスイスの国境をまたぐマッジョーレ湖の湖畔の町ストレーザに行き、この地で休暇をとっていたキャサリンと逢う。 イタリア軍の憲兵がヘンリーを捕えにやってくる前夜、ヘンリーはホテルのバーテンの手引きでキャサリンとともにストレーザを脱出、マッジョーレ湖を手漕ぎボートで横断し、スイス領のブリッサーゴに渡るのだが、この場面がマッジョーレ湖という地名とともに、深く僕の記憶に刻みつけられた。

バーテンはサンドウイッチの包と、ブランディーと葡萄酒の瓶をヘンリーに手渡す。 「この分は金を払わせてくれ」 「そうですか、じゃ50リラいただきます。ブランディーは上等ですよ、奥さんにさしあげても心配ありません」。 キャサリンをボートに乗せ、彼女は船尾にすわりケープにくるまる。 「いま何時かしら?」 「まだ11時だ」 「ずっと漕ぎ続ければ朝の7時には向こうに着くはずです」 「そんなに遠いのか?」 「35キロあります」 「どうしたら行けるかな?この雨じゃコンパスがいるぞ」 「大丈夫です。ベッラ島に向かって漕いで行きなさい。それからマードレ島の向こう側へ出たら風を利用するんです。風がバランツァへ運んでくれます。」

「ぼくは夜通し漕いだ。とうとう手の皮がひどくむけてオールも握れないくらいになった。 何度か岸辺に打ち上げられそうになった。 湖上で迷って時間をむだにするのを恐れ、なるべく岸に沿って漕いでいったからだ。・・・・『一休みして一杯やんなさいよ。すばらしい夜だわ。だいぶきたわね』・・・・『わたしにしばらく漕がせて』キャサリンが言った。 『きみはだめだよ』 『そんなことないわ。からだにいいのよ。からだのこわばったのがほぐれるわ』 『そんなことしないほうがいいよ』 『そんなことあるもんですか。適度に漕ぐのは、妊婦には、とてもいいことなのよ』・・・・船尾にすわってキャサリンが漕ぐのを見まもっていた」

その後ふたりはモントルー近くの山荘でつかの間の蜜月を愉しむのだが、キャッサリンはローザンヌの病院で分娩がうまくいかず、子供は死産、彼女も出血が止まらず死を迎える。 「看護婦たちを追い出して、ドアをしめ、電燈をつけたが、何の役にも立たなかった。 塑像に別れを告げるようなものだった。 しばらくして、ぼくは病室を出て、病院をあとに雨の中を歩いてホテルへ戻った。」  この最後の突き放したようなフィナーレに、作品の全重量がかかっているようだと、訳者の大久保康雄氏は解説する。 作者自身の体験から生まれた「武器よさらば」は、1929年単行本として出版、ヘミングウェイ30歳。 4ヶ月で8万部を売り切り、作家としての地位を確立する。