巨匠 ~小杉匠の作家生活~

売れない小説家上がりの詩人気取り
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春を愛す

2020-12-28 23:36:32 | 
「春を愛す」

響きという響きが町じゅうを埋め尽くし
匂いという匂いが体じゅうに染みわたる

先行く者の背中を追う視線
振り返った腰のひねり具合に
つられるように歩幅をずらして
終いには後ずさりする、そうだろう

冬の使者に告ぐ、耳を澄まして聴くがよい

春よ早く来い

どこまで続くのだろう
この目で確かめたくて朝一番で飛び起きた
澄んだ空気の先に緩やかな弧を描く山の稜線
子供の頃、端から端まで駆けた夏の日の浜辺
辿りつかない終点を、先端を目で追うばかり
そんなとき、
どうしても思い出すのだ
もう一歩踏み出す勇気を持てなかった冬の日を

ほら、誰かが踏破しようしているあの境目
指をくわえてぽかんと見守っている間に
臆病者は子供のまま大人になってしまった

目の前の真実を何ひとつ打ち消せぬまま
許されるものと許されないものが
入り混じり濁りきった墨汁のように
毒と愛の混ざった言葉を並べていく
ただただ文字を書きなぐるだけならば
デタラメにも慎重にもなれるものだが

耐えて耐えて
果てしないこの歌の終わりまで耐えて
誰にも見えぬよう大きな懺悔を潜めて
本当はとても小さな小さな道端の草花
それが私だ、摘んでくれ
瞳をそっと閉じたまま
預けた体は軽々と持ち上げられ
ガラスの心はグシャリと砕けた

宙に崩れ切った身を委ねたまま
いま種を精いっぱい撒いて
冬の使者に告ぐ

春よ来い、早く来い

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