何気無く大切な一日が、かけがえ無く今日も過ぎてゆく 高橋忠史・多系統萎縮症と生きる・唄い屋。

難病の多系統萎縮症に侵されても音楽を諦めない男のライヴ報告や日々の思い・命のメッセージ

562日目 おでん屋みちくさ

2005年10月09日 22時20分29秒 | Weblog
10月 8日

 朝早くに起きた。典子さんを駅まで送っていく事にしていたからだ。でも雨が上がっていたので典子さんは自転車で向かうという。今日は静岡県焼津市で2時からのライブ1時には着きたいと思っていたので、8時半に東京の自宅を出発した。土曜日で今日から3連休。観光客達が動き出す前に出発できてラッキー。いつもは厚木インターから高速道路に乗るのだが、今日は少しでも時間を短縮するために横浜インターから乗る事にした。1時間半でインターに到着。後は余裕で焼津市へ。駅に続く商店街におでん屋「みちくさ」があった。今日の主催は後藤悟さん。彼のミュージシャン仲間の小林君から、彼のおばさんの店の開店祝いでライブをと話を持ちかけられたとき、それなら高橋忠史のライブをやってしまおうと考えてくれたそうだ。その小林君は店の前で待っていてくれた。彼いわく、僕のライブを聞くのは23年ぶりだという。中学3年生のときに、静岡市の「すみや」(レコード店)の3階でライブを聞いたそうだ。いやー、びっくり、そして嬉しい出会いだった。

 ここ数日涼しい日が続いていたのだが、今日は暑い。おでんやさん「みちくさ」の店内は、おでんを暖める熱気もあって汗の吹き出るライブになった。まずは後藤悟さんが歌って、そして、小林君。そして僕のライブが始まったのは2時半。23年を経て、すっかり大人になった小林君と後藤悟さんの作ってくれたライブ、気分は最高だ。ついつい唄いすぎて1時間45分ライブ。とっても楽しかった。小林君とは東京の西荻窪のライブで合う事を約束し、後藤悟さんに見送られて勝坂へ。

560日目 銀座・櫛下

2005年10月07日 00時17分01秒 | Weblog
10月 6日

櫛下の楽しいライブを終えて、帰りの新宿駅、深夜12時を過ぎているのに、この人混み。やっぱり東京という街は異常だ、と言いながら僕もその異常な奴らの一員なのだ。

 家で国勢調査表への記入。そして保険屋さんに来てもらって生命保険の変更のための相談。新しい国民健康保険の遠隔地用の物を発行してもらうために市役所へ。
 一日が雑用で終わって。6時過ぎに銀座に向かった。

 今夜のライブは、銀座の櫛下。有楽町駅に8時前に到着。腹が減った、でも此処は銀座、安く食べる所は見つからない。数寄屋橋の交差点にハンバーガー屋さんがあったので、ハンバーガーを買って櫛下へ。

 ハンバーガーを食べ終わった頃に、前回も着てくれたお客さんが早めにやってきてくれた。いつものように、ビートルズナンバーを数曲歌って声だしリハーサルは終わった。そんな頃、浜田さんがやってきてくれた、今夜は、浜田さんの仕事仲間の人と、櫛下のマスターの声かけで集まった人達で店は賑わった。

 ライブは9時近くから始まった。いつものように、マスターの穏やかな語り口の挨拶から始まった。そして、10時半近くまで唄いつづけた。途中でやってきた飲み客をマスターが断っている姿を見た。せっかくのお客さんを帰して、ライブの雰囲気を大切にしてくれている。
 同世代に近い人達が多かった事もあって、僕の歌を理解してもらいやすかった。ライブ終了後も一緒に飲み語り。語りが弾んで、又ギターを取り出して、「影」と「天流」を唄ってしまった。するとみんなから思わぬおひねりを頂いた。気がついたら12時が近づいていた。

 満員電車で国分寺駅に着いたのは1時前。タクシー乗り場にはまだ長い行列はできていなかった。意外に早くタクシーに乗れて、家には1時過ぎに到着した。

559日目 輩・日付変更線ライブ

2005年10月05日 13時19分38秒 | Weblog
10月 5日

 輩に着いたのは昨夜の11時半。お客さんが一人居た。てっちゃんと、祭りの前夜祭の話をしていた。若い衆たちをねぎらいたいという話だった。その話には加われないので、黙って聞いていたが一段落したところで、12時過ぎまで居て欲しいという事とライブをする事をお願いしたら承諾してくれた。

 お客さんは、その彼とてっちゃん。12時前から唄いだした。雑談をしながらのライブは最後てっちゃんの唄う「勝坂賛歌」で終わった。1時半、てっちゃんと彼にお礼を言って店を出た。
 勝坂に戻ってひと寝入りして、今日は東京に戻る。

558日目 なんでモール

2005年10月05日 02時21分28秒 | Weblog
10月 4日

 今日も朝10時半に勝手に目覚めた。当然の寝不足だ、再び眠ろうとするのだが、詩の完成を見ていない。今夜は、なんでモールのライブ、なんでモールのライブでは必ず新曲を作っていくと決めている。その新曲はまだ出来ていない。布団を蹴っ飛ばして起きだした。

 コンピューターを開く。新曲のアイデアの詰まったノートを開く。じっと見つめる。アイデアは詰め込まれているが、しっちゃかめっちゃかの言葉が並んでいるだけだ。

 この時点での仮タイトル(タイトルはイメージを膨らませるためにとっても大切なものなのだ)は、「バッドチューニング・グッドチューニング」。

 実は昨日のハンブルグに着いてエンジンを切ってから、もう一度車を動かそうとした時、エンジンが掛からなかった。ヒヤヒヤものライブだった。ライブそのものじゃなくて、果たして帰るときにエンジンがかかるかどうかが心配だったのだ。ラッキーな事に、帰るときにはエンジンが掛かった。
 だから今日は、日産の営業所に行ってアクシデントを解消するつもりだったのだ。だが、作詞の世界にはまり込んでしまった。そして、時間を忘れて作詞と共に作曲活動に時は過ぎていった。

 考えている間に、仮タイトルは変わって「再生」になった。作曲と作詞が同時進行して、とりあえずの世界にたどり着いたのは夕方だった。作詞は、もうこれ以上いじるところも無く完成したが、曲のほうはまだ流動的な要素が残ったまま、なんでモールに出発したのは6時半。

 ライブ開始は、8時だ、10分前に到着。今夜のお客さんは3人。カーペンター松井君、神谷さん、そしてアマチュアミュージシャンの鈴木君。一曲目から新曲「再生」を披露。だが、作ったばかりの歌で、イメージ通りに唄えなかった。その事が頭にこびりついて、今夜のライブは、何をやっているかわからないまま1時間半が過ぎてしまった。

 ライブ終了後、さてどうしようかと悩んだ。明日のスケジュールが空いたままなのだ。昨夜というより明け方電話をくれた愛知県岡崎市のみえこさんの店に出掛けて歌おうかと思ったが寝不足状態で岡崎市に出掛けて帰ってくる自信は無い。
 結論、帰り道に「輩」寄って、押しかけ日付変更線ライブをやるしかない。

 なんでモールを10時半に出発して春野町に向かった。

 此処で、今日出来たばかりの詩を掲載します。タイトルはあくまでも仮です。


      再生


 壊れかけた古いギターを取り出して
 合わない音に声を合わせて唄いだす
 心のどこかで奇跡を信じちゃいるけれど
 チューニングは狂ったまま
   ステージに背を向けまばらに座ったお客を相手に
   それでも今日をただひたすらに
   ギターのネックは折れそうなままでつながっている
   夢のかけらにすがるように

 ギャラより高い交通費なんて歌があったね
 古い昔のフォークソングの時代にさ
 今も昔も何んにも変わっちゃいないのさ
 旅する心に隙間風
   一握りの奴らだけがつかめる栄光を
   性懲りも無く夢見続けてきた
   もうやめよう終わりにしようよこれが最後だって
   稼ぎも無くて唄い続ける事は


 取っ手の取れたギターケースを車に積み込んで
 次の街に夢をつないで又走り出す
 燃料タンクは底をついてあえぎだし
 雨にぬかるむ道を行く
   明日の仕事はとりあえずあるがその先は無く
   それでも今をただひたすらに
   ヘッドライトを消した先の闇の向こうには
   必ず道が俺の道が続いている

 倒した車のバックシートにこびりついた汗と
 焼けたエンジンオイルのにおいが混ざってる
 今夜の宿はオンボロ車さこの俺の
 安酒あおって眠るだけ
   その気になればやり直せるのさ何度でも
   奇跡は起こすもの
   老いてゆくのは肉体(からだ)じゃなくて諦めからさ
   やり直せるのさ又何度でも 

 壊れかけた古いギターを取り出して
 合わない音に声を合わせて唄いだす
 心のどこかで奇跡を信じちゃいるけれど
 チューニングは狂ったまま
   その気になればやり直せるのさ何度でも
   奇跡は起こすもの
   老いてゆくのは肉体(からだ)じゃなくて諦めからさ
   やり直せるのさ又何度でも 
   やり直せるのさ又何度でも
   やり直せるのさ 

557日目 ビートルズバー・ハンブルグ

2005年10月04日 04時17分17秒 | Weblog
10月 3日

 久しぶりに良く眠った。いつものように朝まで起きていてやっぱり10時過ぎに目を覚ましてしまった。でも今日は、起きないで、又眠った。
 目覚めたのは、午後1時半。此処何日も凝りに凝っていた肩が楽になっている。健康には睡眠が一番だ。

 詩を書くことにストレスを感じ始めている。それでも欠きたいという意欲は増殖している。今夜のライブは浜松のビートルズバー・ハンブルグ。7時に出発するまで、パソコンと向き合って詩を書き続けた。完成には程遠い出来だ。だが、テーマは今までに無い深いもの、作り上げるまでには、かなりの時間が掛かるかもしれない。

 当然の事だが、アイデアを書き込んだだけで時間がやってきた。外はもう真っ暗だった。昨日の暑さは、一日で消え、秋の涼しさの中、でも湿度が高い山。ぶっ飛ばして浜松へ。

 8時半にハンブルグに着いた。ライブのためではないお客さんがカウンターに一人いた。しばし休憩して、そのお客さんが帰る前にとライブを始めた。東京から出張でやってきた人らしい。唄い始めたら、ドアが開いて又一人お客さん。東京の話をしていたら、その人も東京からの出張組みだという。2人に増えたお客を相手に唄っていたら、近所のなじみの青年がやってきた。お客は3人に増えた。

 この店では、必ずビートルズナンバーを唄う。ほかのライブでは味わえない、ビートルズを歌う高橋忠史が聞ける店なのだ。ここに集まる人達は当然の事ながらビートルズ大好き人間ばかり。お客さんたちが僕の歌に合わせてハモリを入れてくれる。そんなところから一挙に盛り上がったライブ。最後の曲を唄おうとした時、団体さんの飲み客(ビートルズは関係の無い)が入ってきた。

 老若男女10名ほど、客席についてから唄い始めたのだが、早くも話し始めたのは老の親父。一曲だけ歌ったら終わるからと招き入れたのに大きな声で話し続ける。頭にきた。パワー全開で唄った。まだ話している。
 場所をわきまえる事の出来ない失礼な親父をどなり飛ばしたかったが、我慢我慢。でも、僕は行動を起こした。聞いてくれていた人達には失礼だったが、しゃべっている親父のほうに身体を向けて唄い始めた。そんな僕を無視するように若い女の子に話しかけている最低な親父だ。切れた。

 親父居るのテーブルの上にギターを載せて、それより前に身体を倒して、親父の目の前まで顔を近づけてこれ以上の声が出ないというぐらい大声で「ランナー」を唄った。店に迷惑を掛けたくなかったので、当然のように腹は煮え繰り返っていたが笑顔一杯で唄った。親父黙った。
 どこでも経験する事なのだが、どうして僕と同世代の人間は場を考えずに自己主張をしたがるんだろう。多分、自分自身に誇れるものが無いからなのだろう、あー、情けない。

 3人のお客さんにお礼を言って、今夜はさっさと帰ることにした。でも、不思議に今夜はさわやかだった。東京から出張して来た人達となじみの彼とマスターと、素敵な時間を持てたからかな?。

 今夜も、写真を撮り忘れてしまった。なじみの店だからまーいいか。

556日目 ヤマハラグビー部ファン交流会

2005年10月02日 18時26分54秒 | Weblog
10月 2日

 今日は、早起きをして、9時に、磐田市のヤマハスタジアムに向かって出掛けるつもりだった。8時半には目が覚めたのだが、昨夜眠ったのは午前4時。猛烈に眠い。目覚ましを9時に合わせて又眠った。そして、9時に起き出して、スープを飲んで(最近、コンビニで売っているフリーズドライのスープを愛用している。100円で、お手軽で、これがなかなかうまいのだ。)9時半前に出発。春野町を出る頃から又睡魔が襲ってきた。此処のところ睡眠不足が続いている上に昨夜は4時間ほどしか眠っていない。
 煙草でも吸えれば、少しは気も紛らわす事が出来るのだが、ん~ん眠い。赤信号で止まるたびに、瞬間でも目を閉じて身体をリラックスさせて、何とか11時ごろヤマハスタジアムに到着した。

 いわたブランドを売っているいわたねっとのブースには、いわたねっとのメンバーが10時から集まっている。ぼくのCD「ランナー」も売っている。前回同様、ブースの所で今日も生演奏をするためにやってきたのだ。
 ランナーをスタジアムのピッチで歌うのが、トラジュビ(ヤマハラグビー部・ヤマハジュビロのサポーター)の和田さんと僕の願いだ。最初から、そう簡単に出来る事ではない。前回にはその可能性もあるという事でこの取り組みを始めたのだが、だめだった。でも、今回は、ピッチで歌う道は遠いが、試合終了後、体育館で行われる、ファン交流会の中で唄うチャンスをもらった。
 その前に、やってくるお客さんに、少しでもランナーを知ってもらおうと、前回はトータルで1時間半ほど路上ライブに近い状態で、いわたねっとのブースの中で唄った。
 そして今日は、ブースの外、ラグビー観戦にやってくるお客さん達に見える場所に出て唄った。写真に写っているのがいわたねっとのブースだ、その前で、立って「ランナー」を何度も何度も歌い続けた。

 10月に入って涼しい日が続いていたのだが、今日は夏日。雲ひとつ無い空から降り注ぐお日様の刺すような光を浴びて、汗まみれになりながら、トータル1時間ほど唄った。今日試合に出ない、ヤマハジュビロの選手達がファンサービスで入り口にたむろしている、その中の一人の外国選手が、僕に近づいてきてズーット歌を聞き入ってくれていた。これでいいのだ。ラグビー観戦にやってきたほとんどの人が、歌っている僕の前をただ通り過ぎてゆく、でも、そんな人の耳のも「ランナー」は届いているはずだ、これを続けていれば、いつか、みんなで唄える日が来る。それを信じて、これからも、ヤマハスタジアムで試合のある日は唄い続けていこうと思っている。人生に無駄は無い、やり続ける事できっと何かが動き始めるはずだ、それを信じて毎日唄い続けている、そして、このヤマハスタジアムでもそれを続けてゆくんだ、結果はすぐには出ない、やめたら総てが無駄になる、やめないことで夢に近づいてゆくんだ。

 今日の試合は1時から。今回も、招待券を用意してもらった。試合の相手はリコー。和田さんいわく、今日も楽勝との事だったが結果は負け。両チームともトライの無い試合だった。前回よりもルールが少しわかっただけ楽しめたが、やっぱりラグビーはトライが無いとさみしい。今回も興奮できる試合ではなかったが、少しだけラグビーを楽しめるようになってきた。次回は、もっと選手の名前を覚えて観戦したいものだ。

 試合終了後、すぐに体育館に移動した。ギターはいわたねっとの仲間達が体育館に運んでくれている。ファンの人達よりも一足早く体育館に入って、いつでも唄えるようにギターのチューニング。ファン交流会が始まってすぐに僕の出番がやってくる。大きな体育館のステージで唄うのだが、マイクのセットはされていなかった。ノーマイクで唄うしかない。これはかなりつらい、すでにファンの人達が200人以上は集まっていただろうか、輪になって聞いてくれている人達が40人ほどいたが、遠くに声は届かない、めげてはいけない。第一歩だ。とにもかくにも聞いてくれた人達が居た事が大収穫だ。そして、僕がステージに立ったことで、次回の入場ゲート近くの路上ライブが意味を持ち始めるだろう。
 体育館の中も暑かった。ノーマイク、そして立って踊って唄った。汗が滝のように噴出していた。

 今日は、立ち続けて唄ったので、終わっ後、両足の太ももの筋肉がパンパンに張っていた。久しぶりに、足の筋肉が悲鳴を上げている事が嬉しかった。これからのライブも、若い頃のように、意識して立って唄う方向に持って行きたいと思っている。
 1000日連続ライブが終わる頃には、常に立って唄う高橋忠史の姿が皆さんの前に登場する事を約束します。

 ファン交流会が終わって、まだ明るいうちに勝坂に戻った。汗臭いからだ、ここ数日というよりずいぶん前から風呂に入っていない。今日は暑いので、水風呂というより、水で身体を洗って久しぶりにさっぱりとした気分だ。

555日目 新曲・輩発表ライブ

2005年10月02日 18時22分10秒 | Weblog
10月 1日

 此処のところ、曲つくりというか詩を書き続けて朝方になることが多い。頑張っても頑張っても、なかなか納得のいく詩が書けない。そんな思いがあせりに成っているのか、朝10時には目が覚めてしまう。もっと眠りたいのだが、起き出してコンピューターの前に座ってしまう。おかげで、寝不足が続いている。

 今夜は、輩で新曲「輩」の発表ライブだ。時間は決めていなかったが、7時に輩へ。店のカウンターの上に、ライブのお知らせが張ってあった。9時からと書いてある。あー失敗。夕方眠かったときに昼寝をしてくればよかった。

 7時半過ぎに坂下さんがやってきたが、その後お客さんがやってくる気配は無い。9時になっても、9時半になっても、3人でテレビを見続けていた。10時を過ぎて、若者達二人がやってきた、いいカモだ。ころあいを見計らって、新曲の発表だ。突然のライブに戸惑いながらも、若者たちは生演奏に結構満足していたようだった。てっちゃんバージョンの「勝坂賛歌」(これがなかなか味があっていいのだ)と「輩」も披露したら、若者達はてっちゃんがギターを弾いて唄う姿に驚いていた。とにもかくにもライブ終了。良かった良かった。

 その後、ドレミという店の女性二人がやってきた。せっかくだから「輩」を聞いてもらった。思わぬ、おひねりを頂いた。よかったよかった。

554日目 バロン

2005年10月02日 09時03分59秒 | Weblog
9月30日

 今夜のライブ会場の静岡市のスナック・バロンで唄ったのはもう2年前になるのかな。植垣さんから電話をもらった時、店の場所が変わったと聞かされていたのだが、その場所を聞かないまま今日を迎えた。前回泊めてもらった、さんこさんから連絡があるというので待っていたら、そろそろ出発しようと思っていた今日あった。呉服町のあたりだという。行けば何とか成るかと、出発した。

 静岡まで高速を使って走ったのだが、予定よりずいぶん時間が掛かってしまって、呉服町の青葉通りのあたりに着いたのは6時半だった。さんこさんに電話したら、歩いてやってきてくれた。店は、すぐそばらしいのだが、さんこさんの弟さんの事務所の駐車場まで車を置きに出掛けた。そこからバロンまでは歩いて10分と少し掛かった。

 7時前に到着。ライブは7時からの予定だったが、お客さんがやってこない。7時15分頃、やっぱりお客さんは少なかったが、ライブを開始した。1時間半しっかり唄ってライブを終了した頃、お客さんがどかどかと入ってきた。そこで少しサービスライブ。お客さんの要望で、一曲1000円のカラオケならぬ、生オケで数曲お客さんの伴奏をしてライブは終了。
 さんこさんが泊まっていってもいいと言ってくれたのだが、今夜は帰ることにして、さんこさんの同居人と3人で、食事をして12時前に静岡を出発。帰りはバイパスを使えばよかったのだが、高速道路を使って、1時半には勝坂に戻った。