巨匠 ~小杉匠の作家生活~

売れない小説家上がりの詩人気取り
さて、次は何を綴ろうか
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時代

2021-05-23 08:43:54 | 
「時代」

煮え切らないアイデアと
冷え切ったホットティー
窓外の鴉と視線が合った
不意に遮断された緊張感
絵筆を止めた私の心の隙に
かの中世詩人が耳元で囁く
「言葉なんて無粋だ」と

登場人物はみな凡人
描くのはそんな物語
数えきれない働き蜂が
無限にも思える有限の中で
巣から半径10キロ圏内を
行っては帰り
行っては帰り
行ってはまた帰り
また行ってはまた帰り

その生態系が損なわれた今
蜂は
過去を懐かしみ
現実を受け止め
未来を憂い尊び
でも、本当は常識という概念が
変えようのない秩序が、法則が
すこし崩れたことを喜んでいる

年老いた哲学者は涙する
自らの唱え続けた学説が
このカタストロフィの中
ついに証明されたことを

この時代、
ある者は咲き誇り、またある者は果てる
桜の季節はとっくのとうに終わりを告げ
自然の緑が深まり、狂おしい夏に向かう
そして、
花という花が咲き、幾万の蕾が芽吹く
人びとの命もいままた脈打ちはじめる

泣き出しそうな灰白色の空のもと
読みかけの中世詩人の書を閉じて
生きとしけるものの息吹に触れて
凡人どもの心のヒダを感じ取って
絵筆を走らせ時代なるものを描く

蜂は変異してゆく生態系の中で
思いのままに舞い、そして散る

未来切符

2021-05-16 18:52:23 | 
「未来切符」

移りゆく季節の狭間
妙ちくりんな表情の空
薄紫に転じた夕映えと西へ向かう飛行船
屋根裏から取り出した古いカンヴァスに
少し鮮やかに色をつければ
飛び切りの夏空が現れた

そして今、
もう若くない灰色がかった雲海は
何かを追うように
何かに追われるように
西へ、西へと疾走する

今日の終わりを待たずして
明日へ繰り出す若人たちよ
ようやく手に入れた今宵の寝床
さあ、もう眠るがよい
今日と明日の違いなど
お前たちにわかるはずがない

黒一色で塗りたくった夜に
白金スプレーを吹き付けた
まばゆいまでに果てしない
夜空よ、
彼らの寝息を優しく包んで
臆病な無謀者のちっぽけな心に
ほんの少し勇気を吹き込んでくれ

そして、
いつか暁色が黒を塗り替えて
ヒヨドリが舞う空、その奥行き

目覚めよ、そして気づくだろう
枕元にある未来行きのチケット
白帆をあげて
船はもう銀河で待っている

旅人よ、
風とともに走れ、走れ

水の匂い

2021-05-03 13:49:10 | 
水の匂い

ゆらゆらゆら
形のないカタチ
澱みのない流れは遥か遠く
天を塗りつぶすのは
色のない色、水色
無色透明な液体に
色をつけたのは誰
ならば私は匂いをつけましょう
彼の地ですすった一口の水
匂いのない匂いを
胸いっぱい吸い込んで
癒やされた心の生傷
水色の心、水色の私
ゆらゆらゆら
形のないワタシ
汚れのない心は遥か遠く
戻れやしない
ゆらゆらゆら
水が匂う