夕庵にて

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ときどき写真と短歌を

ことり 小川洋子著

2020年04月05日 | 

『ことり』 小川洋子著 朝日文庫

芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)受賞作品

世間の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。

人間の言葉は話せないけど、小鳥のさえずりを理解する兄と、兄の言葉を唯一わかる弟。二人は支えあってひっそりと生きていく。やがて兄は亡くなり、弟は「小鳥の小父さん」と呼ばれて・・・慎み深い兄弟の一生を描く。優しく切ない著者の会心作。

兄の歌声は「鳴きまね」ではなく小鳥の歌そのものなのだ。この兄の言葉を唯一理解できるのが小父さんである。兄は弟を除くすべての人たちとのコミニュケーションを取ることが出来ない。両親でさえだ。社会生活ができないのだ。兄弟がひっそりと暮らすツタのからまる古びた家には二人の居場所しかない。ここはピュアな兄弟の巣である。

いつもそばに居て季節ごとにやってくる小さい手のひらに乗る生き物なのに、今までそんなに関心は持てなかったが、この本を読んでから、とても愛おしい動物として見るようになった。小説の山場という章はこれといってないのだけれど、平易な言葉には真実味があふれていて、ことりの観察が細かくそこには慈愛に満ちた小父さんの思いが詰まっている。最後に小父さんは「すこしくたびれたみたいだ」と言ってメジロのいる鳥かごを胸に抱いて西日のさす庭に横たわる。メジロは小父さんの耳元に寄り添って歌いだす。小父さんのためにだけ捧げる愛の歌を。「大事にしまっておきなさい。その美しい歌は」そういって二度と目覚めない永久の眠りにつく。小父さんの胸の中でメジロはいつまでも囀り続けていた。なんという切ないラストシーン、でも美しい最終場面だ。

「小鳥の歌は全部愛の歌だ」と迷いなく述べる兄の言葉に納得する弟、そして読者もあ~そうなんだと納得する。これからにぎやかにさえずる小鳥の声にしばし耳をかたむけてみよう。やさしい言葉と目で・・・・

これを書いたあくる日、小川洋子が英国ブッカー国際賞の最終候補の6作品に選ばれたというニュースを聞いた。『密やかな結晶』(応募作品124作品)

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