「夜窓より」 (10)
瀬尾 公彦(愛知県)
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本校野球部の話である。
7月の愛知岐阜三重のブロック大会決定戦にて、何とか勝つことが出来て、
全国大会に出場することとなった。私は2年前に本校に、13年ぶりに出
戻ったわけであるが、18年前に出場して学校としては2度目となる。個
人的には、前任校で2度出場しているので4度目となる。
さて、部室にあるヘルメットには20年前くらいに私が教えた生徒の
名前が書いてあり、少しずつは新しいのも補充したが、この際というこ
とで、キャッチャー用具など新調した。
こういう全国大会のような予定されていない出費を集めるのは定時制
に於いて大変なことである。新幹線よりバスの小さなのを借り切った方
が安いので、バスで行くことにした。名古屋からは5時間ほどであるが
ちょうどお盆のラッシュに微妙にかかり、7時間の旅となった。宿舎も
大会本部が用意してくれた「日本青年館」を断って、気持ち安い宿舎を
取ることにした。「日本青年館」に宿泊すると、大会の球場まで無料送
迎があるのだが、本校はバスを借り切っているので、その心配はないの
でそう判断した。メリットは、定時制の大会なので横着な生徒が混ざっ
ているので、他校と同宿で無駄なトラブルを避けるのと、「日本青年館
」は引率教員も含めて大部屋で一室という環境なので、各部屋シャワー
も浴びられる和室洋室様々なこちらのホテルを選択した。
結局試合は4-5で1回戦で敗れたが、最後まで勝敗のわからない好
ゲームをすることができた。生徒たちにとっても我々教員にとっても、
生涯忘れられない二泊三日となった。
この三日間であったこと
*@@が例によって遅刻してきたこと
*お盆で高速道路が渋滞していたこと
*原宿でAKBのショップの入店が予約制だったこと
*竹下通りで、@@と@@が、外国人に拉致されて買わされそうになり
逃げてきたこと
*@@と@@が喫茶店でコーヒー頼んだら850円で、ショックを受けた
こと
*@@たちが秋葉原に行ってプリクラを撮ったこと
*監督主将会議に行く途中、何かの撮影で、思いっきり大きなおなかを
した妊婦が路上に倒れていて、主将がびびったこと
*その帰りのタクシーの運転手が若者の新人で、道もわからず、かなり
おどおどしていて、同情してしまったこと
*宿舎の食事がおいしかったこと
*部屋でのトランプが盛り上がったこと
*6時起床なのに、早寝した主将が5時過ぎに先生のふりをして、電話で
起こしまくったこと
*神宮球場でパネル用の写真を撮ったこと
*開会式のプラカードを持つ小学生に主将がポケットにあった200円あ
げようとして断られたこと
*その主将が行進中に手を振ったりしてパフォーマンスをしたのをみん
なが恥ずかしく思ったこと
*@@がソックスを忘れて監督が脱いで貸したこと
*開会式で選手宣誓の選手が途中で言葉を忘れたこと
*銀座で焼き肉食べ放題にみんなで行ったこと
*@@がフリードリンクで並んでいると、前の中国人がいろいろなジュ
ースを少しずつ試飲し始めたこと
*@@がバカみたいに大量の枝豆を食べたこと
*1時間の練習で、分刻みのきびきびした練習が出来たこと
*記念に作ったそろいのTシャツで練習したこと
*神宮でヤクルト対横浜戦を観戦しに行ったが、到着したら一回表で既
に8-0であったが、途中まで見て、帰ってニュースを見たら、10-
10で引き分けになっていたこと
*@@が横浜の応援席に行って応援していたら、選手全員の応援の言葉
の紙を渡されたこと
*自由な時間に、チームメイトのために、何人かが進んでコインランド
リーに行き、洗濯したこと
*9時からのミーティングの際、既に問題児2人は熟睡しており、朝まで
寝続けたこと
*他の生徒たちも12時前には寝てしまったこと
*ミーティングの@@先生のデータが試合では通じなかったこと
*試合当日、東京都内は最高37度を超える今年一番の暑さであったこと
*駒沢球場がバスを入れてくれず、荷物を運んで歩いたこと
*先生や先輩たち、父兄などが駆けつけてくれて、励まされたこと
*次にあたる4連覇中の天理高校の試合を見て、ひょっとして勝てると思
ったこと
*場所的にアップが出来ないので、誰もいないところで、「怒られるま
でキャッチボール」と言ったら、すぐ係員が飛んできたこと
*それでも通路にかからないところではキャッチボールを許されたこと
*控え室にクーラーが効いていて快適だったこと
*前の試合の7回の裏が終わったら、バッテリーがブルペンに入れると
ころを、監督の知らないところで、7回始まって入っていき、監督が呼
ばれて注意されたこと。
*外に出て軽くノックをしていたら、同じ人に注意されて、ばつが悪か
ったこと
*後攻を取ろうとして、じゃんけんに負けたが後攻がとれたこと
*初球を投じたところで、塁審が投手の所に来て、二段モーションの注
意を受けたこと
*みんなが緊張して浮き足だっていたこと
*1回裏に、4番が3塁打を打ち、5番がセンター前ヒットを打ち、3-1
で逆転して、勝てると思ったこと
*結構よく打たれて逆転されても、勝てる気でいたこと
*全員で声をよく出したこと
*ツーアウト満塁で、主将のレフトオーバーの大きな当たりを相手が好
捕して、点数が入らなかったこと
*バントなどはしっかり決めて何度か3塁までは進めるが、後一本が出
なかったこと
*残念ながらこういう接戦で全員ではなかったが、控えの1年生も代打
に出たり守ったこと
*相手の選手も外見はヤンキーぽかった人もいたが、盗塁でけがしたと
きなども、優しい言葉をかけてくれて、大変いい人たちであったこと
*東京はこの夏一番の暑さで、試合中、ポカリスエットを40リットル
飲んだこと
*9回裏、2点ビハインドでも打順が1番からで逆転出来ると信じ
ていたこと
*その1番が出塁して、暑さと疲れと焦りの中で、ノーサインで走って
盗塁失敗したこと
*それでも1点取り返して、同点のランナーが3塁にいて、ヒットを打
っている5番打者がツーアウトツースリーから、見逃し三振をして、天
を仰いだこと
*そして、4-5で敗戦したこと
*控え室で、しばらく言葉を失って、タオルに顔を埋めて、多くの者が
泣いたこと
*そして、監督の言葉を聞きつつも、泣き続けたこと
*負けて、悔しかったこと
*しかし、着替える頃にはいつもの問題児に戻り、一人はTシャツを長
くのばして、パンツ一枚でバスまで歩き、引率の養護教諭に「さっき
まで、あれだけすばらしく感動させてくれていたのに、幻滅させない
で」とため息をつかれたこと
*予算の関係で球場から直行し、学校に着いたのが夜の11時過ぎであ
ったこと
*途中で気分が悪くなり、吐いた生徒がいたこと
*翌日、その相手が結局優勝した天理高校と5-3と善戦して、嬉し
くも悔しくも感じたこと
*野球部にとって、長く暑い今年の夏が終わったこと
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他の人たちは気にならないのだろうか
学校には悪臭がある
何十年と使い込んだ机
多くの人の汗や垢やよだれさえも
染みこんでいるはずだ
高校ともなると机を拭いたりはしない
不思議といえば不思議だ
変色した天井、腐り果てた窓枠
埃にまみれた朽ちかけた校舎
そして毎日の人のにおい
僕はそのにおいを我慢して学校にいる
時折り吹き来る風さえも
汚れ果ててしまっているように感じる
もう何日もおかれてある牛乳瓶たち
年増の先生の濃い化粧のにおい
体育の後の汗の充満
そして
何か不当なものに対して
沈黙し続ける自分自身の汚れのにおい
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