あの日 鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の想い - blog -

てんかん無申告で運転免許を不正取得したクレーン車の運転手により、登校中の児童6人が歩道上で轢き殺された事故【遺族ブログ】

事故原因の本質に目を向け、本気になるということは

2014-11-25 | 日記
警視庁が「安全運転呼びかけ隊」結成
TBS Newsi (25日20:23)

 通学路での子どもの交通死亡事故が相次いでいることを受け、警視庁は「安全運転呼びかけ隊」を結成し、通学路での安全運転を呼びかける取り組みを始めました。

 今年9月、東京・世田谷区で下校途中の小学生の児童3人に軽トラックが突っ込み、児童1人が死亡した事故を受け、警視庁は25日、事故にあった児童らが通っている小学校の保護者や地域のボランティアとともに「安全運転呼びかけ隊」を結成しました。

 任命された隊員はおよそ60人で、『下校時間です』『子どもが通行しています』などと書かれたプラカードを持って通学路に立ち、乗用車や自転車に対し安全運転を呼びかけました。

 警視庁は、子どもたちが安心して通学できるよう、こうした活動を都内全域に広げていきたいとしています。(25日20:23)




 
 
夕刻、このニュースを見て、素晴らしい取り組みだと思った。
通学路での子どもの交通死亡事故が相次いでいることを受け、
警視庁の取り組みには感謝したい。
やろうとする一歩、その気持ちに感謝したい。
 
「同様の悲劇を二度と繰り返してはいけない・・・」
僕自身そう強く願っている。
きっと全国の交通事故ご遺族の方々もそう思っているはずだ。

でも、現実として、この事故もそうだが、悲惨な事故は繰り返されている。

それは何故か・・・
このニュースを見て、違和感を感じてしまうのはなぜだろう・・・
『下校時間です』
『子どもが通行しています』
確かにそう感じて減速してくれるドライバーもいるだろう。
でも、やっぱり保護者や地域の方の声掛けだけでは限界を感じてしまう。

 
事故原因の本質は何だったのか?
公表されていないのでわからないが、もし、抜け道を猛スピードで走っていた事が原因ならば、警察には、もっと頑張ってもらいたい。
保護者さんが一生懸命声をかける事は素晴らしい取り組みだが、その前に警察さんがやれることもあると僕は思う。
警察官が、頻繁に通学時間帯に街頭に立っていてくれるだけでも、スピードの抑止効果があるのではないだろうか。
限られた人数で大変だろうが、パトカーで頻繁に巡回を行うことも有効だと思う。
まず、警察さんが本気度を示してほしい・・・
そして、将来的には、警察だけでなく、車のメーカーが、30km規制の道路であれば、アクセルをいくら踏んでも30kmしか速度が出ない車の開発をしてほしい。

 
事故原因の本質に目を向け、本気になるということは、
そういうことではないのだろうか。
命の尊さを考え、本気になるということは、
そういうことではないのだろうか。




 
 
 

 





 




栃銀陽南支店で犯罪被害者等支援パネル展 栃木県内民間企業で初

2014-11-18 | 日記
栃銀陽南支店で犯罪被害者等支援パネル展 栃木県内民間企業で初
下野新聞SOON(11月18日)
「犯罪被害者等支援パネル展」(被害者支援センターとちぎ主催)が17日、宇都宮市宮本町の栃木銀行陽南支店1階ロビーで始まった。21日まで。
 同展は犯罪被害者の現状や支援の必要性を理解してもらうため、県内の民間企業で初めて開催された。会場には2011年4月、鹿沼市のクレーン車事故の被害児童6人に関するパネルが展示され、遺影や遺族の手紙などが来場者に命の尊さと悲しみを伝えている。
 同支店の山崎宣明次長は「地元企業として、県内で起きた事件事故の被害者の現状を多くの人が理解してくれる手助けになれたら」と説明する。同展は午前9時~午後7時(最終日は同4時)。入場無料。



 各市町村などで実施されていた巡回パネル展。
 今まで気が付きませんでしたが、銀行などは、多くの人が訪れる場所であるので、事件や事故の悲惨さを多くの人に知っていただくには有効な場所であると思います。
 クレーン車事故から3年半が経ち、だんだんと遠い昔の出来事のようになっていってしまう世の中にあって、「県内で起きた事件事故の被害者の現状を多くの人が理解してくれる手助けになれたら」と、悲惨な事件や事故を無くすために、県内初という一歩を踏み出して下さった企業のトップの方々がいることを本日の新聞報道で知り、被害者の親であり悲惨な事件や事故の撲滅を願う者としては、大変ありがたいと感じました。

「真剣に悲惨な事件事故を無くしたい」と感じ、願う心・・・
そしてその一歩を踏み出すことの意義・・・

 本日18日は6人の子ども達の月命日。
 私自身子を亡くし、それでも生きていかなくてはならない現状に苦悩しながらこれまで生きてまいりましたが、この報道を通じ、二度とこのような悲惨な事故を繰り返さないため、悲惨な事故の現状や、そんな事故に巻き込まれてしまった被害者本人や家族のその後の苦しみを伝えていくこと・・・命の尊さを伝えることの大切さ・・・そのことにも力をいただいた気持ちになりました。
 
 
 

 



横田めぐみさん 15日で拉致37年 前日に父に贈り物

2014-11-15 | 日記

横田めぐみさん:15日で拉致37年 前日に父に贈り物
毎日新聞 2014年11月14日 07時00分(最終更新 11月14日 08時35分)

1977年11月、新潟市で横田めぐみさん(行方不明時13歳)が北朝鮮に拉致されてから、15日で37年を迎える。先月末、10年ぶりに日本政府の代表団が訪朝したものの、家族が待ち望む進展はなかった。「もう一度、この腕で抱きしめたい。それまでは、一生懸命頑張って生きないと」。父滋さん(82)と母早紀江さん(78)はその一心で、娘の帰りを待ち続けている。

 「毎日持ち歩いていたから、だいぶ汚れてしまったな」。滋さんは、携帯用のくしを見つめた。茶色い革製のケースは少し黒ずんでいる。拉致される前日の77年11月14日。45歳の誕生日にめぐみさんからプレゼントされた。「これからはおしゃれにも気をつけなきゃだめよ」。中学生になり、急に大人びた言葉が胸に残る。うれしくてその夜は大好きなビールが進んだ。翌日、姿が見えなくなるとは思ってもいなかった。

 97年に拉致の疑いが浮上してから、滋さんと早紀江さんは全国を飛び回り、拉致問題の解決を訴えてきた。しかし最近は高齢による体力の限界を感じる。10月には滋さんが自宅近くで転倒し、前歯を折るけが。早紀江さんも声が思うように出なくなってきたという。政府代表団帰国後の説明会ですら、通院のため二人して欠席した。「このままではめぐみを助け出す前に私たちが倒れてしまう」。年内の講演活動の休止を決めた。

 37年前の新潟での夜を忘れることはない。「めぐみちゃん、どこにいるの」。震える手で懐中電灯を握り、廃業したホテルや空き地、松林に囲まれた神社、人けのない海岸を、家族で捜し回った。「寒くて真っ暗で、思い出すのもつらい」と早紀江さんは言う。

 あの日から、滋さんはスーツの胸ポケットに、プレゼントされたくしを入れて持ち歩いた。「そんなにとかしたりはしないんだけどね。時々触ったりしていた」。ケースは所々すり切れている。傷まないよう、最近はめぐみさんの写真を飾った自宅の棚の一番上の引き出しにしまっている。

 滋さんは、きょう14日で82歳。37年の間に髪は白く染まったが、くしの歯は1本も欠けていない。「すごく丈夫なくしなんです」と滋さんは笑みを浮かべた。早紀江さんは「こつこつためたお小遣いで、お父さんのためにくしを買ったこと、めぐみちゃんも覚えているかな。きっと、覚えてくれているよね」。【斎川瞳】


 

37年もの長い間のご両親の愛する我が子への想いを考えたら、コメントする言葉もみつからない・・・
胸が苦しい・・・

スマートフォン

2014-11-13 | 日記
おねえちゃんがスマホばっかりやってて、
勉強もしないで、ママに怒られている時・・・
そんな時は、スマホを買ってあげたのは自分だから、少し、申し訳ない気持ちになる。

でも、もう一人の自分は、
友達とLINEしてるおねえちゃんは、それでも生きているんだし、大人からしたら多分、どうでもいいくだらない内容のLINEのやりとりなのかもしれないが、それでも友達がいなかったらLINEだってできないだろうしなんて思って、そんなことにも、おねえちゃんと一緒にいてくれる友達がいてくれるっていうことに幸せを見い出してしまう。

一般的に考えたら、おかしい感覚なのかもしれないし、親としては、注意するのが当然で、間違った考えなのかもしれないけれど、そんな感覚になってしまう。

ご飯をたべて、だらだらテレビを観て、テストの前に勉強もしないで寝ちゃって、いい点数がとれなくて、ママに嫌味を言われていても、
「それでもいいんじゃないかな」
「学校から無事帰ってきて、こたつで眠くなっちゃって、寝ちゃっていたとしても、それでもいいんじゃないかな」
「生きていて、僕らのそばにいてくれて、笑っていてくれたら、それでいいんじゃないかな」 
そんな気持ちになっている自分がいる。

もし、大芽が生きていて、普通の家庭のような生活をしていたら、きっと、「勉強しろ!スマホ取り上げるぞ!」なんてガミガミ怒っているのだと思う。
でも、そんな気持ちが湧いてこない・・・

勉強が出来なくてもいいということはないが、
おねえちゃんが元気でいてくれて、テレビを観たりしてママと一緒に笑っていたり、
がんばって駅伝に参加してたり、一緒に映画や買い物に行ったりする友達がいてくれたり、
そしてなによりも、朝、「行ってきます」って言って出て行ったら、「ただいま」って言って学校から帰ってきてくれたら、それだけで十分幸せって思ってしまう。

そんな自分がいる・・・
 



無免許・危険運転・事故発生時刻は午前7時10分ごろ・・・

2014-11-08 | 日記
県内初の病気による危険運転致傷容疑で男を逮捕 足利署
下野新聞SOON 11月4日16:29配信
足利署は4日、自動車運転処罰法(無免許危険運転致傷)の疑いで、宇都宮市宝木町2丁目、無職木村涼容疑者(23)を逮捕した。
 逮捕容疑は9月27日午前7時10分ごろ、足利市鹿島町の道路で、普通乗用車を無免許で運転中、病気の影響で車を暴走させ、信号待ちのため減速中の普通乗用車に追突させて、その衝撃で同車を前に押し出し、信号待ちで停車中の軽乗用車に追突、それぞれの運転手に頚椎ねんざなど約2週間のけがをさせた疑い。
 同署によると、5月20日に自動車運転処罰法が施行された後、同法の病気による無免許危険運転致傷での逮捕は県内初めてという。



3年前の平成23年4月18日、同じ栃木県の北押原小学校に集団登校していた小学生6名が、持病のてんかん無申告で運転免許を不正に取得したクレーン車の運転手に歩道上で轢き殺された事故、そして、その後の私達遺族の法改正に向けた署名活動や、事故撲滅を願う全国の方々の署名活動への署名協力を、この運転手はどのように見ていたのだろうか・・・

 
今回の事故は、被害者が2週間のけがをされたようだが、たまたまけがだったというだけの事・・・
けがだったからよかったということはないし、事故発生時刻は午前7時10分ごろ・・・
もしかしたら、私達の子供と同様に集団登校をする小学生の列に突っ込んでいたのかもしれないのです。

私達が、何度も何度もテレビや新聞の取材で繰り返してきた言葉、
「事故は、被害者も加害者もひとつもいいことはありません」

 
たった一つしかない命・・・
一人にたった一つしかない命は
失ってしまったら、もう二度と取り返すことも
ゲームのようにリセットすることもできないのです。
 

私達の子供たち6人の命は、9歳から11歳で、てんかん無申告で運転免許を不正に取得したクレーン運転手の身勝手な危険運転行為により、突如、奪われてしまいました。
子ども達は、あの日、重量12tものクレーン車に轢かれ、どんなに恐怖を感じたのでしょうか。
子ども達は、どれだけパパやママに助けを求めたでしょうか。
子ども達は、どんなに生きたかったことでしょうか。
生きていれば、今、私たち家族とどんな生活を送っていたのでしょうか。
私達は、子どもの命を奪われ、この先の人生をどのように生きていけばいいのでしょうか。
3年経った今も、毎日毎日そのことを考え、悩み、もがき苦しんでいます。
 


我々の時のような持病無申告のクレーン車の運転手や、今回のような無免許運転手があとどのくらい存在し、運転しているのかわかりませんが、運転手自身の命も含め、ひとりにたった一つしかない”命の大切さ””命の尊さ”をもう一度考えてほしいと心から願います。 
 

あの日 鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の想い

 

 
 





鹿沼市 交通安全市民大会

2014-11-03 | 日記
本日は、公益社団法人 被害者支援センターとちぎ
事務局長の和氣みち子さんの講演を聴きに、
鹿沼市 「交通安全市民大会」 に参加してきました。

私自身、初めて知りましたが、交通安全市民大会は毎年開催されているものではなく、
前回は、交通事故が多かった平成17年度に開催されており、今年度は9年ぶりの開催とのことです。


大会趣旨は添付写真のとおりですが、栃木県では、本年上半期の人口10万人あたりの交通事故による死者数が 全国ワースト2位 にあり、また、鹿沼市においても既に昨年1年間の死者数以上もの尊い命が、交通事故により失われていることから、交通事故の悲惨さを再認識し事故防止の運動を展開していくため「交通安全市民大会」を開催するとの事でした。



 
本日は、交通事故に関心の高い方々や交通安全に取り組む関係者の方々の参加だったと思いますが、休日でありながら、このような取り組みをされ、殺人事件や6児童クレーン車死亡事故が起こってしまった鹿沼から、交通事故撲滅のため”命の大切さ”を発信することは、とても有意義な取り組みであると感じました。

 

特に、和氣さんの講演では、ご自身の悲しい体験をお話しされたうえで、
14年経った現在も癒えることなない悲しみや、被害者の一生続く悲しみ苦しみ・・・
愛する娘さんがいなくなってしまってから生活は一変し、家族がバラバラになってしまった体験・・・
笑顔も消え、生きるのが精いっぱいという被害者の現状をお話ししていただき、私自身の生活にも重ね、我々被害者が伝えることのできない声なき声を伝えていただいた思いがしました。
講演内容は「犯罪被害者の心情と現状」、自身の体験を話すこと・・・伝えるということは、同時に、愛する我が子が亡くなった時のそのシーンや、あらゆる場面での辛い感情を思い出すということです。

和氣さん自身お辛いでしょうのに、本当に頭が下がります。


 
講演の中で和氣さんは、被害者支援センター等の活動や講演などをされる際、ご家族に、「それをやったところで娘は返ってこない」と反対されたそうですが、「悲惨な事故を無くさなければならない」、「同じ思いをほかの人にはしてほしくない」、という思いを伝えていかなくてはならないと思ったとお話しされていました。
私自身も、悲惨な事故で亡くなった我が子の写真をパネル展示として皆さんに見ていただくということ・・・本当は複雑な思いもあります・・・

しかし、クレーン車を運転する”大人”がルールを守らなかったことで運転中に発作を起こして歩道に突っ込み、集団登校していた小学生6人が歩道上で轢かれるという鹿沼で起こってしまったこんなにも理不尽な事故・・・、このような悲惨な事故を、もう二度と、もう二度と繰り返してほしくない。
こんな悲しく辛い思いは誰にもしてほしくない。
命の尊さを考え、”大人”がルールを守って運転してほしい。
そういう思いだけでセンターさんの活動に参加させていただいているのだと思います。

命は一人に一つしかない大切な大切なものだから・・・



【被害者支援パネル展】
平成26年11月3日(月)~平成26年11月12日 開催
まちの駅 新・鹿沼宿