あら、久しぶりね。
入って来た女性客に、冬子さんが声を掛けた。
コーヒーの支度をしていたマスターが、顔を上げると、水川黎が、立っていた。
いらっしゃい、マスターが声を掛けると、黎が、静かに頭を下げた。
ネービーの麻のスーツが、長身の黎に、良く似合っている。
額の汗を、縁にレースの飾りの付いていたハンケチで、そっと拭うと、カウンター席に、腰かけた。
お土産だと言って、菓子折りを、マスターに、差し出した。
冬子さんに、無沙汰を詫び、「お元気でしたか?」と。尋ねた。
冬子さんが、「私は、相変わらずですけど、水川さんは、以前にも増して、お綺麗になられたわね。」と、言った。
黎が、「今思うと、マスターのお店に、通っていたころが、一番、幸せな時間だったなと思うんです。」と、独り言のように言った。
マスターが、アイスカフェオレを、黎に出しながら、「結婚すると、色々、大変なこともあるから、みんなに、聞いてもらったら良いんじゃないの」と、話しかけた。
「実は、空と神戸の知り合いの店で、偶然会って、渚ちゃんが、星さんと、婚約したって聞いたんです。空と、渚ちゃんが、一緒になるんだって思っていたから、空の事、諦めたのに・・・。」
不穏な空気に、マスターも、冬子さんも、暫し、言葉を失って、顔を見合わせてしまった。