巨匠 ~小杉匠の作家生活~

売れない小説家上がりの詩人気取り
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ここにいること(即興詩)

2020-04-30 23:40:02 | 
「ここにいること」

わたしは今生きている

それは、
前を向くこと
立ち上がること
朝焼けを眺めること
全身に日の光を浴びること
帰り道で雨に打たれること
濡れた髪をタオルで拭うこと
生暖かいコンビニ弁当と一人きりの晩酌
狭い湯船につかって鼻歌を歌い
ペタンコの布団に寝ころんで天井を眺めれば
普段より緊張感を増した私の心に眠気が襲う

今日一日ここにいることが許された
そう安堵して枕を抱きしめる
そんな狂おしい日々がまだまだ続く
振り返ると少しつらくなるから前を向く

ここにいること
ここにいること

かつて世界がこんなに狭いなどと思わなかった
逃げ場のない時間と空間の中で
唯一わたしの手のひらの中にある
それがここだった

ここにいること
ここにいること

いま世界はここでしかないのだから
世界中の人々とここを共有しよう
もしそこに行けずとも世界がなくなることなどない
たとえ今は会えなくてもあなたがそこの住人だから
そして私はここの住人だ

わたしたちは時折響く雷鳴に身をすくめながら
何事もなかったかのようにやりすごすのだろう
命ある限り、命ある限り

わたしは今生きている



ある夫婦の幸せ

2020-04-19 17:07:21 | 
精巧な積み木細工のような離島の家屋
想像力に満ち溢れた創造力の結集
今にも崩れそうな絶妙な均衡を保つ
島人達の驚く顔が最大級の賛辞

匠は呆然と立ち尽くす私に尋ねる
「アナタは何でできていますか?
私はコンビニの総菜コーナーに並ぶカレーパスタ
チープな食材でできています」

島を一回りして帰ってきた飼い猫
我が新居の軒先に寝転ぶ日日是好日
門出となる今日という日を夢見て
毎日を慎ましく暮らしてきた私達

匠の技で終の棲家を手に入れた
縦の糸はあなた
横の糸はわたし
紡ぎあげた絹のベールが君の表情を隠す

わずかな隙間から垣間見える唇の動き
「ありがとう」とつぶやいたのかい?
隣からじんじんと伝わる体温が
今日の幸せ、そして明日から永遠に続く幸せ



少年の涙

2020-04-11 10:38:46 | 
薄桃の花びらがはらはらと舞い降り
風は空っぽの心の細道を吹き抜ける
少年はちっちゃな手指を差し出して
白灰色に沈積した路上の塵芥を拭う

道端に咲く花が揺れてダンスダンスダンス
限りなく白に近い薄桃に誰かが色を付ける

少年が開け放った白い扉の向こうには
モノクロームの日常が群れをなして待つ

少年よ、少年よ

もはや涙すら涸れ果てた私
朽ち果てて黒の亡骸になるのを待つほかない
その間ただひたすら祈るのだ
君が憂い、流す涙の一粒一粒に
世界のあらゆる黒が閉じ込められるよう

涙は真実でできていると知ったあの日から
誰かがついてきた優しい嘘をすべて許そう
そしてすべての罪と罰に色をつけよう、春色を
口づけのようなやわらかなタッチで