「ひつじくん、ひつじくん、ねこちゃんが、寝ちゃったよ。まったく、
酒と音楽の力は絶大だね。ねこちゃんも、さあ、そんな簡単に寝ないで
おくれよ、不眠症じゃなかったんかい。どうしてこんなにも素直なんだ
ろう。勧められるままに飲んで、ひつじくんのピアノにKOされて。そ
んなんじゃ、世の中生きづらいぜ。
・・・だから、来るんだろうね、ここに、この店に。
そして馬鹿まじめに一杯のコーヒーを淹れる姿を遠目にぼんやり眺め
たり、目まぐるしい指の動きが、一転、ひとつの音を精一杯のやさしさ
で弾く、その瞬間に出会ってぞっとするほどココロ動かされたりする
んだ、ね、聞いているかい、ねこちゃん」
「起きているよ、起きているさ、聴いているよ、聞えているさ。すご
い、すごいよ、ひつじくん、ウットリしちゃう、それでいて、なんて悲
しいんだろうね、何だろうか、これが酔いというものなのかしら、いつ
にもまして、素晴らしく聞こえる、なんでだろう、なんでだろう、にゃ
あ、くじらさんよぉ、えぇ?」
ねこさんは、化け猫の眼でお隣のくじらさんを見つめます、がどうや
ら、焦点が合わないようでしきりにまばたきをなさっております。酒精
とは、げに恐るべきかな、素面ではいつもすましたお顔でたいへん気
取り屋のねこさんに野生丸出しの鋭い目つきをさせる、しかもくじらさ
ん相手に。ねこさんの野生はくじらさんを、お魚、と見たのでしょう
か、いや、酒精によって野生が狂わされたのでしょう。そして、こ精と
精というものは神経質で不眠症気味のねこさんをこんなにも容易く眠り
の世界に誘う魔力を持っているのです。そんなねこさんは、というと、
酒精に翻弄されて、現実と狂気と無意識の三界の狭間で揺れ惑って
いるのでございます。
「やや、これは、ちょっと飲ませすぎたかな、眼がいっちゃってるじゃ
ないの、黙って寝てもらっていたほうがまだ、よかった。あー、ねこち
ゃん、いいかい、お酒の飲み方というのはね、ビールはまあ、ぐびぐび
やらないといけないけど、アルコールの強いものはね、ミルクじゃない
のだからね、ゆっくりと味わって飲むんですよ、ただ渇きを癒すために
飲むんじゃないんだね、心の渇きを癒す、ナンテ、カッコつけて言うと
そんな感じだね・・・」
くじらさんもねこさんの豹変ぶりに、さすがにぎょっとしたようで、態
度を軟化して諭すようにお酒の飲み方を講釈されましたが、ねこさんは
もはや別世界のお方、呆然と目を開けたまま俯いて、なにやら意味不
明のことをつぶやいたかと思うと、片肘をついてお眠りになってしまわ
れました。
「寝ちゃった・・・、完全に寝ちゃったよ、ねこちゃん、こねこちゃ
ん、仕方ない、もう寝かせておいていいよね・・・」
ねこさんの酒癖の悪さを察知したくじらさんは、すっかり気弱になっ
て、これ以上ねこさんを刺激することをやめにしたようで御座います。
ひつじさんの「月光」はいつのまにか、BILL EVANSの
「PeacePiece」に
そしてそれは、やがて、
「Gymnopedie」に。
ねこさんの邪魔にならないのように音は控えめで。
時間が、ゆっくりと流れます。
(続)
酒と音楽の力は絶大だね。ねこちゃんも、さあ、そんな簡単に寝ないで
おくれよ、不眠症じゃなかったんかい。どうしてこんなにも素直なんだ
ろう。勧められるままに飲んで、ひつじくんのピアノにKOされて。そ
んなんじゃ、世の中生きづらいぜ。
・・・だから、来るんだろうね、ここに、この店に。
そして馬鹿まじめに一杯のコーヒーを淹れる姿を遠目にぼんやり眺め
たり、目まぐるしい指の動きが、一転、ひとつの音を精一杯のやさしさ
で弾く、その瞬間に出会ってぞっとするほどココロ動かされたりする
んだ、ね、聞いているかい、ねこちゃん」
「起きているよ、起きているさ、聴いているよ、聞えているさ。すご
い、すごいよ、ひつじくん、ウットリしちゃう、それでいて、なんて悲
しいんだろうね、何だろうか、これが酔いというものなのかしら、いつ
にもまして、素晴らしく聞こえる、なんでだろう、なんでだろう、にゃ
あ、くじらさんよぉ、えぇ?」
ねこさんは、化け猫の眼でお隣のくじらさんを見つめます、がどうや
ら、焦点が合わないようでしきりにまばたきをなさっております。酒精
とは、げに恐るべきかな、素面ではいつもすましたお顔でたいへん気
取り屋のねこさんに野生丸出しの鋭い目つきをさせる、しかもくじらさ
ん相手に。ねこさんの野生はくじらさんを、お魚、と見たのでしょう
か、いや、酒精によって野生が狂わされたのでしょう。そして、こ精と
精というものは神経質で不眠症気味のねこさんをこんなにも容易く眠り
の世界に誘う魔力を持っているのです。そんなねこさんは、というと、
酒精に翻弄されて、現実と狂気と無意識の三界の狭間で揺れ惑って
いるのでございます。
「やや、これは、ちょっと飲ませすぎたかな、眼がいっちゃってるじゃ
ないの、黙って寝てもらっていたほうがまだ、よかった。あー、ねこち
ゃん、いいかい、お酒の飲み方というのはね、ビールはまあ、ぐびぐび
やらないといけないけど、アルコールの強いものはね、ミルクじゃない
のだからね、ゆっくりと味わって飲むんですよ、ただ渇きを癒すために
飲むんじゃないんだね、心の渇きを癒す、ナンテ、カッコつけて言うと
そんな感じだね・・・」
くじらさんもねこさんの豹変ぶりに、さすがにぎょっとしたようで、態
度を軟化して諭すようにお酒の飲み方を講釈されましたが、ねこさんは
もはや別世界のお方、呆然と目を開けたまま俯いて、なにやら意味不
明のことをつぶやいたかと思うと、片肘をついてお眠りになってしまわ
れました。
「寝ちゃった・・・、完全に寝ちゃったよ、ねこちゃん、こねこちゃ
ん、仕方ない、もう寝かせておいていいよね・・・」
ねこさんの酒癖の悪さを察知したくじらさんは、すっかり気弱になっ
て、これ以上ねこさんを刺激することをやめにしたようで御座います。
ひつじさんの「月光」はいつのまにか、BILL EVANSの
「PeacePiece」に
そしてそれは、やがて、
「Gymnopedie」に。
ねこさんの邪魔にならないのように音は控えめで。
時間が、ゆっくりと流れます。
(続)