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aaaa,ニぁ、ニィ、ナア。
猫は、夢を見ていたのだろう。
片目をあけ、しばらくじっとしていたが、動き出した。
猫はまた現実を生き始める。
猫は場末の飲み屋街をうろついている。
立ち食い蕎麦屋のおばちゃんには、ミケと呼ばれ、
パチンコ屋のにいちゃんには、エビ、
キャバクラのねえちゃんには、マサトと呼ばれている。
大概は無視して、走り去る。
神社では、目のぎょろりとした男が、一人、ビールを飲んでいた。
つまみを拝借したが、それ以上近づかなかった。
ひどくぎこちない感じの男だった。
猫の空腹は満たされなかった。糧をもとめ、また路地へと入って行っ
た。
・・・それでもひつじさんは弾き続けたのでございます。
彼が好きな曲、大事に思っている曲、
だれもが、あぁあれはいいよねという曲
いつか、ふっと耳に入ってきた、名も知らぬ曲
音楽室で、わけもわからず聴いたあの曲
そういえば、あの子が好きだった何とかと曲
胎内でおそらく響いていたであろう曲
あの夏の帰り道、流れていた曲
ああ、運動会でかかっていたっけこの曲
夢の中?緩い意識の中で聴いていた曲
寒い朝、自分のココロほぐす為聴きながら歩いていた、そのときの
あの曲
ひとりぼんやり、電車の中、座りたくても座れず、
ドアにもたれ掛かって聴いたっけあの曲・・・
延々と、途切れることなく弾くのです。
なにもかも、わかっているよ、君の苛立ち、後悔、あきらめ、
今は思い出したくないけど、いつかはまた振り返りたい過去、
ぼんやりした希望、すなわち夢想、
絶対にありえないからこそ思ってしまう事々、
だれも知らない、あの裏切り
せわしない日々は、すなわち無為であるともいえる常、
言うべきなのだろうけど、まだその時じゃないんだなどと勝手に
ひとり決めして結局は言わないこと、
もうどうにもならないと思っている自分にも気付きたくない自分、
怠惰、
気高さ=強情?
すべて、と言い切ってしまうのは、無知?
すべて、わかっているんだ、と思って、聴いていると、
感極まってしまいそうになりますが、ここは、堪えて、
自分のことに思いを馳せます。
珈琲を淹れる、あのネルの中は、ひとつの宇宙なのです。
あの中で起こっている生成流転。
偶然と必然に翻弄されつつも、淹れ続けるのです。
「。3”#(&$(=-0ZX+*P`Nnnn,MMAAA,・・・、 お茶、つめた
いの、ね」
ねこさんが、ようやく目を覚ましたようです。長い航海、お疲れ様。
ニルギリを濃い目に淹れて、目一杯、氷を入れたグラスに注いで急冷
します。冷た過ぎても、お腹によくありませんので、軽く混ぜたあと、
氷を少し残して取り除き、ねこさんに差し出します。
ねこさんはゴクゴク召しあがり、ふう、と一息つくと、また、
安息の世界へとお戻りになりました。夢、夢でもみているのでしょうか?
土手に上る階段の途中、耳のあたりがかゆかったので、
前足で掻いていた。
階段を上ってくる人間がいる。この時間になるとやってくるやつだ。
煩わしいので、草むらのほうに、避けた。
そいつは、いつものように早足で土手に駆けあがり、俯きながら、
または、夜空を仰ぎながら、歩いていった。
あとは、知らない。付いていったことはないし、付いていきたくもなし。
「山が好きでね。休みが取れると山に登るんだ。え?おかしい?
そうかい?想像できないか・・・。まぁね、登るんだよ、ただただ
登る。空を見上げてみたり、移ろいゆく木々を眺めたり、する。だ
けどね、ただ登るのが好きなんだ。黙々と登る、登るということひと
ことに没頭することで頭の中は、山の空気のように澄みきってくる。
見晴らしのいいところから眺めるように頭の中の展望も開けてくる。
海が、うっすらと遠く見える。海で生まれ、海で育った。今だって
海で暮らしてる。ここからかすかに望む海は、なんだか悲しく懐かし
いものなんだけれど、だからこそ勇気も湧いてくるような気がするん
だ。」
ある日、くじらさんからそんなお話を伺いました。くじらさん、ねこさん、
そのほか常連のお客様はたくさんいらっしゃいますが、それぞれの方
がそれぞれに抱えているであろう心情のひとかけらを垣間見たようで、
居たたまれない、いとおしい気持ちが広がって沁み込んでいくようでし
た。
・・・ふと、こんなことも思い出しました。
何ヶ月か前のこと、ペンギンさんがふらりとこの店にお立ち寄りになっ
たことがあったのです。ペンギンさんは、たいへんお話好きで、くちば
しの動きが止まるのは、カシスミルクを飲むときだけでした。なんでも
彼は旅の途中で、たまには都に入ってみるのもよかろう、ということで
滅多にいらっしゃらない都の中心部を徘徊なさって居たそうでございま
す。ペンギンさんは、旅で得た様々のお話を私どもに惜しげもなく披瀝
してくださいました。
例えば、西洋のとある国の動物園にいるサルさんの郷愁について。
友人のペンギンさんが南の国に憧れて、必死の思いで旅費を貯め、いざ
かの地の辿りついたはいいが想像以上の暑さで、あんなに焦がれたビ
ーチに行ってもクーラーボックスからわずかに見遣るだけだったとい
う哀れなお話。(これはもしかすると、自身の体験談だったのかもしれ
ませんね。)
絶滅寸前のトキさん、あまりの外野のうるささに嫌気さし、「俺自身の
生き死に、てめぇらに関係ねぇ。先祖は江戸の空を自由に飛びまわっ
ていたってぇのによぉ、こいつらてんでわかっちゃいねえんだ」と愚痴
をもらしたという秘話。
じゃこさんの呟き。
いぬくんの寝言から読み取るフロイト的夢診断
うさぎさんの糞から読み取る詳細な健康状態。
かまきりさんの保険金の額。
かぶとむしさんの代々伝わる兜の文化史的価値。
国際政治史からみたブラックバスさんとわかさぎさん関係の今後の情勢。
アヒルおばあちゃんの智慧、などなど挙げればきりがありません。
しかしその多弁から、ペンギンさんの抱えている真情は聞くことができ
ませんでした。様々なお話を聞かせてくれるペンギンさんの目はキラキ
ラしていましたが、時折ふと見せる不安な眼差しに胸が締めつけられ
るようでした。
哀しいお方だ、と。
どうして差しあげることもできない切なさが、私の微笑を少しだけ歪め
ました。
すると、異様に遅いテンポで、「枯葉」が始まりました。私のココロを
見透かすように。
これほど名演の多い曲で、演り尽くされた感がありましたが、まだま
だ、こんな「枯葉」が散らずに残っていたのでした。
妖しく色づいた一葉一葉、枝から別れる瞬間の、声、死、離れ逝く切な
さ。
戻って往く感覚。輪廻りながら、落ちてゆく、悔いもない、恍惚。
そんな感覚が詰めこまれた演奏でございました。
誰ひとり声も出ず、指さえも動かさず、息を殺して、聴覚を、感覚を研
ぎ澄まして聞き入ってた。いや、ただひとり、ねこちゃんだけは、安ら
かな寝息を立てていた。
ねこちゃんには届いただろうか。全く届いてないかもしれない。でも、
もしかしたら届いているのだろうか。ひょっとしたら、ねこちゃんが、
一等、甘美な「枯葉」を眺めていたのかもしれないね。
8時を過ぎる頃になると、またお客様が入りだし、店も賑わってまいり
ます。すると、この大切なお客様との時間も終わることになるのでござ
います。
「ほら、行くぜ、ねこちゃん。お邪魔にならないうちにね。じゃ、ご馳
走様、ひつじくんもありがとう」
と私たちは微笑を交わします。
くじらさんはねこさんを抱え、颯爽とお帰りになりました。
お店は11時に閉めます。落としていた照明を戻して、お客様が、すべ
て帰られ、片付けが終わると、ひつじくんとわたくしは、カウンターに
座り一息入れるのが、常になっております。ひつじくんは甘くしたミル
クにマイヤーズを入れて、わたくしは、カルヴァドスのロックかペルノ
ーにグレープフルーツジュースを入れて飲んだりします。
ひつじくんは余ったチョコレートシフォンをつまみながら、
「ねこさんは大丈夫だったのでせうか?」と心配顔で呟きました。
「なに、あれくらいなら、へいちゃらです。仕合わせそうなお顔でした
よ。不眠のクスリですよ。」
「薬のほうが、クセになってしまったり・・・」
「大丈夫ですよ。くじらさんがついていれば。それよりひつじくんの
ピアノの方が良い薬になっていたみたいですよ。」
ひつじくんは照れて俯きながら、
「いえ、自分は、まだ、じ、自己満足の域を出ておりませんから・・・」
と、どもりながら仰います。
「そうですか?この店にいたみんな、ウットリしていましたよ。」
「え、いや、そっそんな、いやいや、私、鳥渡、着替えてまゐります。」
ひつじくんは慌ててバックルームへ消えてしまいました。
そして、わたくしは、カルヴァドスをひとくち含んで酒瓶の色をライト
に透かしてみたり、棚にあるジノリのカップなどを何とはなしに眺めた
りいたします。
これがわたくしの、日常でございます。
そして、きっとあなたは、いつかこのお店を見かけます。
(了)