巨匠 ~小杉匠の作家生活~

売れない小説家上がりの詩人気取り
さて、次は何を綴ろうか
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彼女の絵が完成する頃には

2018-10-28 15:37:53 | 
「彼女の絵が完成する頃には」

心地よい風に連れられて
人混みに身を預けてみる

少しずつ肌寒くなってきた
家族連れで賑わう街の風景
どの瞬間を切り出しても笑顔
まるで時が止まったようだ

薄紅色の樹々が緑に混じって
一面を塗り変えようと虎視眈々
小鳥達はチュンチュンチュン
何か嬉しいことでもあったのか?
伸びをすれば抜けるような青、青、青
静寂など無縁な日曜日の午後

彼女はおもむろにカンヴァスを取り出す

木の葉が風に吹かれて転げてる
カラカラカラと流転の人生
僕達を置いてきぼりにした
ちょっとした罪悪感も小休止
まとわりつく蝿を叩き落として
あまりにも無慈悲な自分を笑う

見知らぬ人が早足で彼女を通り越す
きっと彼も彼女のことを知らない
そして彼女は誰も知らないんだ
それでも彼女は人間を愛する
会話もない、視線も合わせない
コミュニケーションは暗黙の了解
街のエコシステムは無限の無関心
ただひたむきにカンヴァスに向かう
モチーフはきっと幸せの一断面

このまま雲の階段を登ろう
高みに登れば登るほど
堕ちたときの衝撃は強くなる
それでも彼女は高みを目指す
僕達の手が届かない遥か遠くへ

街のオアシスで息継ぎしながら
僕はもうひとりの自分を生きる
48時間の今日を駆け抜け
表情豊かな街を描写する

あの絵が完成する頃に桜が咲くかもしれない

時は人を待たずして永遠を紡ぐ

水のカタチ

2018-10-14 03:47:29 | 
「水のカタチ」

時は廻り、陽はまた射すだろう
登り切ったその先に水があふれる
頼りない自信を煽って
限りない生命をつなぐ
それでも君は言っていた
こわがらなくていいよ
ここより暖かい場所を探そう

帰り時刻を気にせぬ少女たちが
季節外れの花火に興じて
過ぎ去った夏を懐かしむ
もう、
時は終わりに近づくけれど
それはまた再び訪れることを
ひととき忘れているだけなのだ

ふと耳を澄ませば
川の流れが絶えず響く
耳元まで水音が届いて
訳もなく安堵するのさ
まだ何も終わることはないと

大切が何かを思ったとき
ふるさとの記憶が甦る
霧深き朝の空気
真っ白く低い雲
空を分かつ山々の稜線
街灯よりも光り輝く星々

数え切れない青春の断面を切り取って
僕はひとり感傷に浸っては
もう甦らない日々に別れを告げ
まだ形を持たない明日を待ちわびる

すべてが静止したまま
時も水も止まったまま
僕は大人になった
二十年の歳月は僕という形をつくった

川の流れが好きだった
空行く雲が好きだった
透き通る水が好きだった
包み込む風が好きだった

少女たちの若さに純粋に嫉妬する
今、僕は僕で満足しているかい
老いも若きも
夜は夜で当たり前に続く

都会のこの水の一滴も
ふるさとの大河の一滴も
同じようで違うカタチをもつ
水の雫に自分を重ねて
不器用な自分を感じた
まっさらな水になりたい

水の勢いに流れ、流され
今日までふらりふらりと生きてきた
終着点はどこかにあると思っていた
水がカタチを持たないように
時もカタチを持たないのだ
まずはこの夜を越えていこう

10月の雹

2018-10-08 19:53:10 | 
「10月の雹」

君が僕に手渡した真新しい一冊の本。その装丁は星空から舞い降りてきたような光を放っていた。君の処女作。1ページずつパラパラとめくると虹色の文字列が踊る。僕の微笑みに君の瞳が瑠璃色に染まった。

僕は茶色の鞄を小脇に抱えて、しばし足を止めて目を瞑った。そして、少し不思議そうな顔をした君のもとからダッシュして満天の夜空を360度見渡した。

実はちょっと失望したんです。
否、かなり失望したんです。

生きるとは紡ぐことだから。
生きるとは失うことだから。
君が綴った言葉には未来がなかった。
君が綴った言葉には過去がなかった。

もっと寛容でありたかった。
もっと鈍感でありたかった。
君の感性を共有したかった。
君と同じ風景を見たかった。
大人の理屈で片付けたくない。
子供の君を赦せる自分でいたかった。
いつまでもずっと弄ばれる子供のままでいたかった。

時は果てまで流れてゆく。
僕が、君が、辿ってきた軌跡を思う。君がようやく立った表舞台。僕は君を称えるでもなく単なる批評家気取り。
こんなふたりでも人生なんてどうにかなるものさ。別々の道が用意される。

10月の雹がバラバラと降る。
この指の先端から放つ閃光が君に未来を指し示す。穏やかにみえて、頑なな性格の君に送るよ。今、ふたりの心に映った道しるべ。二股に裂かれた未来。

銀杏並木の匂いが徒らに鼻腔をくすぐる。僕の千鳥足は風に揺れる樹木の音を辿る。夜の灯は傾いて、暗闇に媚びを売る。ひとり道行く僕は失望をも失くす。君を赦す術もなく、身勝手な僕は赦されず、生き続けてまた何かを失う。

未来行きの列車が僕の肩口を乗り越えていった。

青年と師

2018-10-02 19:59:39 | 
「青年と師」

時は魔法だと師に教わった
泣き虫だったあの青年は
大草原を駆け巡る駿馬を
操れるほどの大人になった

そっと耳を澄ませば
律動よく聞こえてくる足音
遠い未来を夢見た青年は
いつしか時の流れに追い付いた

辿り着いた先は新世界
海が、空が、大地が待ち受ける
時の魔法に身を任せてみる
自然と勇気と希望が溢れた

夜空の星屑に語りかける

あり得ない再会を信じて
灰色に時が流れた二十代
もう振り返る必要もない
新しい世界の幕を開いた

行き場のない魂を葬り
自身の源流と向き合う

誰にともなく、そう宣言した

新世界の主は言う
風の音を聴け、と
ごうごうと吹き荒ぶ嵐は
心の壁を突き破らないか
ふと不安に駆られて胸に手を当てる
それは母なる大地の胸
青年は思わず両手を空高く掲げた
流れる雲が指の間をすり抜けてゆく
師は他人事のように微笑んだままだ
不意に父が、母が恋しくなった

すっかり窶れた心を解すように
青年は束の間郷里の道を歩んだ

時は魔法だと師に教わった
青年は永遠に青二才であった

未来へ

2018-10-02 02:54:55 | 
「未来へ」

幼い頃から耳を澄ましていた
僕を戸惑わすほんの微かな兆し
鈍い感覚を研ぎ澄ませては
心に潜む本能を揺さぶるんだ

愛とは言わず横に携えて
互いの重さを分かち合う
絞り出した生暖かい吐息は
溶かして荒野に放つんだ

遠巻きに眺める人生は
頼りなく小さく、軽くて
冷え切った体躯を暖める
コーヒーより薄いんだ
だからひととき、ほんのひととき
永遠は君を優しく包み込む

明日というゴールを追いかけ
光速で追い越した
遠い未来は果てしなく続く
君のよく通るその声!
ようやく確信した
僕はこの瞬間を生きている

誰かの生命にしがみつきながら
新しい世界を夢見て
さあ、一歩ずつ踏み出そう
君を取り巻く景色を変えるよ

そっと耳を澄ませて
風向きを感じて
微音を聴き取り
季節の行方を追って