発行人日記

図書出版 のぶ工房の発行人の日々です。
本をつくる話、映画や博物館、美術館やコンサートの話など。

大正の耶馬渓を旅する『耶馬渓紀行』

2018年05月01日 | 本について

 この春の新しい本はこれ。『耶馬渓紀行』

 昭和のはじめの復刻本である。

 耶馬渓は、むかーし、観光キャンペーンを行って全国区になった観光地なのだ。

  大正末期、作家の田山花袋と画家の小杉未醒が耶馬渓を旅して『耶馬渓紀行』という本にした。田山花袋は『蒲団』『田舎教師』。文学史のテストに出る文豪だ。小杉未醒は、小杉放庵(放菴)の別号だ。日光出身の画家で、東照宮のところに美術館がある。東大安田講堂の壁画で有名。都市対抗野球の優勝旗「黒獅子旗」は、この人のデザイン。画像検索してみて。画力はもちろんのことユーモアのセンスにあふれる守備範囲の広いアーティストなのですよ。ちょうど今、門司港の出光美術館の特別展で、上村松園や佐伯祐三などとともに展示されている。昭和6年の仙人風サンタクロースとか昭和26年の笠置シヅ子がモデルの神話ダンサー(アメノウズメノミコト)とか。ね、観たいでしょ。これは近いうちに行くと決めてる。

 文豪の旅日記に、画伯の絵がついたこの本は、スポンサーが別府の油屋熊八で、つまり油屋熊八の仕掛けた観光キャンペーンの一環なのですね。インターネットもテレビもない、もうじきラジオがはじまるよ、といった時代の古式ゆかしき観光キャンペーンには、有名な作家や画家を招聘し、紀行文や絵を書いてもらう、というものがあったのだ。

 彼らが名所をめぐったり泊ったり食べたり、地元名士にもてなされたりしているお話なんだけど、そのころの人々がどんな余暇を過ごしていたのか、というのも興味深い。乗り物や旅館のほかの客の様子などの描写がある。シーズンともなれば列車もバスも宿も満員となる。紅葉狩りドライブもすでに存在している。また、あのころにはもう職場(出て来るのは学校の教師の団体)で泊まりがけの旅行にやってきた人々もいた。

 明治大正の教養人は、漢詩がつくれないといけないのかな。田山さんはしょっちゅう漢詩を書いてる。途中で出くわした教授は、小杉さんの絵に賛を入れてる。昔の掛け軸の絵に別の人が書いた文字が入ってるあれだ。その場で当然のようにスラスラと書き入れたりするのだ。これも昔の教養人の必須科目なのかな。

 耶馬渓といえば、最近ニュースで……と思った読者も多いと思う。その金吉の地名もこの本に出てくる。小杉未醒が、裏耶馬渓の金吉渓にスケッチに出かける。今は車で簡単に行けるが、当時は徒歩だけが手段の不便な場所で、メタボ気味の田山花袋は連れに迷惑がかかってはいけないと宿に残るのだが、帰ってきた小杉末醒の話を聞いたりスケッチを見たら羨ましくてならなくなった、という話がある。「(危ない道だったので)君は行かないで好かった」と言いながら「別天地だよ。所謂桃原だよ」と、帰って来た小杉さんは田山さんに言うのである。ニュースに出た金吉には後藤又兵衛の墓もあり、その話も出てくる。

 復刻にあたり、すべての文字入力を行った。つまり字を打ち直した。当時の活字の書体と、今のフォントは違っていて、もちろん近いものを探して使うのだが、今のフォントには存在しない字も多く、それは、のぶ工房がバソコン画面でローテクにコツコツと作った。滑らかな中性紙に印刷すると、それはそれで味わい深いものとなった。

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