出版屋の仕事

知識も経験もコネもないのに出版社になった。おまけに、すべての業務をたった一人でこなす私。汗と涙と苦笑いの細腕苦労記。

版権交渉6 詳細

2014年06月20日 | 翻訳出版
ブラジルでの翻訳出版で使われた契約書が送られてきて、それに対するコメントを送ったところ、著者本人はその契約書をきちんと読まないまま送ってきたことが判明した。つまり雛形変更の理由は、私が日本で入手したものより「長い」ことだけ。

ちなみに、私が送った雛形には全部で15の条項があり、ブラジル版は17だった。長いと言っても大して違わない。ただ日本版には法律的な言い回しで分けているだけの項目もある。著者はエージェントを入れたくないと言いながら、契約(法律)に関する知識はあまりないようで、ひとつのコメントに返事が返ってくるのに最低3日はかかる。が、とにかく辛抱強くやりとりし、大してクリティカルでないことは1ヵ月ほどでクリアした。

ブラジル版雛形の大きな違いは、映画化に関して変な項目が入っていたこと、契約更新の方法、解約に至る条件を指定していたことである。

映画化に関することとは、制作目的か宣伝目的か知らないが「映画会社に何冊ただで提供せよ」というもの。まったく理解できないので全部削除したいと言ったら、自分にすべての権利があるから残したいと言ってきた。「米国版にもスペイン版にも入っている」と言う。こっちは映画化なんか関係ない。実現するかどうかも分からない映画化を前提にして、かつそのときどうせよなどという条項はいらんと言っただけ。まして、すべての権利は著者にあり、翻訳して出版するだけのライセンスであると、もっと前のほうに書いてある。おそらく二次利用のこととごっちゃになっている。何度か説明したら理解してくれて、二次利用権(本契約には含まれない)の条項に「例として映画化」と入れ、この条項自体は削除することに決まった。

契約更新については「毎回お互い確認し合う」となっていたので、日本版の「解約の意思を伝えない限り自動更新」に変更したかったが、これはダメだった。こちらの理由は分かってもらえたが、またしても米国版とスペイン語版も…という話が出てきた。面倒なのでできれば自動更新にしたかったが、単なる手間の話なのでこちらが折れることにする。

解約の条件とは、通常の「違反」とか「倒産」とか以外の、「在庫が○冊を切った場合と、年間売上が○冊未満になった場合」という別項目である。著者の気持ちとしては分からなくもない。著者にエージェントがついて活躍している米国では、ある程度常識にもなっているであろう。が、そうかたいこと言わずにずっと売らせてよと言ってみた。売上が細ったら、翻訳し直して出そうという版元など現れないだろう。オリジナルの本の出版契約であれば、別のところから出すなり自費出版に切り替えるなり…という悩みが発生するかもしれないが、日本語版が日本で細々と売れ続けても著者には何の不都合もない。これまた米国版とスペイン語版では…と言い張るので、「在庫は売り続けることができる」という文を入れ、かつ数字を半分にしてもらうことで、こちらが折れた。

また、これらの交渉をしているうちに、ポロッと「日本で文庫化の話が出たら…」などと言ってしまった。これはバカだった。こちらに経験はないし、書店の棚など流通営業がらみのことなどアメリカ在住の著者には理解できないのに、余計なことを言ったもんだから、質問されたり説明したりで10日ほど無駄にした。ただ、契約対象に紙の本の出版はすべて含まれるように、「単行本」という言葉は変えてもらった。

あとは挿入されていた写真に関してで、ブラジル版の雛形にはすべてのコンテンツを含むとあったので「それでいいのか?」と再度確認したら、やっぱり違った。初期の頃にも聞いてあったんだが、そのときは何とも言ってこなかったもの。今回の交渉の後半に弁護士の知り合いとかスペイン版の版元とかに相談し始めたようで、「写真は版元が手配するものと言われた」という返事が返ってきた。そんなことは分かっているから早い時期に尋ねてあったんだが、まあよしとする。ただ、それならレイアウトはこっちの勝手にする…というのは気に入らないと言ってきて、これまたやり取りに結構な時間がかかった。(それに関しては、後日改めて書くと思う)

最終的に、交渉には約1年かかった。版権エージェントを通していたらどういうことになっていたのか、興味深い。ああいう著者にも全部付き合うんだろうか。あるいは、版元からの説明がもっと簡潔になって、とっとと話が進むのか。うちの著者なら納得するまでウンと言わない気もするが、とにかく1年費やしてしまったので分からない。エージェントが版元の代わりに著者を説得してくれることはないだろう。版権交渉の部署があるとか、かつ絶対日本で出したい!という熱意があれば、頑張って交渉(説明)するだろう。が、それを面倒と思って手を抜いていたら、あの感情論重視の著者なら「そういう誠意のない態度の版元とは契約しない」と言ったと思う。

外国で翻訳出版されること自体や印税が入るといったことは、あの著者にとっては二の次で、この本を世に出したいという意思を共有することが最も重要なのだ。考えてみれば当たり前のことだし、そもそもそこまで惚れ込んだから申し入れたのである。コストやいろいろ考えてずっと翻訳出版は手を出さずにいたが、契約までたどり着いて、出版の初心に返った気がした。

版権交渉5 縦書き右綴じ

2014年06月09日 | 翻訳出版
訳文チェックに合格し、契約条件の交渉を再開したのが、最初にコンタクトしてから半年とちょっと経ってからだった。うちの出版契約書を見たいとのリクエストは、翻訳出版とは関係ないと説明したら、分かったのか分からないのか分からないが、何も言ってこなくなった。が、送った雛形についても何も言ってこない。雛形といっても入れられる数字や日付は入れてある。何か変えたい条項があれば、受け取ったほうがそうと言ってくるべきで、何もなければ一気にサイン!というつもりである。ところが、週に1回ほどのペースで催促しても、まだ確認中という返事しか返ってこない。

ただ、催促とごめんちゃいのやり取りを繰り返しているうちに、結構細かいことを気にする著者だと分かってきた。そうなると、こちらは日本で入手した雛形のおおざっぱさが気になってくる。双方の認識が違ったせいで後から文句を言われるのは避けたい。エキストラコストなしで日本版のためにしてもらいたいことは、最悪の場合諦めれば済むが、何それは契約(印税の対価)に含まれていないと後から言われるのは困るので、念のため確認のメールを送ることにした。

ただでさえポンポンと物事が進まないのに余計なことは言わないほうがいいかとも思ったが、どのみち催促するなら一緒である。「一応確認」というやりかたで、条項を1つずつ「合意済み」にしていくほうが早いかもしれない。

いくつかの確認事項のうちの1つが「この契約は、本書のすべてのコンテンツを含む」というものだった。今話題の引用は、本来引用なら何の問題もないはずなんだが、新聞記事なんかはうるさいけど大丈夫か?というようなこと。さらに重要なのが写真で、普通に考えたら写真の権利は写真家にあるはずだ。私だったら雛形を読んだ時点で「ちょい待ち! 写真は違うからそっちでやって」と断るんだが、何も言ってこないので確認したのである。

(C)マークがついていたので、写真の使用料を権利者に払うことは尋ねる前から覚悟していた。気になったのは、「著者との契約の中に含まれないなら写真をどうするかはこちらの勝手だということを、著者が認識しているか」である。本文の真ん中あたりに写真をまとめて載せていたので、そんな能のないことはしたくなかったが、それまでのやり取りから推測するに、黙って変えたら文句を言われそうであった。案の定、口絵方式でない(本文と同じモノクロ印刷)にも関わらず、原著のとおりにせよとの返事がきた。

念のためカバーについても「原著のまんまにはならないよ」と言ったら、なら契約しない!と言い出しそうな勢いで、自分がどれだけ考え抜いたか精魂こめて作ったかという説明メールが来た。謝辞を読むと編集者やデザイナーは普通にいたようだが、そのへんの権利は一体どうなっているのか? 原著の版元から「すべての権利は著者にある」と言われて著者とやり取りを始めたんだが、こちらが想像していたのは「版元はエージェントではない」とか「二次利用権の話も著者としてくれ」的なことだけだ。まさかレイアウトとかカバー(あっちの本で言う表紙)デザインまで著者が牛耳ってるとは思わなかった。というか、実際そのへんがどうなっているのか、今も分からない。少なくとも、日本で言う「タイトルとカバーは版元のもの」みたいな理屈が通じる相手ではなさそうだと分かった。

原著はペーパーバックスタイル(発刊形態自体はフツーの初版)で、装丁なんか表1に限らず全く別ものになる予定だ。が、「日本の単行本ってのはねえ!」と説明を繰り返しても埒があかない。オビがあるから表1の写真の使い方が変わるとか、表4に新聞の書評なんか載せないとか、必死で説明しても、とんちんかんな「ダメな理由」が来る。いや、私も個人的にオビ嫌いだし、原著のような体裁の本を日本で売りたいならそれでいいんだが、今回はそうじゃないのである。別に、日本の単行本のカタチにこだわっているわけではない。この本の読者層を考えると、ペーパーバックも「真ん中にまとめて写真」も変だろ…と思うのである。

しょうがないので日本の普通の並製単行本の写真を撮って送ったら、あっさりOKが来た。そこでようやく分かったのは、著者は日本語の縦書き右綴じの本を見たことも触ったこともなかったということ。だから、こっちがいろいろ理由を説明しても、想像できなかったのである。考えてみたら当然であった。「日本の読者のことは私のほうがよく分かっているんだから」と言い張っても、日本の読者は縦書き右綴じの本を読むのだという感覚がそもそもなかったのである。

いや~、勉強になった。一件落着。・・・だったが、突然「ブラジルの出版社からも翻訳出版のオファーが来て、その契約書のほうがいろいろ詳しく書いてあるみたいなので、それを読んでみてくれる?」というメールが来た。こちらが送った雛形がやたら簡潔なので不安だったくらいだから、ブラジル版を叩き台をする分には問題ない。すぐに読んで、いくつか変更したい条項をその理由とともに送った。

翌日なんと、「まあ、あなたはあの契約書を全部読んだのね!」という返事が来て、腰が抜けた。。。(つづく)