ところてんが好きなビゲロイ
今日の朝日新聞31面に、世界的に権威のある科学誌「サイエンス」の年間最高賞に輝いた論文の共著者、高知大学特任講師萩野恭子さんに関する記事が載っていた。
わたしは、不明にして、彼女の業績を知らなかったが、この論文はサイエンス2024年4月号に掲載されていて、ネット上では下記WEBサイトのNHKのニュース(2024年9月28日)に紹介されていた。
科学雑誌「サイエンス」の表紙に わたしの研究がまさか…高知発 窒素を取り込む小さな海の藻の物語 | NHK | WEB特集 | サイエンス
論文の内容は、海中に生息するビゲロイ(Braarudosphaera bigelowii)という藻類の窒素固定能力が、細胞内に共生した細菌由来の小器官によっていることが発見されたということである。
環境中に存在する無機体の窒素は、根粒菌やラン藻類によって有機体に固定され、生物はそこから由来する有機窒素を摂取することによってしか生命を維持することができない。
ビゲロイも窒素固定生物の一つであるが、海水中の窒素を固定する藻類としては初めて発見され、さらにそれが共生細菌由来の小器官によっているところが特異的である。
細胞内には生命現象をつかさどる様々な小器官が存在し、そのうちのミトコンドリアと葉緑体は、細胞内に共生していた細菌に由来することが明らかにされている。ピゲロイにそれ以外の共生細菌由来の小器官があったということは、まさに世紀の大発見である。
この大発見を可能にしたのが、萩野さんの仕事である。
萩野さんは、30年前高知大学の学生時代に遭遇したビゲロイにすっかり魅せられ、夫の転勤に伴ってあちこちと移り住みながらビゲロイを追いかけた。そして、その生活史や分布を明らかにし、博士の学位を取得し、研究に協力してくれた家族と連名の論文を発表している。
彼女はビゲロイのことを「わが子」と呼んでいる。
子どもが生まれてからは、子育てにも都合がいいからと自宅で研究できる体制を築いてきた。そして、自宅で研究しやすいビゲロイの培養をテーマに選んだ。
萩野さんはいう。「研究を始めてすぐの頃に結婚して子どもができて。子どもがいるので家でできることをするために少しずつ増やしていきました。集中もできますし、自宅なので疲れたらリラックスして休むこともできるので、私にとっては最高の場所です。」(前記NHKニュースより引用)
現在は高知大学特任講師だが、3年前に移り住んだ高知では高知大学客員講師の肩書で、大学からは給料も研究費も一切支給されない。自宅の6畳間を研究室にし、研究費は一切自腹であった。
ビゲロイは培地の中ではすぐ衰えて増殖には至らない。萩野さんは10年間研究し、もうあきらめようかと思っていたころ、高知大学の足立真佐雄教授を訪ね、培地にテングサの成分を使ってみたらというヒントをもらう。
テングサから作られたものでも寒天ではうまくいかない。ところてんの抽出液を使ってみたところ、培地の中のビゲロイが活発に動いて増殖を始めるのが分かった。素晴らしい発見である。
この研究結果に着目したのが、カリフォルニア大学の研究チームで、萩野さんの培養方法を使ってビゲロイを増殖して実験材料を得、前記の大発見に至ったのである。
サイエンスの論文に、萩野さんと足立教授が共著者として名を連ねたのは当然である。
自宅の6畳間を研究室にし、完全な在野の研究者として素晴らしい業績を挙げた萩野恭子さん、そしてそれを支えたご家族に満腔の敬意を表したい。
「幸運は用意された心のみに宿る。」(ルイ・パスツール)
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