巨匠 ~小杉匠の作家生活~

売れない小説家上がりの詩人気取り
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麗しき過去

2016-11-27 17:25:26 | 
私の想いを言葉にして伝えたい

そう思ったのはいつの頃だったでしょう
子供の頃から筆が達者だった訳ではありません
今思えば君から手紙をもらったあの真冬の日
身体の芯から冷えるような寒空の下
君は花と緑をあしらった一通の封筒を
凍える手で私に差し出しましたね

暖めてきた愛を語る訳でもない
自分に芽生えた恋心を切なく綴ったあの手紙
私は手紙に込められた君の想いに好意を抱いたのです
でもそれが愛情に至ることはありませんでした
面と向かって直接でなくてもよい
君が私に対してしたのと同じように
せめて言葉で自分の思いを伝えたかった
でも何を伝えればよいのか分からぬまま
あっという間に十年の歳月が経過しました

人生とはとても皮肉なものです
今私は言葉を商材にして生計を立てています
何の因果か、君への返事を考え続ける間に
私の言葉は輝く大理石のように磨かれました
ある時、私の言葉は高名な作家に見出されました
以来、私はライターとしての道を歩んでいます
私は私の想いを言葉にして伝えているのです
君以外のすべての人々に

そんな私は未だに君への返事を書けずにいます
何度もペンを握っては進まぬ筆に苛立ちを感じてばかり
もう手紙を書いても送る宛先さえも分からぬ君
若かりし日のはにかんだ笑顔を懐かしく感じます
君が綴ったあの言葉に抱いた私の感情はなんだったのでしょう
私は君の言葉を何度も何度も反芻しました
そこに答えはないと知りながら
過去を遡っても日々曖昧になる記憶に絶望するばかり

暖かい陽射しを浴びて、私は窓を開け放った
隣の公園で子供達が無邪気に遊んでいます
すると、私のちっぽけな心が激しく脈打ち始めました
君の誠意に、私なりの誠意を返さねばと思い詰めていた
そんな私が繋ぐ懸命の言葉は宙を舞ってばかり
あの子供達のようにボールを投げたら投げ返せば
毎日を楽しく生きられたのではないでしょうか
私は言葉にならない君への素直な想いを
そのままの形で投げ返せばよかったのではないしょうか
そこには何の飾りも偽りも要らないはず

私はパソコンで書き上げた嘘偽りない自分の言葉を
心を込めて便箋に清書し、丁寧に折り畳みました
何故こんな簡単なことに今まで気付かなかったのでしょう
そして麗しき過去に別れを告げるが如く
紙飛行機の形に折り畳んだ私の手紙を
遠い十年前の青空高く解き放ちました

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