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北朝鮮危機 「安保」の抑止は効くのか 安倍政権の従米路線は危うい! 柳澤協二、倉重篤郎(毎日新聞専門編集委員) 対談
イラク派遣時の防衛トップが政府対応を検証
北朝鮮の核・ミサイル攻勢が依然として続いている。トランプ政権が空母カール・ビンソンを派遣した威嚇外交は軍事的危機をさらに高めた。米国追従の安倍外交の根本問題は何か?「抑止」ではなく「和解」に至る新たな安全保障を求めて、倉重篤郎が柳澤協二・元官房副長官補に訊(き)く。
前号で「今そこにある危機」とは何か、について語らせていただいた。
朝鮮半島情勢も然(しか)り。だが、それ以上に我々にとって悲劇的でかつ、確実に迫りくるのは、国債バブル崩壊の危機である、と警鐘を鳴らしたつもりである。
ただ、安全保障上の問題も無視するわけにはいかない。多少冷静になったところで、今回のトランプ、金正恩(キム・ジョンウン)2トップによる米朝ニアミス事態について、どういう危機だったのか、安倍晋三首相の対米密着スタンスは的確だったのか。柳澤協二氏と共に振り返ってみたい。
柳澤氏は、防衛官僚出身。小泉純一郎政権時の官房副長官補で、自衛隊のイラク派遣・撤退を指揮した人物だ。退官後は、日本には身の丈に合った専守防衛路線がふさわしいとして、日米同盟への過度な依存を見直し、中国とは譲歩・妥協の外交を展開すべきだと主張、安倍氏の安保拡大・強化路線を一貫して批判してきた。
そのための国民啓蒙運動として「自衛隊を活(い)かす会」(松竹伸幸事務局長)の代表世話人を務めている。我が欄にも日本の安全保障の在り方シリーズの中で、昨年12月25日号に登場していただいた。
一体どういう危機だった。
「二つの側面があった。一つは、米国が空母カール・ビンソンを派遣して一種の威嚇外交を展開した。もう一つはそのフェーズ(局面)で、もしかしたら偶発的に何か起きるのではないかというリスクが高まった」
威嚇外交の戦略目標は何だったのか。まさか偶発的に戦争を起こすことではあるまい。
「それが依然として不明確だ。とりあえず北の核実験を止めることだとすれば、止めた後、どうしようとしていたのか。空母をずっと半島周辺に張り付けておくわけにもいかない。核施設をピンポイント攻撃しても、効果は一時的で、北のモチベーションをますます高めるだけで、半島の長期的な安定という目標には結び付かない」
威嚇といえば、前段にシリアへの爆撃、アフガンへの新型爆弾使用があった。
「こちらの戦略目標もはっきりしない。シリア爆撃は情勢の安定化にはつながっていないし、アフガンも、タリバンとの和平合意を目指すのか、あるいは殲滅(せんめつ)を目指すのか、で混乱している」
あの戦略大国にして、目標を絞り切れないでいる。
「最終的な目標は何か。北に核を廃棄させることなのか。あるいは、それは難しいと判断し、何らか別の合意に到達することなのか。それが見えない。大きな戦略目標がないまま軍事手段を多用することに危うさを感じる」
「軍事力というのは、それを誇示して何かをさせないことは簡単だが、逆に将来に向かって何かをさせることにはふさわしくない。そこは外交が必要だ。それは何かを相手に与えることでもある」
「北」崩壊後の見通しが立たない
何を彼らは欲しがっているのか。
「彼らが核開発をする動機がどこにあるのか。自分たちの体制を潰せるのは米国しかない、と強迫観念がある以上、いかに米国を抑止するかという思いだ。逆に言えば、米国への恐怖感を持ち続ける限り、彼らは核を放棄しない。それをどうほぐしていくか。ありていにいえば、どう体制を保証してやるかということだろう」
「それは核廃棄とは限らない。これ以上、核実験をさせない、あるいは使用させないような枠組みをどう作るか。平和条約を結ぶのか。オバマ前大統領のように核の先制不使用を宣言するのか。つまり、北は当面核を手放すことはないだろうということを前提に考えざるを得ない」
戦略目標が絞り切れていなかったのに、なぜリスクのある威嚇外交を行ったのか。
「国内要因だと思う。オバマと違ってマッチョなリーダーだというアピールをする。危機を煽(あお)って支持率を回復させる」
トランプも内政がうまくいっていない。
「どの国も同じだが、リーダーが陥りがちな、麻薬のような誘惑のある政策というのは、危機を煽って支持率を上げることだ」
それは成功したと見るか?
「この手のことは、短期的には成功するように見えるが、長期的にはマイナスが多い」
「冷静に考えれば、本当に戦争で片づけるなら、あんなやり方ではダメ。本気で大量の軍隊を送り込み徹底的に攻撃しなければ」
トランプの政治的思惑は別にして、米軍はどういうスタンスだったのか。
「米軍の確立された伝統は、ワインバーガー(レーガン政権の国防長官)ドクトリンだ。湾岸戦争で発動された。戦略目標を明確化、何をもって勝利とするか、という定義もはっきりさせる。それに十分な兵力を一気、集中的に投入する。今回はそれとは全く違うことをやっている。軍が政治との妥協点を見いだそうとしてやっている印象だ」
今の北朝鮮にワインバーガー・ドクトリンは適用可能か?
「軍事的にはあの体制を滅ぼすことは可能だ。惜しみなくミサイルを撃ち込めば、核は使わないまでも、軍事施設や戦争遂行能力を破壊できる。ただ、2200万国民を抹殺できるわけもなく、120万人の軍隊を民衆の中から見つけ出すのも無理だ。統治機構がなくなり、混乱だけが残る。その国を誰が所有し、誰がコントロールするのか」
米国はイラクで懲りている。
「サダム・フセインを排除したのはいいが、その後、自分で治めなくてはならなくなった。自主政府を作ったが、民主主義の数の論理でシーア派がどんどん強くなり、スンニ派とのバランスが悪くなった」
「イラクの宗派対立と比べれば北の方が治めやすいという考えはあるかもしれない。だが、宗派対立はないが、背後に中国とロシアがいる。米国の単独兵力ですべて治めるわけにはいかない。体制を武力で崩壊させることはできても、その後のゴールの見通しが立たない」
なにより戦争に巻き込まれないこと
となると、トランプ威嚇外交の収支決算は?
「今までと違うことをやったのは米国だ。北はこれまでと同じことをやっている。どっちが挑発かというと、軍事面だけをドライに見ると、米国のほうが挑発、北ならぬ米国の瀬戸際戦術ともいえる。しかも先述したように、交渉戦略がないままの挑発だから、戦略として不完全さが目立つ。北側からすると、威嚇外交されても頑張ればいいという教訓が出る。米国の抑止力とはいうが、そんなものは発動されないのではないかと足元を見てくる」
中国の対応はどうだったか。
「中国の国益に最重要なのは、いかにあの体制を潰さないか、にある。サポートはしないが、潰れては困る。逆に言えば、そうでない範囲であれば、ある程度のことは受け入れられる。制裁のさじ加減を見ながら、お付き合いはしていこうということだ」
中国は北の核実験は断固許さない、とまでは言っている。
「そこは微妙なところ。核実験は断固許さないことと、体制を崩壊させないこととの間にまだマヌーバー(策略)の余地がある。米国がカードを先に切るのを見て、自分の手を決めようとしている。中国のほうが行動の自由を持っている」
さて、肝心な安倍首相の一連の対応だ。どう評価する?
「迅速かつ無条件にトランプ政権の姿勢を支持してきた。従って、ここまできて日本が新たなアイデアを出すことはできないだろう。その意味で日本はどんどん選択の余地を失っている」
「海上自衛隊も共同訓練をしたし、安保法制を成立させ、米艦防護や重要影響事態時の対米支援をできるように法整備したばかりだ。何か戦闘行為が始まれば間違いなく重要影響事態となる」
海自の米国との共同訓練の法的根拠は? これも2015年の日米防衛協力のための指針で新設された項目の適用といわれているが。
「指針には、タイムリーな共同訓練は抑止力を高めると書かれている。あれが抑止だとすれば、憲法9条が禁止している武力による威嚇を米国と一緒にやっていることになる。しかもそれを『日米一体化の証し』だと宣伝、米国と同じ威嚇外交の立場にあるということを政治的に宣言している。ということは、日本から北へ外交的に働きかける余地がますますなくなっている」
外交的余力はもともとない。
「抑止力一辺倒ではなくてもっと複眼思考が欲しい。待ちの姿勢があってもいい。例えば、北の核保有を前提にした外交だ。彼らが核を使わない動機作りをする。日本にできることは脅しではなくご褒美作りだ。相手にインセンティブを与えることだ。日本が最も得意とする分野だ。腹立たしいプロセスだが、そこは戦争になっていいのか、あるいは絶対に戦争にだけはしてはいけないのか。そこの思いの強さの問題だと思う」
戦争があっては困る。そこで米国の抑止力に頼る。それが安倍戦略だ。
「抑止力といってもあくまで米国の報復力を前提にしたものだ。報復までの間、北から日本にミサイルが飛んでくること、日本が戦場になることも覚悟した上での戦略だ。抑止力を高めたから安心だということにはならない。安倍さんも、いずれ米国が報復するから、5発か10発のミサイルが来ても国民の皆さん我慢しましょうと言えば、論理的には整合する。だが、そこが抜け落ちている」
今回の事態から日本が最も学ぶべきことは?
「核による抑止は問題の解決にならない。一番大きな教訓だ。問題の解決というのは、戦争に勝つことでも、戦争になったら勝つことでもなくて、戦争にならないためにどうするか、ということだ」
「今回の事態の基本構造は、米朝のパワーゲームだった。そのゲームに主体として入っていくのでは、日本へのミサイルを防ぐことも国民の命を守ることもできない。違う視点で臨むべきだ。そのためには、米国の抑止力に対する信仰を克服すること。米国の力は、大国間の秩序維持には必要だが、今回のように米国と一緒になって軍事的威嚇をするようなことは、日本を守るということにおいては、マイナスにもなり得る、という抑止力のリアリズムを知るべきだ。そして目標が何かということをしっかりと立てていくべきだ。私個人は、戦争に巻き込まれないようにすることだと思う」
国家としての和解戦略が必要
以上、柳澤氏の見立てを読者はどう思われるか。米国の戦略目標の不在、それに倣えの日本の戦略的手詰まり、抑止力というものの両刃の剣的な性格……。
ただ、安倍政権は別な総括をするであろう。今回の危機は日米同盟の抑止力があったがゆえに乗り切れた。今後、さらにこれを強化しなければならない、と。
真逆の受け止め方である。私は、言うまでもなく柳澤史観に票を入れる。だが、それは少数派であろう。
同盟の抑止力のみに頼らない平和戦略について、柳澤氏に最後に問うた。
「それは国家としての和解戦略だ。米ソ対決の時代とは異なり世界は多極化している。軍事的な秩序を大枠で維持することと、個々の争いの種をなくすことは違う作業だ。日本は米国主導の秩序にしか目が向かないが、近隣の中国、朝鮮半島との関係については、日本が自らの手で争いの種をなくすことは可能だ。あれだけの侵略、植民地支配の歴史があったのだから、談話を出して終わりというわけにはいかない。過去の清算と切り離せない部分がある。それが和解だ。和解がないから抑止に頼らざるを得ない。抑止に頼る限り、戦争は起きないとしても、真の平和とは言えない。戦争の恐怖から解放される平和を目指さなければいけない。ただ、失わなければいけないものもある。例えば、大国としての名誉心、中国より偉いというような驕(おご)りは通用しなくなる。領土問題でも互いに妥協と譲歩することが必要になる」
ここもまた私に響くものがあった。この作業で必要になるのは、したたかで粘り強い外交力であろう。それこそ、日米安保による対米追従路線を超えた新しい外交安保戦略になろう。安倍抑止力強化路線に対するアンチテーゼとして、このスタンスを政治路線化できないものだろうか。
△やなぎさわ・きょうじ
1946年生まれ。防衛庁入庁以降、防衛庁運用局長、防衛庁長官官房長などを歴任後、小泉内閣で内閣官房副長官補を務める。現在、「自衛隊を活かす会」代表世話人
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