夜窓より ☆私の考えなり流儀なり☆

日刊『中・高校教師用ニュースマガジン』に連載中の教育への雑感をまとめておきます。夜間定時制高校の教師の視点です。

「遠景のモノ語り」(2)

2022年02月02日 | 教育
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■「遠景のモノ語り」(2)瀬尾公彦(愛知県)    
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【連載】

■「遠景のモノ語り」(2)


   瀬尾 公彦(愛知県)
   seo@ksn.biglobe.ne.jp

 

*エルメスの青いタオル*


 家に帰ることのできない生徒がいた。

その生徒は義務教育が終了するまでは児童養護施設にいた。

幼い頃に父に虐待を受けたのが原因であったが、なぜかそ

の父と高校進学後は同居する形になっていた。結局ほとん

ど家に戻ることはなかった。



 新入生の表情が浮かび上がってくるのは4月の中旬であろ

うか。若い担任から相談を受けた。そのとき私は生徒指導

主事の立場であったと思う。私自身担任もずっと継続して

おり、夜間定時制の経験も20年を超えていた。



 中学を出たばかりのまだ少年の面影の残るその生徒が、

どうも自宅に帰っておらず、夜は雨露をしのげるマンシ

ョンで起き続け、昼に図書館で寝ているという話であった。



 すぐに児童相談所の担当者と連絡を取って話をした。詳

しいやりとりは覚えていないが、すぐこの状況を解消する

ことはできないという。



 私たちは教員であり、関わる角度が違うことを思い知ら

された覚えがある。ただ、教員の範疇で対応するのみでは、

彼の「問題」は解消されないのも現実であった。



 社会的常識と学校に於ける教育的な角度とは微妙に異

なる。職域から判断していくと取り残される現実はある。

教育的から人道的見地と更に拡大すると、またその角度

が拡がる。



 その高校の卒業生に、「命のビザ」の杉原千畝がいた。

現在では校内に記念館もできている。彼の人道的行為は

称えられているが、外務省では晩年冷遇されたという。

その角度である。



 彼は風呂も入らないので、次第に温かくなってくると

匂いも出てくる。登校すると、用務員室のシャワーを利

用させた。着替えなども先生達が持ち寄って用意した。

 定時制には給食があるので、そこでたくさん食べて、

調理員さんの配慮で余ったものを持たせたりもした。

 他にもいろいろと彼のために配慮できることをしたが、

これも杓子定規に考えれば職質を逸脱している。

 

 そこを理解しつつ支えていける職員集団の意識はあっ

たが、それはそれでいろいろな意味でなかなか大変なこ

とであった。



 何とか現状を変えようと、住み込みの新聞配達の職を

探して就職したが、確か半月持たずにやめてしまった。

児童相談所とは常に連絡を取り合っていたがなかなか

処遇は改善されなかった。



 それでも学校には来て勉強して行事にも参加した。



 この年この1年生のクラスは退学者がゼロであった。

夜間定時制において、これはすごいことであり、私自身

長い夜定生活の中で2度しか経験していない。

 入学者から卒業生の数の相場が約半数で、この頃の

荒れた時代に於いては、一年間で半数以下になることも

珍しくはなかった。



 しかし結局彼は卒業できなかった。



 そのときの担任の結婚式でスピーチをしたが、その

折り、職員生徒で作った、生徒からのメッセージのビ

デオを流した。新郎は泣き崩れていた。確かその中に

彼はまだいた気がする。生徒思いの人情味ある先生で、

全日制に転勤後、又定時制を希望されて現在は昼間定

時制で活躍されている。



 蛇足であるが、彼の祖父のスピーチで、戦争中飛行

機に乗りソロモン諸島まで飛んでいたと言うお話を伺

ったことをきっかけに、書面でやりとりさせていただ

き、「永遠の0」とともにそのお手紙も教材化したこと

を覚えている。



 その式の引き出物でいただいた、エルメスの厚い青い

タオルが車の肘掛けの上に置かれて久しくなる。車種を

超えて現在に至るまで私に同道してくれている。


その生徒の消息は当然ながら聞こえてこない。

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===編集日記=== 
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  皆様に支えられて「日刊・中高MM」第4827号です。

 瀬尾公彦さんの「遠景のモノ語り」、お届けします。

 ・エルメスの青いタオル

 瀬尾先生の遠景と近似値のものを思い出そうとすると、繋がらなくて
 時間を要するようです。ひょっとして現代はその問題とするものが。
 見えなくなっているのかもしれない。
 行き着くところ「教育」につくようです。どんな過酷な問題も必ず誰
 かが手をさしのべる(支援)しなければ、ならないのです。
 果たして今の子どもたちは幸せなのだろうか。