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永平寺 その2

2015-08-27 | 旅行記

曹洞宗の聖地に向かいます。

永平寺の御開山 道元禅師のお墓、日本曹洞宗の発祥の根源として曹洞宗の聖地とでも言うべき場所です。(パンフより)

承陽門を左に見て廊下の階段を上ると本堂の左端に着きます。

ここを左に折れると承陽殿(ジョウヨウデン)になります。

この様に一般の参拝客は狭い廊下を回り込むので込み合いますが、

関係者は、鐘楼の手前の左側にある斜面を、承陽門から階段で登ってこの本堂に到達します。

廊下を戻り、永平寺の本堂(ここ永平寺では法堂(ハットウ)と呼ばれ、説法や各種法要が行われます)に進みます。

中央に聖観世音菩薩(ショウカンゼオンボサツ)が祀られています。

法堂の左右には、このような階段の廻廊で、他の伽藍に行き来することができます。

この斜面の一段下に先程見えた仏殿があります。ここからは屋根しか見えませんが・・・。

板の間に座って、静かなこの風景を目に焼き付け・・・、想像してみよう・・・季節が移って、・・・間もなく見事な紅葉、そして徐々にモノトーン、いや、何も無い・・・ただ、白い世界が待っている。

何も無い世界から生を受け、心の臓が赤い血を休みなく運び続け、世界は見事な有彩色に染まり、いつしか・・・時の流れで、物皆 経年劣化

全てのものは、寂びていく

晩秋、落ち葉の向こうに、元気な常緑樹もあり、木枯らしの中にも新芽を抱いた木々があり・・・劣化の中に一味違った美を見つけたい

・・・侘び・・・、物欲が減少したら・・・何とか精神を豊かにしたいものですが、座禅修行の未経験者は、悟りのイメージすら思い浮かばない。

坐禅の精神、思想はこのような方達にも関心が高いようです。

少し階段を降りて、振り返ってみましよう。

先程の法堂、間口が18間、奥行き14間、1843年に再建されたとあり落ち着きが感じられます。

更に下ると先程の仏殿を反対側から見る形になります。

ご本尊、釈迦牟尼仏(シャカムニブツ)(お釈迦様)が祀られています。

廻廊を進むと、台所に関係する大きな物が掛かっていました。

永平寺の名物、大すりこぎ棒と案内があります。長さが4m、周囲1m、一説には、3回撫でると女性は料理が、男性はご機嫌取りが上手くなるそうです。

ここは、大庫院(ダイクイン)、1930年の改築で3階建て、ここ1階は食事を作る台所があります。

さらに進み、右に曲がると仏殿の正面になります。

ここに山門がありますが、もちろん閉じられていました。

1749年に再建された楼閣門(ロウカクモン)、(重層なので楼閣)、四天王は、・・・仏教の守護神、両側に配置されていました。

上の左が、北方・多聞天、右が東方・持国天

そして、左が南方・増長天、右が西方・広目天

吉祥山永平寺の命名の由来とされる「吉祥の額」も見上げるとありました。

この山門二階は、五百羅漢などがあります。

山門から法堂を見上げますと、仏殿の手前に

一段高く、中雀門(チュウジャクモン)と呼ばれる立派な門がありました。

山門の反対側の外に、見えているのが鐘楼堂です。

1963年の改築で、ここがあのNHK「除夜の鐘」で有名な場所です。

重さ約5トン、大梵鐘(オオボンショウ)は、一日4回、朝、昼、夕、夜、と修行僧が撞かれます。(パンフより)

東司(トウス):お手洗い によって、もう一つ大きな物があるそうで、一般の方々の法要が行われる祠堂殿(シドウデン)に

中央は、地蔵菩薩そして・・・大数珠が掛けられていました。

祠堂殿に直接進むには、通用門を入って右側、階段の先にあります。

この祠堂殿の正面からは、最初に参拝の説明を受けた吉祥閣が見えます。

1971年に檀信徒や参禅者、一般の人が写経や研修をするための道場として建てられた、鉄筋5階建て、禅の修行体験もできます。

吉祥閣に戻り、隣の宝物館(瑠璃聖宝閣)で貴重な歴史の一端を拝見します。

撮影禁止です。

・・・最澄(天台宗)、空海(真言宗)の難しい仏教から時代が流れ、鎌倉時代、「南無」:どうかよろしくお願いします、「阿弥陀仏」と唱えれば 阿弥陀さまが極楽浄土に導いて下さる

という、浄土宗が広く受け入れられた。

しかし、お釈迦様の教えは違うだろうと本場の中国に渡り、禅宗を持ち帰ったもう一人が栄西さん。

既存の仏教の抵抗を受け、京都での布教を断念し、武家社会の鎌倉で臨済宗が受け入れられます。

武士は死と向き合っているので、心の安定に座禅が受け入れられたようです。

一方、道元さんも京都での布教を断念し、44歳でこの地に曹洞宗を開かれ農民などに布教を始められます。

貴重な資料が展示されていました。

通用門から出るとすぐ前に永平寺川が流れ、

振り返ると、木立の中の通用門はこのように。

参拝で心境の変化はあったかな~

館内に掲げられていましたこの言葉を胸に刻んで、永平寺を後にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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