“その昔、小学校、中学校では学級委員を務めるほど優秀だったのに、進学校の高校に進んでから周囲に埋没してしまい、自分に自信が持てなくなった。何を信じればよいのかが分からなくなった。こんな状態が近年まで続いた。さすがにこのままではいけないと思った。まずは周囲に自分の考えること、抱く思いを伝えることに傾注してみた。そうこうするうちに自ら考えだしたのが「私」を主語にすることだった。
私はこう思うといったふうに話をすると、他人の意見に振り回されることがなくなった。結果、自分を守ることができるようになった。自分を把握することで、考えやどうありたいかも分かってきた。そう、この調子。もっと自分を大切にして生きていくつもりだ。”(6月10日付け中日新聞)
愛知県豊川市の夏目さん(女・46)の投稿文です。日本人はなかなか自己主張をしない、意見を言わない、と言われてきた。夏目さんは進学高校に進んで、自分に自信がなくなってしまった。いろいろな迷いが生じ、埋没してしまった。これではいけないと考えられ、「私」を主語にし、自分の考えを出張されるようにされた。結果自分を守ることができるようになったと言われる。良かった。
夏目さんは今46歳である。それが今になってこの気づきである。高校時代から考えると、30年近い年月である。そのまま一生を過ごされても不思議ではない。よく気づき変わられたと思う。人間はきっかけさえあればいつでも変わることができる。ボクなども夏目さんに似ている面がる。小中学生時代は田舎の優等生であった。ところが進学高校に進んで、劣等感の塊になってしまった。自分の意見を言わず、愛想笑いをしていた時代がある。今のボクを見てそう思う人はあるであろうか。本当に変わったと思う。どこがきっかけであったろうか。いろいろあったと思う。
今の時代、自己主張がよくでるようになったと思うが、それが単純に良いとは思えない。難しいことである。