新幹線〔はやて11号〕 11B列車 [E2系J3編成] (仙台)
新幹線を仙台で下車。レンタカーを借りる。仙台の街を走るのは初めて。日本製紙クリネックススタジアム宮城(宮城球場)をチラッと見てから、国道45号を東へ。仙台港北IC付近を過ぎると仙台市から多賀城市へ。そして塩竈市へ。近道の表示に従い、国道から離れる。塩竈市内で国道45号は大きく曲がっている。近道も曲がっているのだが。東塩釜駅手前で国道45号に合流。東北本線、仙石線、国道45号が並んで、塩竈市より利府町に入る。鉄道の車窓から何度も眺めた松島湾と島々が見える。陸前浜田駅を過ぎると、鉄道は国道と離れる。利府町より松島町へ。ここから見る松島が何とも美しい。今年6月1日にも訪れた松島海岸付近を走る。観光客は多いようだが、建物が歯抜け状態になっている。6月にはあったが、被災して営業できなくなった商店等が取り壊されたようだ。
松島より国道を離れ、仙石線に沿った県道を走る。仙石線は松島町の高城町駅以東が不通となっている。この不通区間に沿ってゆくつもりだったが、道路が冠水して通行止めとの表示がある。塩水か真水か知らないが、先へ行くことは断念して、内陸部を通る国道45号に戻って迂回する。道路が少し混んできた。橋梁になっている三陸自動車道も渋滞しているのが見える。松島北IC付近を過ぎると、国道の流れはよくなったが、高速はノロノロ運転である。松島町より東松島市に入る。吉田川・鳴瀬川沿いに出る。鳴瀬大橋は渡らず、国道と分かれて河口方面へ。仙石線の橋梁が見える。ここも不通区間である。冠水している田んぼ、津波で大きく壊れている建物も見られる。それを撮影している人も。とりあえず海岸沿いへ。途中で舗装道路からダートになった。昨年5月に訪れた野蒜海岸に到着した。
風景は一変していた! (宮城県東松島市野蒜)
水が溜まっているところが、野蒜駅への道路。ちょっと通れそうに無い。
舗装道路は砂利道になっていた!
ここまで平成23年9月24日撮影
ここを大津波が襲ってきたのだ。去年の写真と比べると、道路状態はもちろん、松林の松が減っているのが分かる。
《震災前の写真》 平成22年5月30日撮影
野蒜海岸 (宮城県東松島市野蒜) 平成23年9月24日撮影
平成23年9月24日撮影
海岸は変わらないように見えるが、この海から大津波がやってきた。
《震災前の写真》 平成22年5月30日撮影
《震災前の写真》 平成22年5月30日撮影
仙石線 野蒜駅 (宮城県東松島市野蒜字北余景) 平成23年9月24日撮影
海岸から野蒜駅への道が冠水しているので、鳴瀬川河口付近に戻り、迂回して東名運河沿いに駅へ向かう。駅の前まで来ていたが、一瞬同じ場所だと気付かなかった。駅舎は残っているが、辺りの景色が変わっている。
《震災前の写真》 平成22年5月30日撮影
東名運河 (宮城県東松島市野蒜) 平成23年9月24日撮影
《震災前の写真》 平成22年5月30日撮影
駅より海岸へ向かう道路! 平成23年9月24日撮影
以前は松林は鬱蒼としていたし、建物ももっとあったのだ。
《震災前の写真》 余景の松原 (宮城県東松島市野蒜)
平成22年5月30日撮影
野蒜駅舎の内部! 平成23年9月24日撮影
構内では架線が垂れ下がっていた! (野蒜)
平成23年9月24日撮影
プラットフォーム側から見た駅舎 (野蒜)
平成23年9月24日撮影
今も高城町-矢本間は不通となっている! (野蒜)
平成23年9月24日撮影
《震災前の写真》 仙石線 普通 1023S列車 [205系車両] (野蒜)
平成22年5月30日撮影
石巻方を望む (野蒜) 平成23年9月24日撮影
あおば通・仙台方を望む (野蒜) 平成23年9月24日撮影
実際に被災地にやってきて、ただただ恐ろしいと思う。改めて震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災者の方々にお見舞い申し上げます。
(つづく)