出版屋の仕事

知識も経験もコネもないのに出版社になった。おまけに、すべての業務をたった一人でこなす私。汗と涙と苦笑いの細腕苦労記。

キタ━━━(゜∀゜)━━━ッ!!

2005年11月09日 | 返本
いや、揚げ足を取るような言い方はまずいんでしょうが、やっぱり来た。返本の束の中に、献本が2冊!

その話を聞いたとき「えっ!」ってなことで次回はマークをつけてやろうと決めたこと、確か半年くらい前にこのブログにも書きました。

で、最近の見本納品のとき、天にはんこを押しておいた。本の中の印じゃ返本おじさんがいるうちに束を解かなきゃいけないし、表紙画像のためにカバーには余計なものをつけられないので、天。

ベッタリというほどではないが、パッと見たら普通わかる程度。つまり、「取次に知られないように証拠収集する」みたいな嫌らしいマネだけは避けようと…。

これも書いたような気がするが、この本の見本納品は社内の別の人間に行ってもらった。そのときは、はんこについては何も言われなかったらしい。

今回の返本も私が外出中の出来事だったので、別の人間が対応した。ただ、そろそろ初回配本で棚に並ばない分が帰ってくる頃だと思って、「はんこ本は受け取るな」と言ってあった。

返本のおじさんに文句を言ってもしょうがないので、はんこ本はうちからの献本である旨、説明だけしたらしい。おじさんはすぐに、「そりゃ申し訳ない」と言って、その束を丸ごと持って帰ったそうだ。ちなみに日販である。

日販は先日「返本は1冊につきいくらにするから」というお達しを送ってきたが、まだ変わってないんだろうか。それともおじさんが「2冊抜いた束」は扱いづらいので、適当なことを言ったんだろうか。

事務所に戻ってその話を聞いてすぐに電話してやろうかと思ったが、とにかく持って帰ったのでやめた。

おそらく、おじさんは返本センターかどこかに持って帰って事情を説明し、返本センターは「めんどくさいな」と思いながら束を解いて抜いて、別の返本を入れ直して、次回の返本となる。例の自費出版みたいな本なのでもっと返ってくるだろうから、束を作るのには苦労しない。

トーハンの新しい返本センターは、ほとんどオートメーション化されている。日販はどうだか知らないけど、説明会に呼ばれたことはないので、トーハンほど「自慢の」設備ではないんじゃないか。

いやいや、返本センターの機能はあまり関係ない。仕入窓口から返本センターに届けられない限り、こんなことありえないから。

とにかくいくらオートメーション化されてるといっても、どこかに今回のような通常返本ルート(書店→取次→版元)以外の本をさばく人間がいるに違いない。

「2冊抜いて別の束を作る」人間もいるはずだ。で、その本どうなるんだろうと思うが、献本したものなので捨てようが何しようが、別に構わない。気分悪いが、うちまで持ってこられたこと自体のほうが、よっぽど気分悪い。

問題はその後である。

「2冊抜いて別の束を作る」人間が、別の部署に報告するってなことに、ちゃんとなってるんだろうか。もし、黙って2冊は捨ててもう1回束を作り直すと、伝票管理上にも異常は現れないかもしれない。

もし突っ返さなかったら、黙って返本に2冊分の金額が増えて、返品率にも跳ね返る。特にこんな「自費出版だから注文メイン。配本はホントの大手だけで最低数」ってな本は、大きな違いになる。

ただ、金額とか返品率の問題だけじゃないと思う。

普通で考えたら、「ものすごく失礼なこと」をしているわけだ。仮に意図的でなかったとしても、しかるべき部署から謝りに来るのが当然だ。

来ないんじゃないかな、と思う。

私がその話を聞いたときも、話してくれた当人は「取次なんてそんなもん。出版業界っておかしいところあるけど、自衛するしかしょうがない」ってな感じだった。常識じゃ考えられない!という、まっとうな怒りは感じられなかった。

倒産慣れもそうだが、出版界のこういう異常には慣れちゃいけないと思う。何度も書いてるように、私は普通に既存の流通で出版を続けたいと思ってるけど、「業務」と「ポリシー」は違う。

本当ならここに書いている時点で、ある程度のダメージ(悪イメージ)は発生する。他の業界なら、「お客様相談センターの評価」とか「一営業マンの失態」にはピリピリする。不感症の出版業界だから、「私がほざくだけ」で終わるかもしれないけど、情けなくないですか。

もう少し様子を見て、何も言ってこなかったらどうするか考える。

ちなみに、トーハンからは先週の金曜日に「第一弾返本」が来たが、その中には入ってなかった。今のところ気分的に救われるのはそれだけだ・・・

2 コメント

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先日はどうも (キタミ)
2005-11-12 07:43:37
先日はコメントをいただきありがとうございます。URLの記入がなかったので分かりませんでしたが、こちらのタミオさんですよね。

Typeface Batonで知ってからちょくちょく読ませていただいています。

小さな出版社に勤めていた折、僕も流通システムは少しだけ関わりました。取次ぎは大きなブラックボックスというのが僕の印象です。

現在僕のやっていることはある意味極端な出版です。極端に言ってしまえば、本を造りたいのであって(それもできるだけ一人ですべての工程を)、流通システムは視野に入れてないのです。

だからたとえば価格表示も本そのものには印刷しません。

考えてみると、世の中で価格が商品そのものに刷り込まれているものってそんなにはないのですね。

背中に、それも生地そのものに値段が刺繍された服を想像すれば、本がいかに低く見られているか。

……

すいません。脱線しました。

そんなことを考えて本を造っているのです。



先日のチリのことですが、流通とは関係ありません。ちなみに普通のハードカバーの場合は、黙っていれば、よほどの大型本でないかぎり製本所のほうで3ミリに設定するはずです。

返本された本を再度出荷することを考えるのなら、やはり文庫本のような形態にして、「やすりがけ」するのが一番かもしれません。返本で傷まないなんてことは100パーセントありませんから。



文字にするとどうしても情報量が限られてしまいます。ゆっくりお話しする機会が持てればうれしいのですが。



では、また。
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キタミさんへ (タミオ)
2005-11-12 19:13:49
そうです、私です。言葉で伝える(伝わる)ことの難しさ、おっしゃるとおりです。お忙しそうなので、今は遠慮します。



私がいつも「普通に出版をしていきたい」と言っているのは、「本を作ったら本屋という場所で見も知らない人に買ってもらう」という昔からの流れに、どこかでアコガレがあるからです。私がバイブルにしている本のひとつに小山書店の久次郎氏の「ひとつの時代」があります。「文化に逃げずコマーシャルに溺れず」やっていきたいと思っております。
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