Marisapo.net | 横浜F-マリノスサポーターブログ

マリノスの記事を中心に、映画や雑感、お知らせなどを掲載。

私にとっての松田直樹

2012-08-04 10:18:53 | 松田直樹
ツイッターで書いた事なんだけど、ちょっと残しておきたいと思って。
それでは・・・

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なんだよあいつ。またかよ。違うだろ。

そんな言葉をよく浴びせていた様に思う。

歳が近いせいか、火傷する様な熱い闘志を持て余す彼を、好きとかという感情はかなりの期間なかった。今度は坊主で、今度は金髪?ちゃんとヤレよ、頼むよ。

しかし、今振り返れば、サッカー選手にとって一番大事なものを彼は持っていた。上手い選手は昔に比べて増えた。だけど、俺の心を掻き乱す様なヤツがマリノスにも代表にも欠けている様に思う。


マツはサインしない時期があった。
確かオークションに出された、とかかな。

開幕前に怪我をしたマツ。

みんなが練習を終わった後、一人もくもくと東戸塚のグラウンドを周回する。スタンド近くに来る度に何か応援だか歓声を上げていた。

選手のサインの貰い方がわからない当時、帰っていく選手の車を見送るだけ。
さて、帰るか。

友達と二人で坂を登っている時。小学生ぐらいのサッカー少年の集団が坂上にいた。過ぎていく車を見送っていて、親御さんが「○○だよ」と言っていた。

そこへごつい車が坂を上がって来た。

「松田だ!」「松田選手!」歓声が上がる。

当時のイメージでは、サインしない松田だったので、通り過ぎると思っていた。しかし、車を止めてくれた。正直びっくりした。サッカー少年にサインを始めた。俺もその時お願いした。

「が、頑張って下さい」としか言えなかった。緊張した。普段、あんだけ色々言っているのに。2004年だったかな、確か。

3番は永久欠番でいいのか

2011-08-16 01:50:45 | 松田直樹
先日、オフィシャルサイトにて下記の通り発表された。


背番号「3」永久欠番のお知らせ
横浜F・マリノスでは、松田直樹選手の逝去に伴い、同選手の横浜F・マリノス、日本代表、そして日本サッカー界への多大なる貢献への敬意と謝意、さらには松田直樹という偉大な選手への心からの追悼の証として、横浜F・マリノス在籍時に使用していた背番号「3」を永久欠番とすることを決定致しました。ここに謹んでご報告させて頂きます。

なお、本件につきましては日産スタジアムにおける8月20日のホームゲームにおいて、改めてご報告いたします。


さて、人によっては、戦力外通告という解雇をしておいて何を今更だとか。
マツの解雇という過ちを誤魔化す為のものだとか。
酷い話しであれば、環境の変化がマツの死の遠因になったのに、何を今更だとか。
木村和司さんや、井原さんでもなかったのに、何故に松田直樹だけにだとか。


様々な視点で今回のJ1初の永久欠番に意見や、邪推とも思える意見を言う人がいる。

一方で、今回の件について賛成意見もある。

彼の熱い魂をいつまでも忘れないでいる為に、だとか。
意地悪な視点では、マツの解雇というフロントの判断が誤りであったという証しとして、だとか。

本当に、多種多様である。


そこで、俺はまず大前提の話しをしたい。

永久欠番とは歴史に名を残すという事であり、慎重に精査して判断されるべき事である。
四十九日も過ぎておらず、俺でさえまだ死から立ち直っていない状況である時で、
同僚である選手達もまだ立ち直っていないであろう時に、判断するべきではない。

これは、賛成するにしても、反対するにしても、マツの死をちゃんと受け止めてから考えるべきだと思うのだ。
マツの素晴らしい功績は資料を遡れば幾らでも出てくるが、今後、マリノスが歩むであろう歴史の中でどうあるのか、
どう歩んでマツの死に報いるのか、そういう視点が必要だと思う。
この時点での判断は、あまりにも早過ぎる決断だと思う。感情的であると思う。

だからこそ、邪推を生むのだと考える。



次に、現時点での俺の考えとしては、今回の永久欠番には反対である。

それは、伝統として継承されて行くものであると思うからだ。

例を挙げると、10番は、和司さん、俊輔、遠藤彰弘、山瀬功治、そして小野裕二と、
マリノスを背負っていく攻撃の核となる象徴だ。
背番号固定制がJ開幕の後になったから異論はあるかもしれないが、俺の認識としてはこうだ。

そして、遠藤彰弘さんから直接聞いたことがある。
マリノスの10番は重い、と。特に俊の後だからと。

また、奥大介は連覇の時にこれに比する働きをしていたが、14番を通した。

以上は、10番についての話しである。

そして、マリノスの3番と言えば、多くのサポーターの中で、松田直樹であった。
しかし、今後それを背負う人材を育てる気概があるのなら、永久欠番にはするべきではないと思うのだ。
彼の様に、守備陣は勿論、チームを牽引する番号として、3番は今後もこれに値する人材が出てきたのなら、
背負わせるべきだと思う。

それこそが伝統であり、築かれていくものであると思う。

かつて、2003年にトリコロールを封印したユニフォームで過ごした。

つまり、マツの愛した3番のイメージを大事にし、無期欠番、暫定的に封印するというものなら、
俺は納得できた。


尤も、今の俺の反対意見にしても、冷静な判断とは言い切れないのではあるが。

俺のマツとの柏戦

2011-08-07 17:21:33 | 松田直樹
普段の試合についての記事ではありません。
ドキュメントというか、俺の記録として、写真と共に残しておきたい。



毎日の様に、松田直樹の死にあたって、献杯と称して、酒を飲んで、寝ていた。

そんな時に、マリノスタウンに献花台が設置されるという話しを知った。
しかし、すぐにこれに反応はできなかった。

しかし、酒を飲みながら、このままではいけないだろうと思う。

試合前日。
トリコロールの花束を献花しようと、地元の花屋を探す。

そしてとりあえず、依頼をして、翌日の午前中に花屋へ、花束を受け取りに行く。



青と白と赤を三本と思っていたが、青と白を混ぜて束ねられてしまった為、トリコロールという印象はない花束になってしまった。

暑い暑い中、都内から横浜へ。

新宿駅で落ち合った友人と、横浜駅から徒歩でマリノスタウンへ。



いざ、列んでみると、結構な参列者。



10分か20分ぐらいは待つかもしれないと思っていたが、予想外ではあった。
しかし、それも大した問題ではない。






思い出深い写真の数々が通路に掲出されている。

結果的に、献花台に到着するまで、40分程かかった。

後から来た他の人は、一時間半かかったとも聞いた。



一定の人数が献花すると、係員が花を別の場所へ移動するので、なかなか時間がかかっている様だった。
まあ結構な人数なので、なかなか係員さんも大変そうであった。

俺は、献花する時、瞑目して色々思いを巡らす。

マツに怒った事、共に喜んだ事。
歳が近いだけに、様々な事が思い浮かぶ。

そして、何かをマツに告げようと思った時、隣りに友人の気配がない。

あまり長く、この場にいても仕方ない。
というより、いつまでいても気が済むものではないと、列を外れた。

マリノスタウンから横浜駅へ。

そして、お昼を食べた後に、対戦相手の柏、日立台へ。

電車の中で、エルゴラッソと、日刊の記事を読む。

色々な思いがまた交錯する。

そうしながらも、いつもの通りに近い形で、スタジアムへ。



柏側の段幕を見ながら、選手のウォーミングアップを迎えようとした。



昨年の3番ユニを纏った、選手達。

そして始まる、直樹コール。

もう、マリノスのゴール裏から歌われるのはこれが最後かもしれない。

「なーおーき!なーおーき!なーおーき!なおき、オレ!」

これを力一杯歌う。

力一杯歌っていても、柏のサポーターが反応してくれているのがわかる。

試合中。



マツと共に。

松田直樹、逝去。

2011-08-04 14:06:07 | 松田直樹
松本山雅公式サイトに載りました(以下引用)。

11/08/04
松田直樹選手逝去のお知らせ
8月2日より闘病していました松田直樹選手が、本日13時06亡くなりました。


マツの冥福を祈るよ。


誠に勝手ながら、なお、山雅の公式にアクセスは暫く控えて頂きたい。
アクセスの負荷を軽減の為。

それにしても、思いはありすぎて、適切な言葉は見つからない。

松田直樹、倒れる。

2011-08-02 22:43:57 | 松田直樹
2011年8月2日、松本山雅に所属する松田直樹選手が、日中に練習中に倒れた。
心肺停止と聞いた。

俺は、仕事中に、友人のジェフサポさんからのメールで、これを知った。

すぐにツイッターやmixiなどのネットで調べる。

今になってわかってきた状況と経過。

練習中に倒れ、心肺停止。
練習を見に来ていた看護師の方が応急処置をしながら、すぐに救急車を呼ぶ。

病院へ搬送。

その後、心拍はあったものの、弱いもの。

集中治療室に現在いる。


今日一日、どうしていいかわからなかった。

今もまだ動揺している。

しかし、今、俺にできる事は祈る事しかない。
騒いでも何をしても、どうにもならない。
医者でもなんでもないのだから。

マリノスを去ったが、未だ彼と共にあると思っているマリノスサポーターは沢山いるだろう。
そして、ツイッターなどでも彼の無事を祈る声が沢山流れる。

ただ違うのは、Jリーグで何度も退場や問題などを起こしてきた彼は他チームのサポーターからどう思われていたかは、
よく知らなかったが、友人の他サポからも祈願の言葉が聞かれる事だ。

俺の場合、発端からして、聞いたのがジェフサポさんの友人からのメールである。

ここ数日、色々な問題で、精神的に参っている時があった。
それは、このマツが倒れる事で、更に強くなっている。
しかし、日本のサッカーファミリー全体が、彼の無事と帰還を祈っている。

俺だって、マツがまた横浜に何らかの形で戻ってくる事を願っているし、信じている。

選手として?コーチとして?監督として?他のスタッフとして?

とにかく、今は絶対に、山雅をJに上げるまでは生き抜け!という事であるし、
その為の激励の記事としたい。

また、マリノスのフロントも下記の通り動いた。

松田直樹選手について
本日、松本山雅FCより、松田直樹選手が練習中に倒れ、病院に搬送されたとのご連絡を頂き、至急現地にスタッフを派遣致しました。松田選手は大変厳しい病状の中、懸命に闘っているとの連絡を受けており、今はただ、横浜F・マリノスの監督、コーチ、選手、クラブスタッフ一同、状況が好転することを、ひたすらお祈り申し上げております。

横浜マリノス株式会社 代表取締役社長 嘉悦 朗



昨年、彼をあんな切り方をしたが、誠意を見せようとしているのは、いい事だと思う。

とにかく、松田のまた闘争心溢れる咆吼と、屈託のない少年の様な笑顔をまた見たい。