知って得する!トリビアの泉
■コレがあったら、生活が、楽しくなる商品を、紹介しています。
■身近な出来事や、最近のニュースを面白く書いています。 ■ブログを探すには、人気blogランキングへ をクリックして下さい。
 



 トレーニングジムのトランポリンで、一人の少年が、夢中になって跳んでいる。彼は運動神経、抜群の、将来の野球選手を期待された野球少年であった。中学3年の彼は、時速132kmの速球を投げるという。「あ、危ない。」今まで2回転ジャンプや、2回転ひねりなど、簡単に、こなしていた彼が、頭から落ちたのである。「こら、えらいこっちゃ。救急車 救急車や、早く電話してくれ。」回りは、えらい騒ぎになった。本人はというと、頭をプレートにぶつけたショックで、頚椎を損傷したらしい。”ボキッ”という、首の骨が折れる音が、まともに、聞こえたらしい。その直後から、下半身完全麻痺になり、指も動かなくなってしまった。脊髄損傷者の誕生である。彼の首が折れてから、気がつくと、病院にいた。左右の頭蓋骨に穴を開けられ、両方に重りが吊られていた。頭が動かないように、固定するためだ。病院に運び込まれてから、3日目の出来事であった。これが、彼が体験した第1回目のよみがえりである。11月の快晴の日であった。

 ここに、彼の才能に惚れ込んでいる、先生が一人いる。彼は、サッカーの顧問をしていた。彼は少年を見るたびに、サッカー部に入らないかと、声をかけていたらしい。少年は運動神経 抜群のために、野球をやっても、サッカーをやっても、彼が入るだけで、一番になれるのである。今でいう、スーパースターである。その先生の車の中には、すぐに着替えられるように、いつも、喪服が、つんであったという。先生は残念で、たまらなかったことだろう。

 スーパースターが、言ってたことだが、最初、彼は、京都の五条病院に、担ぎ込まれたそうだが、手に負えず、第二日赤病院へ転院した。そこでのエピソードを紹介しよう。当時、ノーベル物理学賞を取った、湯川秀樹博士が、入院していた病院も、ここらしい。その時の見舞客よりも、スーパースターのほうが、多くの見舞客が来てくれたらしい。やっぱり、みんなスーパースターが好きみたいだ。

 彼と一緒にトランポリンをしていた仲間が、ショックで行方不明になったらしい。それも、そのはずだ。彼が頭から落ちて、助けを求めているときに、「大丈夫やで。首の調子なんか、帰ったら直ってるわ。」と、言ったらしい。罪の意識に苛まれたのか、しばらくの間、姿をくらましたらしい。

 23歳になった彼は、奥様と出会った。私は思う。彼の前向きな生き方に、奥様が惚れられたのだと。奥様の献身的な姿を見るたびに、そう思う。下半身完全麻痺で、指が動かないので、自宅では、たぶん、何から何まで、やってもらっているのでしょう。羨ましい限りである。作業療法士である彼女は、気持ちが大きい人で、頼りがいがある。甘えている代表の顔が、見えてきそうである。この彼女と、一緒に生活されるのは、代表が30歳のときである。

 この30歳の時に、代表の身に大変なことが起こる。いつも車いすに座っているので、お尻が、床ずれになってしまった。運が悪いことに、そこから、菌が入ってしまったのである。菌は血液の中でドンドン増殖し、代表を苦しめた。このときにも、よみがえった体験があるのである。一緒に生活しようと思った矢先の出来事であるから、奥様の心を察すると、涙が出てくる。今年で代表は40歳である。この間の生活は、相思相愛という4文字が一番似合う、ご夫婦であった。これからも、ズート 変わらず、愛を育んでいってください。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« ATOK17の使い心地 初めてネクタ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。