夜窓より ☆私の考えなり流儀なり☆

日刊『中・高校教師用ニュースマガジン』に連載中の教育への雑感をまとめておきます。夜間定時制高校の教師の視点です。

夜窓より(24)

2012年11月17日 | 教育
「夜窓より」 (24)

瀬尾 公彦(愛知県)
seo@ksn.biglobe.ne.jp

今年は4年生の担任。一年生から持ち上がりで4年間同じ生徒なので、
担任としてはもう人間関係も出来ていて、楽ちんと言えば楽ちん。
ただ4年生と言えば進路で今年は結構苦労している。
 かつては学校からの紹介と言うよりは、自分たちで見つけていたり、
定時制なので、今働いているところの正社員になったりと、あまり学
校は関わらなかったが、さすがにこの不況。この就職難。高卒の就職
率が70%と言う現状の中、就職に於いても弱者となる夜間定時制の
生徒達に、学校として関わらざるを得ない。

 うちのクラスは6月に三者面談をやり、本人の希望、親の希望など
を聞き、職種の方向性を軽くつかんだ。そして親に頼んで、会社訪問
までにスーツも全員用意してもらった。

 まず、7月の声を聞くと、ハローワークの学卒部門に連れて行き、
ひたすら求人票を見せる。全日制の毎年就職者の多い学校には、例年
指定校的な求人が来る。定時制や通信制の生徒達は特に指定校にして
いない求人の中から選ぶ事になる。ここで数的な制約が出てくる。
 まずはどんな求人があるのかを見せながら、自分の希望する職種を
考えさせる。「何にもやりたい仕事がない」とか「何にもやりたくな
い」と言う生徒に、正社員に比べてアルバイトがどれだけ損かを説き
ながら、ハローワークの方に笑われながら、半分説教しながら求人票
の見方などを教えていく所から始まった。
 逆にこれだけは絶対にやりたくない仕事を言わせていき、これなら
まあやっても良い範囲、出来ればこういう仕事がいいと言うところま
で、何とか持って行く。一応複数の求人票を持って行かせて、保護者
と相談させて、一つに絞り込む。

 夏休み中に出校させて、履歴書を書かせる練習。「漢字が違う」
「字が曲がっていってる」「ゆっくり丁寧に書け」郵便番号がわから
ない、引っ越したばかりだから住所がわからない(と言ってももう一
年くらいたつのだが)、エトセトラ。エトセトラ。文字通り暑い夏の
さなかに汗まみれの闘いであった。消せるボールペンを私が5本くら
い買い込んで、大変役立った。

 そして8月に入り、会社訪問に行かせる。生徒だけでは不安なので、
進路の先生か担任が引率する。仕事の説明を受けながら彼らの苦手な
社会性を発揮しなければならない。これはこれでいい勉強だと思った。
こちらも様々な職種を見る事が出来て良い経験であった。
 
 二学期に入ると授業後に連日、面接の練習。教頭や進路の先生達の
協力を得て、「はい今日は@@は教頭さんね。**は俺ね」という感
じで進んでいった。最初はお辞儀もなかなかうまくできなかった生徒
も数をこなすうちに少しずつスムーズになり、声も少しずつしっかり
出るようにはなっていった。本当に初めて面接やったときは、唖然と
して笑いさえ出ないような現象にたくさん遭遇したのであった。志望
動機のない者に志望動機を言わせる難しさ。

 そして9月中旬、入社試験の解禁。みんな緊張して受験しに行った。
合格した者。不合格の者。様々な手応えと現実。不合格になると、又
会社選び、会社訪問、そして入社試験。会社訪問に行って、無理だと
思ったら又会社選び。現在10月の下旬で、2,3廻り目と言ったと
ころ。クラスの約半数の生徒が進路が決まり、約半数が次の戦いに入
っている。私としては全員正社員に近い形で就職させたいと思ってい
る。

 さて、この1、2ラウンドの戦いの中でも様々な出来事があった。
これは進学者であるが、大学のAO試験にエントリーしたのだが、試験
当日、「先生やばい、寝過ごした」というメールを貰い呆然とした。
第二次に又一から出願して何とか合格したが。取り返しのつかない事
もあった。入社試験に寝過ごしたのも一人いて、「学校はどういう教
育してるんだ」と怒りの電話も来た。進路の先生は平謝りであったが、
本当はそう言う生徒たちが入学してくるのが夜間定時制高校で、学校
はそう言う事のないような人間にすべく最大限の努力をしつつも、力
むなしいというのが本当のところである。まあそう言う言葉は通用し
ないし、学校の信用はなくなるのもわかるが。「明日がんばれよ」と
送り出した生徒が「先生やらかした」と電話してきたときの心の傷は
しばし癒えなかった。会社訪問のときの感触もよく、恐らく合格させ
ようと思ったからのお怒りであったと思われるので、「おまえ、本当
にアホだな」と言いつつ、人生上の教訓をたくさん語ったのであった。

 あと少し自閉気味で、毎日一時間自転車通学して殆ど皆勤の生徒は
会社に自転車で行き、道を迷い、二、三時間遅れで到着したのであっ
た。それでも途中で携帯電話を持っていないので、数少ない公衆電話
を探して、会社に連絡をしたのは偉かったが、当然不合格になったの
であった。これも又社会勉強としては良い経験であったと認識してい
る。

 あとボーダーに近い生徒が一人いて、親の理解も得て、精神障害の
手帳を取得して、就職に臨ませている生徒もいる。これも話し方が微
妙であったが、あくまで親の判断で進ませた。手帳を取得すると、就
職活動も有利に働くのも現実であるが、本人、親の考え方による事な
ので慎重に話を進めたつもりである。

 「シューカツ」の中で就職についてふと考えさせられる事がある。
今日本に人間がこれだけいて、と言う事と、仕事がこれだけあって、
という事が見合うという事は決して当然の事ではない。ロボット一つ
で、何人かの仕事はなくなるであろう。交通警備のおじさんが旗を振
っていたと思ってたら、ある日電光掲示板で、おじさんが旗を振って
いる画像が流れていると言う変化は様々なところで起きているのであ
ろう。

 拘らなければそれでも全員正社員で入社させる事は出来る感触であ
る。教師的にはそれで終わるが、本当に継続できる職であるかどうか
と言う事を、見極められないとしても、最大限、生徒の適性を見つつ、
努力したいと思っている。就職というものも一つの出会いであり、出
会いとは多分に運に左右されるものではあると思いつつ。

 我がクラスのシューカツはまだまだ続くのである。


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 学校で石川啄木の歌を習った
 <心よく
  我にはたらく仕事あれ
  それを仕遂げて死なむと思ふ>
 人生って言うのは
 ただそれだけでも良いんだと思った
 何かもっといろいろな
 何かもっと重たげな
 そう言うものが人生だと思っていた
 先生は、仕事というものは
 お金もうけの仕事でなくても良いと
 言っていた
 私の人生の中の仕事は何にしようか
 今はまだわからない
 わからないから楽しみだ
 肝心なのは、心良く、と言うことだ
 今日、何か少し心の中が明るくなった 
 
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