SMILEY SMILE

たましいを、
下げないように…

2007-02-28 01:26:34 | 
早く、自分を創めなくっちゃ
自分はいつだって、ここにあるのに
はじめられていない
逃げたり、隠れたりして
愚図って出てこない、虫

くじら、ねこ 1

2007-02-25 04:41:37 | くじらねこ
都は、甘ったるいような、少し酸っぱいような空気が、この870年の

積み重ねで、ついには空の色まで変えるようになっていた。その都の

真ん中に、232年もの歴史を持つカフェがあったとさ。


わたくしは、17代目の店主であります。

夕方6時から8時頃は、たいていお暇な時間帯でありますので、常連

の方が、ちらほらいらしては、たいへんおかしな、それでいて何もなら

ないようなお話を、10席ほどのカウンターにどっかりと、まるでじぶ

んのお家の如くお座りになって、うれしそうに語り出すのであります。


くじらさん、は6時になるといらっしゃいます。カウンターの一番奥、

身体に似合わずひっそりとお座りになり、キンキンに冷えたビールを、

とりあえず8.3リットル一息に飲み干されます。その、痛いくらい

の冷たさと、爽快感、一杯目のクラクラ感が体中にゆきわたりますの

に、きっかり13分、かかりますので私は、特注したぴたり13分の砂

時計をひっくり返して、くじらさんに話しかけるタイミングを見計らう

のが、常になっています。

ひとくちに13分と言っても難しゅうございまして10分経過、の一番

いいとき、に話しかけてもお邪魔のようで悪いですし、うっかり話しか

けるのを忘れてしまいますと、気弱にいじけて雑誌など読み始めてし

まっては、気まずくなってしまうのであります。

わたくしとしましても、くじらさんは大切なお客様、常連さんでありま

すので、そんな彼のわかりやすい繊細さを愛しくも思われまして、私が

言うのもおこがましいのでありますが、大事に、させていただいている

のです。


「今日は、なんだか、妙にグリーンだねえ」

と、くじらさんはお空の話からお始めになります。

「左様、今日は一段とグリーンであらせられますね」

私は、空の話をするのが何よりも楽しく、常連のお客様は勿論、一見さ

んであっても、誰彼となく話し掛けてしまい変な顔をされてしまうこと

も、しばしばであります。ともかく、都のお空は格別なのです、様々な

表情を、とりどりの色彩を持っていらっしゃるのです。そして、そ

の色を感じるココロ、言い表すひとたちの感性はこの都にあっても、研

ぎ澄まされているのです。ここ2,3日は大まかに言えば、グリーンで

あらせられましたし、2週前は、玉虫色サイケデリック、恍惚、でありま

した。

「この緑は、どうも憂鬱になる。苦手な色なんだな。ここんとこの濃や
 
かさには閉口だ。どうにもやりきれねえ」

「くじらさん、やっぱり青ですか、オーシャンブルー」

「うん、あお、ね。海の藍、・・・・、その辺の微妙な色合い、ニュア

ンス、空の蒼さではない、深さ、様々なものを呑み込んだ、深淵、生の

みなもと、色というより、根源的な感覚・・・」

くじらさんに海の話をさせると、2時間18分は息継ぎなしで楽にお続

けになり、さらには、感極まって泣き出すと、お店はたちまち浸水の憂

き目に遭うので、すかさず話頭を変えるようにしております。

「ああ、ひつじ君、ね、そろそろお願いしますよ」

当店の専属ピアニスト、ひつじ君に話しかけます。

「夜は、どうしませうか、マイ・ボス」

急に振られたひつじ君は、慌てて煙草を消して、こちらの方に改まって

向き直ります。昼間はバッハの「インヴェンションとシンフォニア

」や、「ゴルトベルグ ヴァリエーションズ」を演っていただいており

ましたから、夜はお気楽にボサノヴァでも・・・、と思っておりました

が、話の流れから、思わず出たのが、

「・・・とりあえず、BLUE IN GREENを・・・」

「ああ、マイルス」とくじらさん。

「いや、あれは、エヴァンズでせう」

ひつじ君は、微笑って言うと、ピアノに向って、鍵盤を掴んで、祈るよ

うに大真面目に弾きはじめました。

お店の雰囲気が、すっと、沈んで落ちつくのがわかるようです。

私は、ゆっくりライトダウンをいたします。

すると、ねこさんがお見えになりました。

ねこさんは、ぐったりとして、着席されます。そうとう、お疲れのよう

です。静かに流れる「BLUE IN GREEN」に、聴き入ります。

ねこさんは、最近、眠れない、ねむれない、眠れない、ねむれない、眠

られぬ、と、どんな言葉よりも多くこの言葉を仰います。ただ、眠れな

い、だけではないということが、私には痛いほどわかるつもりなので、

掛ける言葉もなく、急いで、ウエッジウッドのキャベンディッシュに6

2℃のミルクを注ぎ、生クリーム30cc、ダッチコーヒーを数滴落

し、静かにねこさんの前に差し出します。ねこさんは、ありがとう、言

うようにうなずかれ、ひとくち、ためいき、ほおづえ。

「くじらくんが、昨日言ったようにね、眠れない眠れない眠れないと言

ってはいるが、眠らずに生きている訳はなく、きっと無意識に眠ってい

るはずだ、というお説なんだがね、思い当たる節がないことはない、と

いうか、おおありだ。眠れない眠れない眠れない眠れないと、矢鱈に言

うのも、やめにした。何度も繰り返して言っているうちに、その言葉の

意味も失せて、なにかの呪文のように響いて、また眠れなくなる」

「ねこちゃん…、大丈夫かい?最近、ねこちゃんとは、会ってなかったじ

ゃないか。だいぶ混乱しているようだね。夢と現実が錯綜しているみた

い」

「???、ええっ、そうだったかい?いや、あの、え、うむむ」

と、ねこさんは動揺やら恥ずかしさやら不安で、ごった返している様子

なので、

「くじらさん、そのように仰ったら、胡蝶の夢、すべては夢の中の出来

事と言えますし、私のこの言葉さえも、ゆめ、まぼろし、でたらめ、こ

しらえもの、妄想、気晴らし、お遊びかも知れませぬぞ」

「まあ、それを言っちゃあ、元も子もないがね・・・」

くじらさんは、笑って、2杯目のエビスの黒10パイントに喉をならし

ます。

「うむむ、ああ、もうわからない、なんでもいい、なにもかも嘘じゃな

いか、みんな出鱈目じゃないか、信じられるものなんて、ないじゃない

か、みんな嘘吐きじゃないか、中途半端な馬鹿ばっかりじゃないの、

自分には関係ないからいいや、って、そんなこと言ってしまうのは、お

かしいじゃないかああぁぁっ」

ねこさんは、異様に興奮して、毛をお逆立たせになって、フーフー仰

っているので、わたくしは、慌てて、

「ねこさん、ねこさん、ねーこさん!ねこさん?まあまあまあまあ、落

ちついてください、落ちついて、落ちついてください、ねえ、落ち、着

いて下さい、落ち着いて、下さい、落ちつ、いて下さい!!落ち着いて

下さい落ち着いて下さいさい、ね」

と。呪文のように繰り返していると、なんだか、自分自身、妙に落ち着

いてきてしまって、えっと、なんだ、わたくし、何をしていたんでござ

いましょうや、などと、頭を掻いておりまして、ねこさんを見遣れば、

落ち着くというよりも、むしろ、しっかり落ち込んでしまっていて、な

ぜか恍惚の表情で、飲みかけのミルクに張った膜を見つめていらっしゃ

いました。

「やあ、陰気臭いなあ、ここに来たときくらい、明るい気持ちでいたい

ものだよねえ、ひつじくん」

と、くじらさんが、困ったような声で言うなり、待っていたかのよう

に、弾けるように躍動するイントロから、陽気でお道化たアレンジで、

「TAKE THE A TRAIN」

を弾き始めたひつじくんに、改めて、わたくしは、音楽というものの、

その場の空気を変える驚きの力に唖然、とさせられるのでございまし

た。

「こうでなくちゃあ、いけない、いいねえ、ひつじくんは、いいなあ、

くだらない、まるで命のこもってない言葉、安っぽい言葉、なんかよ

り、ずっと、偉いものだ」

くじらさんも、感服のようです。うんうん、私も首肯いたしました。

そして、このお店を先代から受け継いで19年と8ヶ月半、毎日は、日

常は、たんたんと、ねんねんと続いてゆく、この都の歴史と併走してす

ぎてゆきますが、このような、くじらさんの言葉を拝聴すると、この

仕事に従事している悦びを、今更、今でも、感じるのでございます。




くじら、ねこ 2

2007-02-25 04:41:06 | くじらねこ
「あれが、いいな・・・、あれ・・・」

ねこさんが、ようやく(眼はまだ虚ろではありましたが)やや正気を取

り戻し、つぶやくように、

「そう・・・、Someday My Prince Will Come」

と仰いました。私はねこさんを元気づけるように、

「いつか王子様が、なんて、信じて待つことが出来る方はすくないです

ね、たいへん尊いことだと思います。とても強い方であると思います。

ひょっとしたら、自棄っぱち、なのかも知れません。でも、信じないの

はお易いこと、しかも大抵は、何も信じない!というものでもなく、た

だのポオズで信じない振りをしているだけなのですから。

そうですね・・・、ねこさん、夢を見たいのでしょう。夢見心地が、あ

の狭間で揺られている感覚が恋しいのでしょう」

そっと、ディサローノアマレットを38cc忍ばせたアイスミルクを差し

出します。ねこさんはお鼻をくん、くん、とおさせになってから、苦笑

いのような気弱な笑みを浮かべて、一口、二口三口、あれあれ飲み干

してしまわれました。天晴、見事な飲みっぷり、とはいえほとんどお酒

を召しあがらないねこさんでいらっしゃいますから、少々心配ではござ

いますが、まあ、こんな日があってもよいでしょう。

「なんだい、ねこちゃん、結構いけるじゃないの。じゃあ、今度はヴァ

イツェンをお呉れ。勿論、ねこちゃんのも、ね。

そうそう、今度出張でね、ドイツに行くんだ、どうだろうね、あっちの

ビールは。やっぱりうまいんだろうね。ほら、飲みなよ、よく眠れる

ぜ。そうだ、ねこちゃんには、ワインを買ってくるよ。

シュバルツ・ツェラー・カッツってね、黒猫のワインがあるんだ、リー

スリングは、飲みやすいからね、つい飲みすぎるんだな、これが。

あっちにしかないようなの、見繕ってくるよ。ねこちゃんは、変なとこ

ろで神経質だから、いけない、酒も飲まないときてる。ここに来るとき

くらい気を緩めていいんでないの」

ねこさんは、聞いているのかいないのか、ヴァイツェンもくぴくぴ、と

お飲みになってしまわれました。自分が、何を飲んでらしゃるのか、ご

存知なのでしょうか。

「ねこちゃん、今日は、おごるよ。じゃんじゃん飲ってくれ。ええと、

リープフラウミルヒをもらおうかな。聖母の乳・・・丁度いいや、ぐっ

すり寝かせてくれるぜ。ドイツさんには、いつもお世話になってるから

な、いい雨降らせなきゃならないねぇ」

くじらさんは、だいぶ御陽気に、次第に饒舌になってまいりました。

そうそう、くじらさんのご職業は、雨を降らすこと、なので御座いま

す。アメダスに映し出されるあの雨の降っている地域の水色はくじらさ

んの影であるともいえるのです。くじらさんは飛べるのですね。とは言

っても、実際わたくしどもには、見ることは出来ません。なんでも5歳

くらいまでは見えるらしいのです。残念ながら、わたくしは、記憶が残

っておりません、悲しいことです。

くじらさんは、梅雨どきには日本に戻るのですが、それ以外は巨体を買

われて東南アジアの方に長期滞在することが多いそうなので、今回の

ドイツ行きはうれしくて仕様がないようでございます。太平洋生まれの

くじらさんは欧州には、特別の思い入れが、まだ見ぬものへの憧憬が

あるのでしょう。子供のように目をしばたかせていらしゃいます。

さりげなく、聞えてくるのは、「ピアノソナタ14番月光」

グレングールドのような自由な解釈、眠りを誘うような緩いテンポ、く

じらさんの憧れはふくらみ、ねこさんは空になったワイングラス片手に

うつらうつら。

「ひつじくん、ひつじくん、ねこちゃんが、寝ちゃったよ。まったく、

酒と音楽の力は絶大だね。ねこちゃんも、さあ、そんな簡単に寝ないで

おくれよ、不眠症じゃなかったんかい。どうしてこんなにも素直なんだ

ろう。勧められるままに飲んで、ひつじくんのピアノにKOされて。そ

んなんじゃ、世の中生きづらいぜ。

・・・だから、来るんだろうね、ここに、この店に。

そして馬鹿まじめに一杯のコーヒーを淹れる姿を遠目にぼんやり眺め

たり、目まぐるしい指の動きが、一転、ひとつの音を精一杯のやさしさ

で弾く、その瞬間に出会ってぞっとするほどココロ動かされたりする

んだ、ね、聞いているかい、ねこちゃん」

「起きているよ、起きているさ、聴いているよ、聞えているさ。すご

い、すごいよ、ひつじくん、ウットリしちゃう、それでいて、なんて悲

しいんだろうね、何だろうか、これが酔いというものなのかしら、いつ

にもまして、素晴らしく聞こえる、なんでだろう、なんでだろう、にゃ

あ、くじらさんよぉ、えぇ?」

ねこさんは、化け猫の眼でお隣のくじらさんを見つめます、がどうや

ら、焦点が合わないようでしきりにまばたきをなさっております。酒精

とは、げに恐るべきかな、素面ではいつもすましたお顔でたいへん気

取り屋のねこさんに野生丸出しの鋭い目つきをさせる、しかもくじらさ

ん相手に。ねこさんの野生はくじらさんを、お魚、と見たのでしょう

か、いや、酒精によって野生が狂わされたのでしょう。そして、この酒

精というものは神経質で不眠症気味のねこさんをこんなにも容易く眠り

の世界に誘う魔力を持っているのです。そんなねこさんは、というと、

酒精に翻弄されて、現実と狂気と無意識の三界の狭間で揺れ惑って

いるのでございます。

「やや、これは、ちょっと飲ませすぎたかな、眼がいっちゃってるじゃ

ないの、黙って寝てもらっていたほうがまだ、よかった。あー、ねこち

ゃん、いいかい、お酒の飲み方というのはね、ビールはまあ、ぐびぐび

やらないといけないけど、アルコールの強いものはね、ミルクじゃない

のだからね、ゆっくりと味わって飲むんですよ、ただ渇きを癒すために

飲むんじゃないんだね、心の渇きを癒す、ナンテ、カッコつけて言うと

そんな感じだね・・・」

くじらさんもねこさんの豹変ぶりに、さすがにぎょっとしたようで、態

度を軟化して諭すようにお酒の飲み方を講釈されましたが、ねこさんは

もはや別世界のお方、呆然と目を開けたまま俯いて、なにやら意味不

明のことをつぶやいたかと思うと、片肘をついてお眠りになってしまわ

れました。

「寝ちゃった・・・、完全に寝ちゃったよ、ねこちゃん、こねこちゃ

ん、仕方ない、もう寝かせておいていいよね・・・」

ねこさんの酒癖の悪さを察知したくじらさんは、すっかり気弱になっ

て、これ以上ねこさんを刺激することをやめにしたようで御座います。

ひつじさんの「月光」はいつのまにか、BILL EVANSの

「PeacePiece」に

そしてそれは、やがて、

「Gymnopedie」に。

ねこさんの邪魔にならないのように音は控えめで。

時間が、ゆっくりと流れます。

                             (続)           

くじら、ねこ 3

2007-02-25 04:40:55 | くじらねこ
しばらく、くじらさんはお一人で黙って例のドイツワインを三本、お空

けになりました。ゆっくりと味わって、つぶれているねこさんにお手本

を見せるように召しあがっておりました。とは言ってもものの17分42秒

で飲み干してしまうような量で御座います。くじらさんの特製ワイング

ラスはボトル一本が丁度はいるようになっておりまして、しかもギリギ

リ、表面張力で無理やり注いで一杯。日本酒ではないのですからとて

もお行儀が悪いことのように映りますが、くじらさんは、これに注ぐこ

とに無上のスリルを感じるようで、少ないと、ちっ、といまいましげに

舌打ちをし、多くて、あと数滴のところで溢れてしまったりしても、や

はり舌打ちですが、そのお顔は恍惚、といってもいいような表情をお浮

かべになるのです。

それから、ワインの、その輝きを3分半、長いときは4分を超えるほど、

じっとお眺めになります。ドイツワインは白といってもクラスの高いも

のほど黄金色になってゆきますので、その高貴とも言える色彩を印象

派を見るような目でご覧になるのが常でございます。照れ屋で見栄坊

なくじらさんは、他に知らないお客様がいらっしゃるときは決してなさ

いませんが、今のような時間で、いい気分にお酔いになるとこのような

ことをなさるのです。

お酒を注ぐこと、その色彩を愛でること、そしてそれをこころゆくまで

堪能すること。お酒を飲むというのはこういうことだよ、とまさにここ

において実践なさっているくじらさんでありますが、ねこさんは相変わ

らず、異界にて浮遊する悦びでご満悦の様子。

ひつじさんは「Days of Wine and Roses」をスローに、やがて軽快

に、そしてまだ艶っぽく、テンポを自在に操って、絶妙の演奏をいたし

ました。


「わたしも、あまりお酒はあまりいける口ではないのですが、酔うとい

うのは、今、演ったように一杯目のとろりとした気分から、やがて快活

になってゆき、そして心地よい疲れのような倦怠にたどり着く、そんな

感じでせうね」

普段は寡黙なひつじさんが、くじらさんをうれしがらせることを仰るの

で、くじらさんはまた、うれしはずかし、お話をおはじめになりまし

た。


・・・・・・・・・・・・・・・・・。



突然、音もなく、ミルクが溢れてまいりまして、私たちは、・・・・。






ミルクの海






しろく、白く、呑み込んで、沈んで、暗転。





都は、もう嫌になってしまっていた。無駄に大きくなった身体横たえ、

うつらうつらしながら、終わりの来るのを待っていた。

都の老舗カフェでは、眠れなくてイライラしているねこがくじら相手に

やつあたりしている。

「いったい、どれが、夢なんだろう。僕が、いつ眠ったと言うんだい」

くじらはなにも言わず、ただ曖昧にうなずいている。

ねこは気持ちを落ち着かせるために、ピアノの上ですねるように丸くな

っている。

「ひつじくんなにか、弾いてお呉れ」

ひつじは、2分半思案してから、あの曲を27回繰り返して弾いた。

そう、あなたが、ここに相応しいと思う曲を。

最後に、こう、弾き語った。

「赤かったね、君の嫌いなトマトより赤かった。

 それに、嘘をついた血よりみどりだったさ。

 君のせいではないよ。

 きみのせいではないんだよ。

 伝わるべきものは、結局、僕らの意思に依るしかないんだもの」

ねこは、眠らない。

くじらが、ビールを勧める。ありがとう、と言って首を振る。

ねこには、苦くて呑めないし、呑んだところでくじらの気持ちを汲むこ

とはできないから。悲しいことだけれども。

ねこは、ナア、と鳴いた。

このなきごえが、今のきもちに一番相応しかった。確かに。ミルクは足

りていなかった。

確かに、ミルク不足は深刻だった。新聞は連日、テレビでは緊急特番、

ありとあらゆるメディアが騒ぎ立てる。

当然配給になる。かれこれ、69日そんな日々が続いている。そのよう

な状況下、当然ここにもミルクはほとんどない。ねこは週1で無理を言

って飲ませてもらっている。

じっと白を見つめる、目をつむってゆっくり、飲み干す。

ためいき。

「しかし、ね、どいつもこいつも、ミルクのせいだと言うんだ、足りな

いのが原因なんだってね。違うよね、それは違う、僕は違うと思うん

だ」

とねこは憤慨。

「そうさね。わしらはミルク要らずだから、わかるよ」

くじらは82杯目のビール片手に眠そうな目で言う。

ひつじは、「MY FOOLISH HEART」をいかに弾くべきかずっと考えなが

ら、同じフレーズを82回も繰り返している。

「ミルクのことなんて、ほんの些細なことだよ、」

飽き飽きしたような口ぶりでくじらは言う。

「そんな大騒ぎすることでもない。どうかしている。もっと深刻な不足

があるってぇのに、ミルクのせいにばかりしていやがる」

ねこは、考えた。わからない、わからない。これは、夢、なのか。ねこ

のひげはひっきりなしに、神経質に動く。

「くじらさん、出来ました。私のMY FOOLISH HEARTが。いきますよ」

ひつじは唐突に弾き始める。

くじらは陶然と聴き入る。そして、言う。

「きっと、身体の大きな僕にしかわからないことなんだろうけど、夢か

ら醒めても、まだ夢のしっぽが、まだ身体のどこかに残っていて、ココ

ロをくすぐるんだ。だからわかる。かすかな感覚。そんな感じ、君には

あるかい?」

「じゃあ、これは、夢なの?どうしたら、わかるの?僕にはわからない

よ。さっきから、おかしいとは思っていたんだ。突然醒めるのかい?コ

インが転がっているような、頼りない心持ち。表?裏?それとも?僕の

この実在が信じられない。どうにもしっくりこないんだ。でもどうした

ら、抜け出せるんだ?」

慌てたねこは、ミルクの瓶、倒す。空の瓶から、ミルクがとめどなく溢

れ出す。沈む。




ミルクの海。

                               (続)

くじら、ねこ 4

2007-02-25 04:40:37 | くじらねこ
:@[;tra]===()8

*P*+{`&

-3wt-o@w4e]7q34;a

aaaa,ニぁ、ニィ、ナア。

猫は、夢を見ていたのだろう。

片目をあけ、しばらくじっとしていたが、動き出した。

猫はまた現実を生き始める。

猫は場末の飲み屋街をうろついている。

立ち食い蕎麦屋のおばちゃんには、ミケと呼ばれ、

パチンコ屋のにいちゃんには、エビ、

キャバクラのねえちゃんには、マサトと呼ばれている。

大概は無視して、走り去る。

神社では、目のぎょろりとした男が、一人、ビールを飲んでいた。

つまみを拝借したが、それ以上近づかなかった。

ひどくぎこちない感じの男だった。

猫の空腹は満たされなかった。糧をもとめ、また路地へと入って行っ

た。


・・・それでもひつじさんは弾き続けたのでございます。

彼が好きな曲、大事に思っている曲、

だれもが、あぁあれはいいよねという曲

いつか、ふっと耳に入ってきた、名も知らぬ曲

音楽室で、わけもわからず聴いたあの曲

そういえば、あの子が好きだった何とかと曲

胎内でおそらく響いていたであろう曲

あの夏の帰り道、流れていた曲

ああ、運動会でかかっていたっけこの曲

夢の中?緩い意識の中で聴いていた曲

寒い朝、自分のココロほぐす為聴きながら歩いていた、そのときの

あの曲

ひとりぼんやり、電車の中、座りたくても座れず、

ドアにもたれ掛かって聴いたっけあの曲・・・

延々と、途切れることなく弾くのです。

なにもかも、わかっているよ、君の苛立ち、後悔、あきらめ、

今は思い出したくないけど、いつかはまた振り返りたい過去、

ぼんやりした希望、すなわち夢想、

絶対にありえないからこそ思ってしまう事々、

だれも知らない、あの裏切り

せわしない日々は、すなわち無為であるともいえる常、

言うべきなのだろうけど、まだその時じゃないんだなどと勝手に

ひとり決めして結局は言わないこと、

もうどうにもならないと思っている自分にも気付きたくない自分、

怠惰、

気高さ=強情?

すべて、と言い切ってしまうのは、無知?

すべて、わかっているんだ、と思って、聴いていると、

感極まってしまいそうになりますが、ここは、堪えて、

自分のことに思いを馳せます。

珈琲を淹れる、あのネルの中は、ひとつの宇宙なのです。

あの中で起こっている生成流転。

偶然と必然に翻弄されつつも、淹れ続けるのです。

「。3”#(&$(=-0ZX+*P`Nnnn,MMAAA,・・・、 お茶、つめた

いの、ね」

ねこさんが、ようやく目を覚ましたようです。長い航海、お疲れ様。

ニルギリを濃い目に淹れて、目一杯、氷を入れたグラスに注いで急冷

します。冷た過ぎても、お腹によくありませんので、軽く混ぜたあと、

氷を少し残して取り除き、ねこさんに差し出します。

ねこさんはゴクゴク召しあがり、ふう、と一息つくと、また、

安息の世界へとお戻りになりました。夢、夢でもみているのでしょうか?


土手に上る階段の途中、耳のあたりがかゆかったので、

前足で掻いていた。

階段を上ってくる人間がいる。この時間になるとやってくるやつだ。

煩わしいので、草むらのほうに、避けた。

そいつは、いつものように早足で土手に駆けあがり、俯きながら、

または、夜空を仰ぎながら、歩いていった。

あとは、知らない。付いていったことはないし、付いていきたくもなし。



「山が好きでね。休みが取れると山に登るんだ。え?おかしい?

 そうかい?想像できないか・・・。まぁね、登るんだよ、ただただ

 登る。空を見上げてみたり、移ろいゆく木々を眺めたり、する。だ

 けどね、ただ登るのが好きなんだ。黙々と登る、登るということひと

 ことに没頭することで頭の中は、山の空気のように澄みきってくる。

 見晴らしのいいところから眺めるように頭の中の展望も開けてくる。

 海が、うっすらと遠く見える。海で生まれ、海で育った。今だって

 海で暮らしてる。ここからかすかに望む海は、なんだか悲しく懐かし

 いものなんだけれど、だからこそ勇気も湧いてくるような気がするん

 だ。」

ある日、くじらさんからそんなお話を伺いました。くじらさん、ねこさん、

そのほか常連のお客様はたくさんいらっしゃいますが、それぞれの方

がそれぞれに抱えているであろう心情のひとかけらを垣間見たようで、

居たたまれない、いとおしい気持ちが広がって沁み込んでいくようでし

た。

・・・ふと、こんなことも思い出しました。

何ヶ月か前のこと、ペンギンさんがふらりとこの店にお立ち寄りになっ

たことがあったのです。ペンギンさんは、たいへんお話好きで、くちば

しの動きが止まるのは、カシスミルクを飲むときだけでした。なんでも

彼は旅の途中で、たまには都に入ってみるのもよかろう、ということで

滅多にいらっしゃらない都の中心部を徘徊なさって居たそうでございま

す。ペンギンさんは、旅で得た様々のお話を私どもに惜しげもなく披瀝

してくださいました。

例えば、西洋のとある国の動物園にいるサルさんの郷愁について。

友人のペンギンさんが南の国に憧れて、必死の思いで旅費を貯め、いざ

かの地の辿りついたはいいが想像以上の暑さで、あんなに焦がれたビ

ーチに行ってもクーラーボックスからわずかに見遣るだけだったとい

う哀れなお話。(これはもしかすると、自身の体験談だったのかもしれ

ませんね。)

絶滅寸前のトキさん、あまりの外野のうるささに嫌気さし、「俺自身の

生き死に、てめぇらに関係ねぇ。先祖は江戸の空を自由に飛びまわっ

ていたってぇのによぉ、こいつらてんでわかっちゃいねえんだ」と愚痴

をもらしたという秘話。

じゃこさんの呟き。

いぬくんの寝言から読み取るフロイト的夢診断

うさぎさんの糞から読み取る詳細な健康状態。

かまきりさんの保険金の額。

かぶとむしさんの代々伝わる兜の文化史的価値。

国際政治史からみたブラックバスさんとわかさぎさん関係の今後の情勢。

アヒルおばあちゃんの智慧、などなど挙げればきりがありません。

しかしその多弁から、ペンギンさんの抱えている真情は聞くことができ

ませんでした。様々なお話を聞かせてくれるペンギンさんの目はキラキ

ラしていましたが、時折ふと見せる不安な眼差しに胸が締めつけられ

るようでした。

哀しいお方だ、と。

どうして差しあげることもできない切なさが、私の微笑を少しだけ歪め

ました。

すると、異様に遅いテンポで、「枯葉」が始まりました。私のココロを

見透かすように。

これほど名演の多い曲で、演り尽くされた感がありましたが、まだま

だ、こんな「枯葉」が散らずに残っていたのでした。

妖しく色づいた一葉一葉、枝から別れる瞬間の、声、死、離れ逝く切な

さ。

戻って往く感覚。輪廻りながら、落ちてゆく、悔いもない、恍惚。

そんな感覚が詰めこまれた演奏でございました。

誰ひとり声も出ず、指さえも動かさず、息を殺して、聴覚を、感覚を研

ぎ澄まして聞き入ってた。いや、ただひとり、ねこちゃんだけは、安ら

かな寝息を立てていた。

ねこちゃんには届いただろうか。全く届いてないかもしれない。でも、

もしかしたら届いているのだろうか。ひょっとしたら、ねこちゃんが、

一等、甘美な「枯葉」を眺めていたのかもしれないね。

8時を過ぎる頃になると、またお客様が入りだし、店も賑わってまいり

ます。すると、この大切なお客様との時間も終わることになるのでござ

います。

「ほら、行くぜ、ねこちゃん。お邪魔にならないうちにね。じゃ、ご馳

走様、ひつじくんもありがとう」

と私たちは微笑を交わします。

くじらさんはねこさんを抱え、颯爽とお帰りになりました。


お店は11時に閉めます。落としていた照明を戻して、お客様が、すべ

て帰られ、片付けが終わると、ひつじくんとわたくしは、カウンターに

座り一息入れるのが、常になっております。ひつじくんは甘くしたミル

クにマイヤーズを入れて、わたくしは、カルヴァドスのロックかペルノ

ーにグレープフルーツジュースを入れて飲んだりします。

ひつじくんは余ったチョコレートシフォンをつまみながら、

「ねこさんは大丈夫だったのでせうか?」と心配顔で呟きました。

「なに、あれくらいなら、へいちゃらです。仕合わせそうなお顔でした

 よ。不眠のクスリですよ。」

「薬のほうが、クセになってしまったり・・・」

「大丈夫ですよ。くじらさんがついていれば。それよりひつじくんの

 ピアノの方が良い薬になっていたみたいですよ。」

ひつじくんは照れて俯きながら、

「いえ、自分は、まだ、じ、自己満足の域を出ておりませんから・・・」

と、どもりながら仰います。

「そうですか?この店にいたみんな、ウットリしていましたよ。」

「え、いや、そっそんな、いやいや、私、鳥渡、着替えてまゐります。」

ひつじくんは慌ててバックルームへ消えてしまいました。

そして、わたくしは、カルヴァドスをひとくち含んで酒瓶の色をライト

に透かしてみたり、棚にあるジノリのカップなどを何とはなしに眺めた

りいたします。


これがわたくしの、日常でございます。

そして、きっとあなたは、いつかこのお店を見かけます。

                            (了)


結ぶ

2007-02-16 10:43:06 | 太宰
「おむすびが、どうしておいしいのだか、知っていますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ」

太宰治『斜陽』

おにぎりを握っている姿を眺めていたら、泣きそうになった。

どうして、この言葉に心動くのだろう
当たり前のことだ
なんてことのない内容

太宰さんの言葉の並べ方、リズムだろうな












斜陽

新潮社

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