カキぴー

春が来た

「ローラ殺人事件」、テーマ曲と薄幸の美女「ジーン・ティアニー」

2012年06月17日 | 映画
ニューヨークで美貌のキャリアウーマン、ローラ・ハントが,散弾銃で頭を吹き飛ばされた惨殺死体となって自宅で発見される。 捜査を担当する辣腕刑事のマーク・マクファーソン(ダナ・アンドリュース)は、交友の深かった3人の容疑者を絞り込むが、確証が掴めず行き詰まっている。 そして身辺調査のため彼女の部屋に入り浸るうちに、いつしか「死んだ女」に恋をしてしまう。 彼女の肖像を見つめながら日記や手紙を読み、香水を嗅ぎ、思いをめぐらすうちに、疲れている刑事は座り込んだ肘掛け椅子で眠りに落ちてしまう。 女の幻を夢うつつに追い求めていると静かにドアの開く音がして、死んだ筈のローラが現れる・・・・・。

1944年に製作・公開されたアメリカ映画 「ローラ殺人事件」(英題:Laura) は、巨匠オットー・プレミンジャーの初監督作品だが、「フィルム・ノアール」(虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画を指した総称) の代表作として、アメリカ国立フィルム登録簿に記録された作品。 多くのフィルム・ノワールには男を破滅させる魔性の女(悪女)「ファム・ファタール」が登場するが、プレミンジャー監督はこの映画のローラ役に、アメリカ人でありながらヨーロピアンな気品漂う物腰と、ミステリアスな美貌で、1940年代に最も魅力的な女優と評された、「ジーン・ティアニー」(当時24歳)を起用し、彼の出世作となる。

この映画をヒットさせたもう一つの要因は、映画音楽の祖父として知られるアメリカの作曲家デイヴィット・ラクシンの手がけたテーマ曲、「ローラ」が映画公開とともに大好評を博したから。 しっとりとしたミデアムスローテンポの美しい曲はすぐさまストリング・オーケストラで演奏され、ムード音楽のベスト入りを果たすと、翌1945年大作詩家ジョニー・マーサーが、映画の内容に相応しい「幻の美女」への想いを切々と訴える格調高い歌詞を与えたことで、ポピュラーソングとしても大成功を収める。 スタンダードナンバーとして今も残るこの名曲を、シナトラやエラ・フィッツジェラルドで是非聴いてみて欲しい。  

ローラ役で一躍大女優となったティアニーだが、その人生には派手な男性遍歴(ハワード・ヒューズ、ジョン・F・ケネディ、カ―ク・ダグラス、スペンサー・トレイシー、アリ・カーン、etc) とともに不幸な影も付きまとう。 1943年新進デザイナーオレーグ・カッシーニとの間に生まれた長女が、彼女からの風疹感染が原因で視力・聴力言語障害・知恵遅れと判明。(戦時中の慰問先で外出禁止の兵士からうつされたのが原因) その後父親が自殺。 1946年後の合衆国大統領ケネディと出会い交際、ケネディは夫と別居中だった彼女との結婚を強く望んだが、カトリックのケネディ家は難色を示し、短い恋は終わる。

1952年アルゼンチンで長期ロケ中のティアニーは、女優リタ・ヘイワースと離婚したばかりの大富豪で世界的プレイボーイの、ニザーム藩王国の君主アリ・カーンと知り合い求婚されるが、アリの父モハメッド・カーンが再び女優と結婚することを許さず、この恋も実ることなくアリは自動車事故で死去。 1955年精神を患ったティアニーは入院生活を送る。 1960年テキサスの石油王ハワード・リーと再婚し彼が亡くなるまで添い遂げ、晩年落ち着いた生活が送れたのはせめてもの救い。 40歳代前半で映画界を静かに去った彼女の数奇な運命を思うとき、スクリーンで見せる神秘的な翳りがいっそう深く感じられてならない。