カレーなる日々 / शानदार दिन

インドの日常を中心に日々を綴っています。

裁判の傍聴。その①。

2011年08月07日 23時06分59秒 | 日記 / DAIRY
山口敏夫 政治家としての遺書
―不死鳥日本神話の終焉
クリエーター情報なし
ジャパンミックス


その昔・・・東京地方裁判所で裁判の傍聴をした事がある。
 (突然思い出したのでアップしてみる・・・。)

初傍聴は、元代議士の山口敏夫氏。
2回目は、オウム真理教の井上嘉浩死刑囚である。

どちらも知名度が高かったため抽選となったが、
見事に当たった。

 まず朝、裁判所へ行って傍聴券を求める列に並び整理券をもらう。
時間になると抽選が始まるので、整理券の番号順に並ぶ。

両方とも傍聴券の枚数より傍聴希望者の人数が上回ったため、
抽選となった。山口被告の時は、棒を引く方法だった。
私が引いた棒は、先が赤く塗ってあった。
 当たりである。傍聴券をもらって一旦、解散し、
集合時間にまた来ればいいのだ。

 山口敏夫、1940年埼玉県生まれ。
1967年衆議院埼玉2区で無所属で出馬し、
26歳で最年少初当選を果たす。その後、当選10回。
1984年、第2次中曽根内閣で労働大臣として初入閣。

経営破綻した東京協和信用組合、安全信用組合の元理事長らが
背任容疑で逮捕された事件。捜査の過程で、
政治家の親族の会社に不正な金が流れたことが判明し、
事件は政界に波及。

1995年、国会で山口敏夫元労相と中西啓介元防衛庁長官が証人喚問された。
その後、山口は背任罪や偽証罪などで逮捕、起訴され、
懲役3年6か月の実刑判決が確定した。

 もうだいぶ昔の事なので記憶が曖昧なのだが、
初公判の流れはこんな感じだった。

開廷すると、裁判長がまず被告人の氏名を確認する。
そして本籍地・・・・どうしてか、山口氏は、本籍地を間違えた。
裁判長から○△□では、ありませんか?と聞かれ、言い直した。

TVや映画で見る裁判とは違い、初公判だった事もあり、
弁護士、検事がお互いの主張をやり取りし、
裁判長から「静粛に!」とか「意義を認めます。」
などと言う言葉が発せられる事は一度もなく、
淡々としたやり取りが続き眠くなったのは覚えている。

裁判は休憩が入ったり昼休みが入ったりして、
また再開されるのだが・・・・・ 退屈したので、
昼休みと共に引き上げてしまった。

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コメント
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