カキぴー

春が来た

「ハドソン川の奇跡」と、「バードストライク」

2012年03月20日 | 航空機
ゼネラルアビエーションの世界で最も高齢にして知名度の高い現役パイロットが、当年90歳の高橋淳氏。 淳さんは1941年、日米開戦の年に甲種飛行予科練習生として海軍に入隊、太平洋戦争では一式陸攻のパイロットとして従軍し激戦の中を生き抜き、飛曹長として終戦。 戦後は小型機とグライダーに没頭、教官を兼ねたフリーパイロットとして現在も活躍中の人。 「俺は飛んでいる間じゅうエンジンが止まったら何処へ不時着するか、いつも下の地形を見ながら飛んでいるよ」。 これは昔、ベテランパイロットの淳さんから聞いた忘れられない言葉だが、それ以来僕は、陸地はもちろんのこと洋上飛行の場合でも万一のときは、航行中の船のなるべく近くに着水することを心がけながら飛んでいたものだ。 

「ハドソン川の奇跡」とは、2009年1月15日午後3時30分ごろニューヨーク発シャーロット経由シアトル行きUSエアウエイズ1549便が、ニューヨーク市マンハッタン区付近のハドソン川に不時着水した事故で、乗員乗客全員が助かったことから、ニューヨーク州知事のデビッド・パターソン知事が「Miracle on the Hudson」と呼んで褒め称えた言葉。 実はこの事故の二日後のブログで、航空評論家の秀島一生氏が、「『機長はもしもの時、どこに降りるか』 いつも、考えていたに違いない」 とコメントしてたことを思い出す。 さらに「機長がとった行動、瞬間的な判断と操縦能力にはパイロットの誇りさえ感じる・・・何らかの事由で機の推力が失われたとき何処に降りるのがベストか、とっさに反応できるよう常に身構えてたはず・・・」。

1549便はラガーディア空港離陸直後、バードストライクによって両エンジンがフレーム・アウト(停止)したが、こうした非常時に機外に飛び出し、最低限必要な油圧と電力を供給する「ラムエア・タービン」(風車式動力装置)がすぐに稼動した。 サレンバーガー機長は着水時の衝撃を考慮して機体を川下方向へ反転させ、もっとも最適な降下スピードを維持しながらフェリーや観光船の発着場と、沿岸警備艇や消防艇の停泊するハーバーの近くに、まさに神業の如く流れに乗せるように着水した。 マスコミは「たまたま着水地点に恵まれたため4分20秒後に通勤用フェリーが現場に到着できた」 と報じ機長もこれに対しあえてコメントしなかったが、たまたまでも偶然でもなく、これこそ日頃から何度も繰り返してきたイメージトレーニングの成果。

ところで「バードストライク」だが、鳥との衝突は飛行機の歴史始まってから今日まで付いて廻った厄介な問題。 僕自身も約2000時間のフライトの中で一回だけ仙台空港で経験した。 RW-27を離陸してライトターンしながら上昇中ドーンと大きな衝撃を感じ、一瞬ドキッとしたが何が起きたのか分からない、エンジンや操縦系統に異常のないことを確かめてから仙台タワーに報告し、すぐに着陸の許可を貰った。 ハンガーに戻ると交信をモニターしてた整備員が待っていて、機体前部に大きく凹んだバードストライクの痕跡を確認したのち航空局に書類で報告してくれた。 プロペラ機の時代には衝突でエンジンが停止するようなことはなかったが、ジェットエンジンが主流の現在ではエアインテーク(空気吸入口)に吸い込まれると大事故に繋がる。

例えばボーイングー777のエンジン(GE-90型)ではフアンの直径が3mもあり推力も大きいので事故のリスクも高く、民間の旅客機については離着陸時のバードストライクによる墜落を防ぐため、装備するジェットエンジン開発の段階で4ポンド(1・8kg)の生きた鳥を吸い込ませるテストを行い、吸い込んだ後でも基準を上回る推力が保てることを必須条件にしている。 またボーイングー747のウインドシールド(コクピット前面の風防)が5層構造にしてガラス層の間にビニール層が挟まれているのも、衝突時の衝撃を吸収する安全対策の一つ。 さてサレンバーガー機長の後日談だが、オバマ大統領の就任式に招かれた日の前夜、レストラン「ハドソン」で彼がオーダーしたのが、なんと「グリルドチキン」(焼き鳥)。 もちろんこのジョーキングは報道陣に大受けしたそうだ。
 


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1 コメント

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Unknown (伊藤淳一郎)
2013-09-01 21:13:08
航空機関連のエッセイを読ませて頂きました。佐貫さん無き今、こんな文章に触れる機会はここ15年くらいありませんでしたので楽しく読みました。レンデイトンの爆撃機に登場するコッケ少尉が夕闇の湖に墜落するシーンを思い出しました。
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